偽装
レイは、一緒に城に入る面子を見て、ぼんやりとだが自分がどうして集められたのかを察する。
自分と同じくらいの年齢の少年少女が十数人、老人と女が数人、合わせて二十もいかないくらい。そして、明確な共通点がある。それは。
「ああ、忙しいところごめんよ」
城に入ってすぐ、門の傍に苛立たしげに歩き回るやつれた黒いジャケット姿の男。マサヨシだ。
声をかけてレイの推測を打ち切らせてから駆け寄ってくると、レイ達の一団を傍に集めて、
「どこかで話がしたいんだけど、ああ、城内は人が多いし、悪いけど、城の裏の辺りでいいかな」
そう言うと返事も待たずにさっさと歩き出す。
「悪いね、時間がないから歩きながら喋らせてもらうよ。実は、君たちに是非頼みたいことがあって、それで、ああっと」
そこでマサヨシの目がレイと合い、見開かれる。
「君は、確か」
見覚えがある、とマサヨシは気付いたようだった。
「どうも。お互い、生き延びましたね」
にやっと笑ってみると、何故かマサヨシは傷が痛むような顔を一瞬だけして、目を逸らす。
「無事だったのか」
「はい」
あの山の上にいたのが、随分前のように思う。だが、あの場で急襲され、命からがら逃げ出してからまだ一日も経っていない。
レイは不思議な気分になる。
そう、後方支援の女子ども、そして老人が襲われ、虐殺が起きたあの場所、あそこにレイもいた。必死で逃げ出し、命が助かったのだ。
友達の大勢が死んだか、おそらく死ぬより酷い目にあっているというのに、生き延びた。そう考えると、レイは不思議な気分になる。後ろめたさや怒りではなく、不思議さを感じる。どうして、自分は生き延びているのだろう?
レイは冷めている。
あの虐殺を生き延びて以来、ずっと冷めている。熱くなれない。もう、この戦争が勝つかどうかすらどうでもよくなってきている。
ただ。
「前もって話すが、他言無用だ。で、命令じゃない。提案だ。断ってくれてもいい」
話しながら、城の裏、人気のない木陰にまで移動する。
「楽にしてよ」
自らも木に寄りかかりながら、マサヨシが言う。
「あの、ほら、みんな、何となく今の状況は分かってると思うんだけどさ。まあ、負け戦なんだよね、実際」
気だるそうに言うマサヨシの言葉に衝撃を受けて立ち尽くすのが半分、やはりそうかと納得するのが半分。レイは後者だった。
「時間を稼ぎたい。できるだけ多くね。で、幸運にも、向こうが災害に遭ってるわけだけど、それで稼げるのは一日か二日くらいのものだよ。次の手を打たないとさ。で、是非、君たちに協力してもらいたいことがあるんだ。いや」
頭を振って、マサヨシは暗い目をする。
「今のは、なしだ。是非、協力してもらいたいとは、思っていない。これは、提案だよ。それ以上でも以下でもない。この作戦を聞いて、どうするかは自由だよ。実際、俺にもこの作戦が意味があるのかどうか、判断がつかない」
「おい、あんた、さっきからまだるっこしいんだよ。さっさと言ったらどうだい?」
気の立った中年の女が、苛立たしげに促す。
「ああ、まあ」
がしがしと頭をかいて、それから一度視線を宙に彷徨わせてから、結局また頭をかく。そうして、ようやく決心したのかマサヨシは口を開く。
「皆に、聖女の一団になってもらいたいんだ」
誰も理解できず、しばらく無音になる。
一瞬の静寂の後、次々に出てくる疑問に一つ一つ答えようとはせず、全員を落ち着かせてから、マサヨシは最初から説明する。
「この計画の肝は、聖女の一団、つまりレッド・ソフィーの信徒として戦地に物資を届けにいく。ただそれだけのことだ」
全員の顔を見る。見回す。しっかりと理解させるように。
ただ、マサヨシは目は見れなかった。微妙に視線を外して、彼ら、彼女らを見回す。
「こういう物資は、実際に戦争の被害が大きい場所に届けるものだよね。その意味では、今現に攻め込まれつつあるトリョラがその第一候補。けど、当然、俺達が教会の振りをしてここに物資を届けましたって言ったところで意味はない。俺達が届けるのは、第二候補だよ」
「向こう側の最前線か」
老人がぽつりと呟く。
「そうです、ご老人。アインラード内の教会も困っているだろうし、第一に戦地の信徒、第二に罪のない民を助けるって大義名分です。これこれ」
懐から折りたたまれた紙を出すと、マサヨシはそれをそのまま地面に広げる。それは、トリョラ周辺の地図だ。
「アインラード側の最前線付近の地域。かつ、ここから馬車で飛ばせば一日で着くことができる場所となると限られる。アルトリア、オブラ、パックス。これらの地域は、元々はアインラードではありませんでした。アインラードの拡大によって侵略、併合された地域。そして」
一度言葉を切って、マサヨシはちらりとレイの顔を見て、
「あなたたちの出身地ですね」
「俺達には、記憶はないですよ」
冷め切った目をしてレイが口を出すと、
「少年少女組はそうだろうね。けど、向こうが同胞だと分かってくれればそれでいい。向こうが、受け入れてくれればね」
「どういうことじゃ?」
「ちょっと待ってよ、あんた、つまり」
全員が身を乗り出すのを、マサヨシは両手で押しとどめて、
「そこに、あんたたちに物資を届けてもらいたい。教会からの支援ってことでね。手紙の類を持って行ってはいけない。証拠になるからね。ただ、口頭で伝えてもらいたいんだ」
マサヨシの目は暗い。
「つまり、レジスタンスへの協力を」
反応はない。誰もが絶句している。
「全く話題にはなっていないけど、実際、周囲の小国は無理矢理占領された形なんだ。それぞれの地域にはレジスタンスの組織があるだろうし、なくともその元になるものくらいはある。違うかな?」
答えがないので、マサヨシは続ける。
「物資をその組織に渡すと共に、こっちが彼らの抵抗活動に協力するって旨を伝えて欲しいんだ。で、そのためには、同胞が一番信用されるでしょ?」
「ちょっと待ってくれ。けど、今、現実的に大した成果を上げられていないんだろ、話題になってないってことは」
レイとは別の少年が反論する。
「そこに、食料か何かを渡したからって、突然アインラードを困らせるくらいの成果を上げてくれるのかよ? まさか、武器でも運ぶってのか?」
「武器なんか運んだら、途中の検問か何かで見つかった時に一発でアウトだ。持ち運べる武器は精々が君達の護身用としておかしくない程度のものだろうね。けど、一見強力な武器には見えないけど実際には強力無比で、なおかつ罠の設置の時にも使い切れなかったから在庫がある程度余っているものがこっちにはある」
「毒かあ」
レイの呟きに、マサヨシはふっと力なく笑みを浮かべて肯定する。
「そう、毒。これを飲料水か酒用の瓶にいれて、向こうに渡す。効果的な使い方は向こうが考えてくれるさ。実際にはずっと提供できるほどの在庫はないけど、向こうはノライが潰れるのが遅れてくれればもっと毒や食料が手に入ると思ってノライへの侵攻を妨害してくれるかもしれない。というか、そう考えて即座に妨害してくれないと困るけど」
「けど、アインラードだってやっぱり警戒してるだろうし、やっぱりばれるんじゃないかねえ」
そうだ。
レイは内心同意する。
アインラードは出入国の管理が厳しいことで有名な国だ。ましてや今は戦時中。
「最短距離をいけば、その可能性も高いですね。ノライからアインラードへの国境付近は厳重に警備、封鎖されているでしょうから。だから」
マサヨシは地面に広げられた地図に指を伸ばす。
「俺が考えているのは、南のキリシアを経由するルートです。この戦争で中立の立場をとっているキリシアにまず向かい、入国してからは最短距離でアインラードに向かい、そこから目的地に向かう。これなら時間のロスは最小限です。キリシア方面から教会の使節団がやってきても、アインラードはそこまで警戒しないはずです。支援が目的なら、特に」
「アインラード内で暴れてもらって時間を稼ぐってことか」
「危なくないのかねえ」
「あいつらにそんな根性あるもんか」
ざわつく彼らに、マサヨシは、
「一つ、忠告しておくよ」
冷たい声をかけて、一斉に黙らせる。
「キリシアを経由することで比較安全な作戦ではあると思う。比較的、だ。ばれる可能性は当然あるし、ばれた場合には当然助からない。死ぬか、死ぬより酷い目に遭う」
誰も喋らない。
「あと、これは絶対に他言無用。結果、実行しなかったとしても、こんなことを企んでいたとばれた時点で、全世界を敵に回しかねないからね。なにせ、教会を利用するんだ」
「ちょっと、いいですか?」
レイがおずおずと質問する。
「あの、さっき、こっちでやるかやらないか決めろって話でしたけど、期限はいつまでですか?」
「あと数十分の間、かな」
あっさりとしたマサヨシの返答に、全員が愕然と目を剥く。
「何せ、時間がないから。今すぐに準備して出発したって、間に合うかどうか分からないんだもの。それで、どうする?」
マサヨシの問いかけに、しばらくの間答えるものはいない。