タイロン
王都シュネブから歩いて二時間とちょっと。
その外れの荒野に歩いている旅人が独り。長旅らしく、巨大な皮袋を背中に担いでいる。フードを目深に被り、その顔はよくは分からない。
いいカモだ。日が沈んでいないから、安全だとでも思ったか。
男達は笑う。
シュネブの内部はグスタフ率いる大盗賊団の縄張りだ。大きな店舗を襲い、金を全て奪い皆殺しにして、闇から闇に消えていく。綿密な計画と組織力を使って大きな仕事を行うノライ最大の盗賊団だ。他の無法者が立ち入ることはできない。
だから、シュネブから他の町へ、あるいは他の町からシュネブに向かう行商人や旅人を襲うのが、小さな盗賊団にとっての生業だ。
彼らもその一つ。六人で、岩陰に隠れて、カモが来るのを待っていたのだ。
あまり金は持っていなさそうだが、逆に言えば簡単に身包みを剥がせる。小さな盗賊団は大儲けを期待してはいけない。細かく、細かく稼いでいくのだ。
目配せをして、盗賊達は一気に男を囲むように躍り出る。
手に持っている錆びかけた長剣を突きつけて、一人が男に叫ぶ。
「おい、止まれ。金を出せ」
旅人は、足を止めて、ゆっくりと周囲を見回す。
「盗賊か」
そう、一言だけ言う。
「おい、こいつ」
「ああ」
盗賊達はにやつきながら囁き合う。
近づいて分かったが、体つきからしてこの旅人は獣人族だ。袖口から、爪が覗いている。
だとすれば、話は簡単だ。殺して、荷物を奪って、皮も剥いでしまえばいい。
獣人が殺されたのであれば、シュネブの連中も必死に捜査をすることはあるまい。殺し易い。
「あんたら、ノライ人じゃのお。いわゆる、伝統的ノライ人じゃ」
旅人が言う。
その通り。盗賊団は全員が碧眼金髪。元々ノライに住んでいる人間の特徴を持っている。
「そうだよ、トリョラにいる雑草共とは違う。ノライは俺達のものだ。お前達はノライに蔓延るカビだ。駆除してやるよ。ついでに金もいただくがな」
盗賊の一人が言うと、他の盗賊も大笑いする。
「ああ、トリョラ。そこか。いやあ、シュネブに入ったのはいいが、周りの全員から妙な目で見られてやりにくくてしょうがなかったわない。ノライは他民族に寛容じゃという話だから来たのに。そのトリョラとかいう町に行けばいいんじゃな。で、どっちに行けばいい?」
「お前、ふざけてるのか、どこにも行けないに決まっているだろうが。ここで死ぬんだよ」
「わしが、ここで死ぬ。そうか、こんなところで死ぬとはのお」
言いながら、旅人は被っていたフードを脱ぐ。
現れたのは、虎の頭だ。ワータイガー。虎人族。特に珍しいものでもない。
だが、目立つのはその毛色が黄金ではなく真っ白いことだ。
「は、なあに白く染めてるんだ。タイロン気取りか」
一人の盗賊がそう言って、男に詰め寄ろうとして、どさり、と物が倒れる音に足を止める。
後ろから聞こえた。
ゆっくりとその盗賊が振り返ると、自分達の仲間の一人、白いワータイガーからは一番離れていたはずの盗賊が、うつぶせに倒れている。そして、その体からゆっくりと血が広がっていく。
「はあっ!? おい、どうした」
仲間の一人が混乱してその倒れた仲間を揺すっているのを見てから、ゆっくりと、盗賊は旅人に視線を戻す。
ワータイガーは、口をもごもごと動かしている。
「ふうん、髪の色や目の色が違っても、味は同じか」
ぶっ、とワータイガーは何かを吐き出す。それはころころと地面を転がる。白い、小石のようなものだ。
骨、にも見える。
まさか。
盗賊は、自分の体が意思とは無関係に震えだすのに気付く。
「死んでる」
「おい、どうなってんだ、喉、食いちぎられてるぞ」
後ろの混乱もよく耳に入らない。
盗賊はよろよろと二歩、三歩後ろに下がりながら、
「まさか、あんた、本物の」
「当たり前じゃろう。わざわざ毛を白く染めんわ。これは生まれつきじゃよ」
ようやく、盗賊全員が目の目にいるワータイガーが何者なのかに気付く。
誰もが怯えのために武器を取り落とし、数人は腰を抜かしてへたり込む。
「か、勘弁してくれ。知らなかったんだ」
「なあ、頼むよ。金、金ならある」
「助けてくれ、助けてくれよ」
口々に命乞いをする。
だが、その声には絶望の響きがある。分かっているのだ。命乞いをしたところで見逃してくれるような存在ではないと。
白いワータイガー。『見世物』タイロンだ。アンダーフロスを恐怖のどん底に叩き込んだ殺し屋。それが、ここにいる。
「襲ってきた連中を見逃したとなるとわしの名に傷がつくからのお。できん相談じゃ。死んでもらうわい。まあ」
そこで牙を剥くようにタイロンは笑う。
「安心しろ。一人は生かしてやるわい。わしの恐ろしさを伝えてもらわけりゃいかんし、それに」
その盗賊は気付く。
自分以外の全ての仲間が、いつの間にか崩れ落ちている。
「トリョラまで、案内してもらわんとのお。ただでさえ目立つのに、虎人だというだけで白い目で見られたら仕事にならんわい」