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会談1

 おそらくは、元々はノライ側の炭焼き小屋か何かだったのであろう、粗末な小屋。

 その周囲に、ずらりとアインラードの兵士が配置されている。身のこなし、装備から完全な精鋭部隊だと分かる。


 一人、マサヨシはその中を歩いていく。


「やあ」


 ドアを開けて、小屋の中を覗き込んで、マサヨシは笑いかける。


 粗末で薄暗い小屋の内装とは不釣り合いな、華やかな髪の色をした絶世の美少女と、その横に立つ巨体の武人。


 他に、兵士はいない。


「入ってもいいかな」


「もちろん」


 その美少女、『勝ち戦の姫』ことシャロン・レッドブラッドはにこやかに返答する。





 笑顔のまま、シャロンは小屋に入ってくる男を観察する。


 やつれた男。黒いジャケットとスラックスに、白いシャツ。地味な商人にも見える男だが、髪と瞳が黒い。

 間違いなく、『ペテン師』ことマサヨシ=ハイザキだ。

 髪と瞳のことがなくとも、シャロンは目の前の男を本能的に警戒していただろう。この状況下で、気負うことなく、肩の力を抜いて乗り込んでくる。通常の神経ではない。


「座りなさい」


 手で正面の椅子を示すと、マサヨシは素直にそこに座る。

 シャロンは彼の目の前に座る。


「ようやく会えた」


 そうシャロンが切り出すと、マサヨシは首を傾げる。


「俺と会いたかったわけ?」


「もちろん。『ペテン師』、あなたのせいで私の計画は大幅に狂った。ああ、紹介がまだだったわね。私はシャロン・レッドブラッド。それから、横にいる彼は副官のガンツ」


 武器の持込を禁じているというのに、明らかにマサヨシを警戒しているガンツは視線を彼から一切離さない。

 あるいは、シャロンと同じ本能的な警戒心をガンツも持ったのかもしれない。


「普通さ、降伏勧告っていうのは、使者がこっち側に来てするものだと思ってたんだけど」


「通常は。けれど、今回はそれじゃあ都合が悪いから、呼び出させてもらった」


「俺と話がしたいと?」


「そういうこと。トリョラの城、町を含めた明け渡しと降伏。民間人のあなたではその決定には口を挟めない。現場判断として、赤目とハイジが決めることになるでしょう」


「そりゃあね。で、それは俺がここに呼び出されても一緒だよ。ここで俺が降伏しますって言ったところで、それには何の力もない」


 肩をすくめるマサヨシの目は、濁りきっている。疲れのためか、それとも別の要因によるのか。


「それでも、ここであなたに降伏に同意してもらうのには意味がある。あなたが戻ってから、降伏するように他の人々を説得してくれればいい」


「そんな力はないよ」


「ある。あなたには、それくらいの影響力はある」


 シャロンは赤い唇を舐める。


「わたしをここまでてこずらせた、あなたなら」


「俺が?」


 足を組み、笑いながらマサヨシは両手を挙げる。


「俺が、どうやって?」


「私の計算を狂わせたものは、いくつかあった。その中でも最初に起こって、そして後々まで尾を引いたのは、毒」


 一本、白い指をシャロンは立てる。


「毒は、予想していなかった」


「調達したのはある商人だよ。若く俊敏で、おまけにギャンブラーだ」


「けれど、毒を仕入れるという発想と、その商人を実際に動かしたのはあなた。違う?」


 黙って、マサヨシは首を傾け、次の言葉を催促する。


「毒のおかげで、こちらの進撃は大幅に遅れた。その遅れの中で、ハイジ=ゴールドムーンという偶像が生まれ、反撃をさらに苛烈なものにした。死者の数もかかった時間と金も、当初の予定と比較すれば恐ろしいくらい。楽勝だったはずの対ノライ戦、その局地戦にすぎないトリョラ戦でのこの体たらく。おそらく、終戦後に私は無能の誹りを免れない」


 そこで、赤い髪に指を通して、目をおおきくしてシャロンはまるで年相応の少女のように身を乗り出してくる。


「けど、そんなことはどうでもいい。それよりも、あなたに興味がある。あなたから見て、私はどんな敵だった?」


「俺から見て? そうだな」


 組んでいた足をもどし、マサヨシは笑みを消す。


「完璧だ」


「完璧?」


「あんたは完璧だった。資料を見てもそう感じていたし、実際にそうだった。特に、あの虐殺だ」


「ああ、山の中での、一方的な虐殺のこと? 血も涙もないと?」


 挑発的に笑うシャロンに、


「違う。そこではなくて、つぎ込んだ戦力のことだよ」


 静かな目をして、マサヨシは語る。


「あの時、アインラードが侵攻してくるルートは限定されていて、そこに赤目が割り振れる最大限の戦力を適切に割り振った。それがこちらが打てる最善の手だったし、それをやってもそちらが有利だ。徐々に、押し切られて崩れてしまっていただろう。実際には、ハイジってイレギュラーがそれを跳ね除けたわけだけど、こっちもそっちもそんなこと予想できるわけもないしね」


 なのに、とマサヨシは目を細める。


「あんたは、明らかに過剰な量の戦力を投入した。俺達はなすすべもなく敗れ、小さなものだけど虐殺が起こった。後々のことを考えれば、あそこは通常の戦力を投入すべきだ。特に、ノライみたいな弱小国にてこずっていると思われてるあんたにとっては、後々戦力や兵糧が足りなくなって国から追加で補充してもらうなんて、しないしできないはずだ。それなのに、やった。あんたは鮮やかな手を打たなかった。やりすぎなくらいに、徹底的にやった。それで凡庸な指揮官だと、無駄な消費をする愚か者だと見られることを恐れずに」


 いつしか、シャロンの顔から笑みは消え、ガンツも黙って更に鋭くした目でマサヨシを睨み付けている。


「それがあんただ。だから、有利な状況からあんたが負けることはない。つまり、アインラードという超大国にいてなおかつ姫という立場で戦力をある程度自由に使えるあんたは負けない。あんたは『勝ち戦の姫』なんだ」


「随分な高評価、ありがとう」


「プライドはある。ただ、あんたのプライドは普通の人間のものとは違う。無駄だと馬鹿にされようと、凡人だと揶揄されようと、勝って当然の戦争に当然に勝ち続ける。アインラードの勝利と強さの象徴があんたになる。それがあんたのプライドだ」


「私のことを読み切ったつもり?」


「強固な意志だけでそんな風になるものじゃあない。特に、あんたは若い。だとすると環境の影響だ。ああ、横の人の目がどんどん鋭くなってるな」


 そこで初めて、マサヨシは視線をガンツに移す。


「ガンツさんだっけ。教育係か、お目付け役か、その両方かな。あんたがそんな風に育ったことに、多分そっちの人は関係があるのか」


 ガンツとマサヨシは睨み合う。


「交渉術の基本。喋っている相手ではなく、黙っている人間を観察する。喋っている相手は警戒もするし、演技もする。しかし、その横に立っている相手は、油断する。そうだろ?」


 それから、また目線をシャロンに戻す。


「しかし、分からないな。そんな教育をする必要がどこにある? そうまでして、偶像を作り上げる必要が、そんなにあるのか? アインラードは超大国だ。ああ、近年は侵略戦争で拡大している。出入国は厳しく管理している。情報を制限して、戦争ばかり。そうだな、そこから推測すると、というより、あてずっぽうだけど、例えば内部の事情は結構混乱してる、とか?」


 マサヨシの口の両端が吊り上がる。


「なるほど、それで偶像が必要なわけだ。あんた、腹芸はうまくないね。そんなあからさまに表情に出しちゃあいけない。で、王族側にあんたみたいな象徴が必要ってことは、別の派閥が力を持ってたりするのかな。いくつに分かれてるの、国内は? 二つ、三つ? ああ、三つか」


 言ってから、マサヨシは目を細める。


「今、あからさまに安心したね。本当に分かり易い。三つじゃあない。二つか。東西に分かれているとか? 南北? どっちでもいいか」


 背もたれに体重を預け、マサヨシは天井を見上げる。


「適当に言っているだけだ。動揺するな」


 マサヨシから目を離さず、ガンツが呟く。


「あんたの方も腹芸は苦手らしいね。そのセリフ、ある程度は当たってますよって言うようなものだ」


 笑い顔のまま、マサヨシは続ける。


「なるほど、これ以上トリョラにてこずるとそっちの内部が崩れだすかもしれないわけだ。ははん、『料理人』が狙っているのはそこら辺かな」


「あなたは危険ね」


 しきりにシャロンは赤い髪を指で弄ぶ。


「民間人である俺を呼んだ理由、それは俺を取り込みたいからか。俺を取り込んでそちら側にすれば、ここから快進撃が始まる。あんたのイメージが回復する」


 シャロンの言葉も気にせずに、ぶつぶつと独り言のように呟く。


「しかし、どうやって俺をあんた側に寝返らせる? 俺のことは調べてるんでしょ。褒められた金じゃあないけど、金はある。出世に興味があるタイプにでも見えた? けど、まさかいきなり戦争の相手国に引き抜かれて俺が快適に過ごせるわけもない。何か、切り札があるね」


 ばん、とガンツが両手を叩いて大きな音を出す。


「その辺りでおしまいだ。これからは、現実的な話をする。シャロン」


「ええ」


 気を取り直すようにシャロンは二度三度瞬きして、


「あなたにプレゼントがあるわ。あなたが皆を降伏するように説得する気になるように」


「ああ、それが切り札か。どれだい?」


 ガンツが無言で何かを蹴り出す。ガンツの足元からマサヨシの横まで床を滑ってきたそれは、小さな木箱だった。


「開けてもいいの?」


「もちろん。どうぞ」


 微笑んだシャロンがどうぞ、と手で促す。


 木箱の蓋を持ち上げ、少しだけずらして中を覗き込んだマサヨシは、顔をしかめてすぐにまた蓋を閉める。


「何か、分かる?」


「そうだね」


 また天を仰ぎ、深呼吸してから、マサヨシは濁った目で言う。


「俺の見たところ、無数の耳だ」


 顔色を悪くしたマサヨシは、へばりつくように力なく椅子に座っている。


「負けたか」


 呟いて、うなだれ、ゆっくりと顔を両手で覆う。


「教えてくれ」


 そして、そのままで声を出す。


「どうして、分かった?」


「どうしてとは?」


 シャロンが質問を質問で返す。


「俺は、信用できる人間にしか事前に計画を話さなかった。実際に候補者に話をしたのは、計画実施の直前と言ってもいい。話をして、計画に乗らなかった連中、そこから話がそっち側に漏れることは想定していた。鼠はどこにでもいる。だから、あんた達が手を打つ余裕がないくらいに急いで計画を実施したんだ」


「そういうこと。ガンツ、説明していいの?」


「いいわけがないだろう」


 苦りきったガンツ。


「そうね。種明かしはなし。悪く思わないで」


「考えられるのは、何だ?」


 両手で顔を覆ったまま、マサヨシは自問自答する。


「おい、いい加減にしろ。こちらの話を聞け」


 ガンツの怒声を無視して、


「あんたは徹底的にやる。鼠も、徹底的に張り込ませる。義勇軍、スパイを潜り込ませるにはうってつけだ。だから俺達もそちらを警戒した。普通、簡単に潜り込める場所に鼠を潜り込ませて終わりだ。けどあんたは徹底的だ。困難な方にも潜り込ませた。つまり正規軍にも。正規軍、ノライの軍に所属していて、俺の作戦を最速でそちらに伝えられる鼠」


 ゆっくりと、マサヨシは顔を上げる。


「まず考えられるのは赤目。だが、赤目があんたら側なら、そもそもここで俺を抱き込もうと四苦八苦しない。赤目の部下、それもかなり赤目に近く、信頼されている幹部だ。どうだ?」


「危険だ。やはり、殺すか」


 呟いたガンツを、シャロンは手で制す。


「悪あがきよ。マサヨシ、あなたの推測には我々は答えない。その必要がないから。そして、あなたはこちらの話を聞く必要がある。すなわち、あの耳が何なのか」


「大体推測できるけど、聞くよ」


「あれは、あなたが送り込んできた、聖女の一団に偽装した連中の耳」


「全員、殺したか?」


「いえ、数人は生きている。今のところ、だけど」


「なるほど」


 また足を組むと、シャロンが意外に思うくらいに平静な声でマサヨシは相槌を打つ。


「証言者か」


「それなりに、ええと、『丁寧に』尋問しているらしいけれど、まだ誰も口を割っていないらしいわ」


「それで?」


「捕虜が口を割らずとも、既にレッドソフィー教団には問い合わせをしている。もうすぐに返事は返ってくるだろう。そして、レッドソフィーの聖女が国境を通過しようとしたことに関しては、目撃者は山ほどいる。意味が分かるか?」


 威嚇するように、ガンツが身を屈めてマサヨシに顔を近づける。


「ノライが戦争で、レッドソフィーの名を騙った。これはレッドソフィー教団を敵に回す。つまり、世界を敵に回すということだ。ノライに未来はない。そして敗戦後、教団へ生贄として捧げられるのは、全ての責任を負わされ首謀者として、世界的な罪人として引きずりまわされるのは、お前だ」


「まあ、そりゃあ真実だからね。あの件に関して、計画したのも段取りしたのも全部俺だよ」


 面倒臭そうにマサヨシは顔を背ける。


「それで? それを防ぐためには、俺にあんたらの工作員をやれって?」


「どちらにしろ、このことを公表すればノライは酷い形で負けることになる。そしてお前は地獄に行く。俺達に協力すれば、もう少しまともな形で負けられるし、お前も地獄よりかはマシな場所に行ける」


 なおも言い募るガンツを完全に無視して、マサヨシはただシャロンだけを真っ直ぐ見つめる。


 その視線はシャロンを不安にさせる。死人のように生気のない目をしているのに、視線は嘲り、いや哀れみの色を含んでいる気がする。


「この策は、うまくいくように祈っていた、本当に。この策が失敗するというのは、俺の平穏が奪われるってことだ」


「何?」


 ガンツが眉をひそめる。


「俺のせいで何人もの非戦闘員が死んだ。そのことが、俺から平穏を奪う。心安らかに静かに暮らせなくなる。そうだろ? いつかは慣れるらしいけど、とても」


 ため息。


「とてもそうは思えない。正直、気分は最悪だよ。あんた達に呼び出された時点で、策の失敗は覚悟していた。耳を見るまで、ひょっとしたらと淡い希望を抱いていたんだけど、そうか。俺が、何の罪もない、兵士でもない人々を殺してしまったのか。そうか」


 マサヨシは俯く。


「ここはあなたの泣き言を聞く場ではない」


 突如として始まったマサヨシの軟弱な泣き言に動揺しつつ、シャロンは言い放つ。

 演技か? それとも、本当にこんな惰弱な男なのか?


「ところで、両耳?」


 俯き、両手で顔を覆ったマサヨシは、そう言う。


「……何?」


 言葉の意味が分からず、シャロンの反応は遅れる。


「いや、だから、両耳? 削いだのは。そこの箱に入ってるのはさ」


 シャロンは、ガンツと顔を見合わせる。互いの顔にあるのは困惑。


「何だと?」


 今度は、ガンツが問い返す。


「意味は、分かるでしょ」


 顔を覆ったまま、マサヨシは言う。

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