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消耗戦

 罠の地帯を抜け出した一団に対して、ハイジを先頭に兵士達が向かう。


「ハローのご加護があります。全軍突撃!」


 何の工夫もないただの全ての兵士による突撃攻撃は、ようやく罠と罠の間を潜り抜けた敵の部隊を面白いように撃破していく。

 それでも、一度の突撃につき兵力の一割程度は、確実に削られていく。

 また、ハイジの部隊の誰かが、精根尽き果てたのか、いきなりばたりと倒れる。傍の兵士が抱き起こすが、息をしていないのを確かめて、そのまま地面に戻す。


 夜を徹して敵を迎撃しているハイジの部隊は、既にほとんど死兵だ。ハイジを筆頭に誰もがやつれ、泥と血に塗れ、それでも目だけが爛々と光っている。


「とにかく撃ちまくれ」


 後方から、ジャックの指示で義勇軍が毒矢を射る。無数の毒矢が、罠を避けて慎重に進んでいる敵軍へと降り注ぐ。

 既に対策として敵兵は巨大な木の盾を持っている。矢が射られたのを確認して、すぐに全員が盾を頭上にかざす。

 全てを防ぐことは出来ずに、盾と盾の間を抜けるようにして毒矢に貫かれて、苦悶の声と共にその場に転がる敵兵が数名。

 だが。


「駄目だ。数が違いすぎるな」


 舌打ちして、ジャックははるか前方で剣を構えているハイジの一団に目を細める。


「限界ですな、彼女の部隊も。やれやれ」


 いくら矢を撃とうとも、もうすぐ、敵軍の最前線の連中は完全に罠を仕掛けてある地帯を抜ける。そうなれば、ハイジの率いる正規軍ではおそらく迎撃しきれない。神がかりもこれで終わりだ。

 こっちがろくに眠れていないように、向こうの兵士達も夜を徹して毒矢を警戒しながら罠の地帯を抜けてきている。敵のコンディションは相当悪い。

 ただ、それを差し引いても。

 ジャックは頭の中で大まかに計算する。

 もって、次の夜までか。

 そうすれば、ここは抜けられる。そうなれば、トリョラ城まですぐだ。


「ゴールが見えんのが、つらいな」


 呟いて、ジャックもまた矢をつがえる。

 どれだけ時間を稼げば、助かるのか、それが分からない。ただ、これを続けるだけ。


「また、負け戦か」


 虐殺を見るのは嫌だなあ、とジャックは思いながら、落とし穴を必死に避けながら進む兵士の頭に毒矢を命中させる。





 炎の踊る廃墟の町。

 目の前で女子どもが嬲られている。嬲られているのは、ほとんど半裸になったミサリナ、ハイジ、スカイ、あるいはあの少女。死体が転がっている。その四肢の千切れかけた死体はジャック、赤目、タイロン、それからあの少年。

 次々と変わっていく。


「う」


 慌てて頭を上げる。涎を拭いて、慌ててマサヨシはその豪奢な城主の椅子から立ち上がる。

 まずい。

 寝てしまっていた。夢を見ていた。悪い夢を。あるいは、予知夢を。

 誰か起こしてくれればいいのに。

 立ち上がったマサヨシは、謁見の間を飛び出す。


「おい、起こしてよ」


 廊下で顔見知りの兵士にばったりと出会ったので、思わず文句を言うが、


「え、ああ、ちょっと、悪いけど、急いでるんで」


 ほとんどマサヨシの言葉が耳に入っていないのか、その兵士はつかつかとそのまま歩み去っていく。明らかに焦っている。


「あれ?」


 ふと、城内の空気が明らかに慌しいことに気づく。

 まさか、もう、決定的な何かが起こっているのか? 寝ている間に?

 多少青ざめつつ、マサヨシは走り出す。


「ああ、いた」


 駆け込んだ作戦室で、顔をしかめているドラッヘの姿を見た時には、安堵のあまりマサヨシは声を漏らしてしまう。


「ん、ああ」


 顔を上げたドラッヘは、眉間の皺はそのまま、赤い目でマサヨシの顔を睨む。


「そういえば、お前、いなかったな」


「いなかったな、じゃないですよ」


 作戦室にはドラッヘ以外に一人、トリョラ城の重臣がいたが、彼も何かに急いでいるらしく、書類を手に部屋を出て二人きりになる。


「何だ、どうしていた?」


「会見の後、ちょっと考え事するために椅子に座って」


「ふむ」


「そのまま寝ていました」


「はっはっは」


 眉間に皺を寄せたままドラッヘは笑うという器用なことをする。


「今夜聞いた中で、二番目に面白い話だ。悪かったな、お前の会見中に、こっちはこっちで大事件が起こった」


「ああ、ええと、ひょっとして、俺が寝ている間に、戦争は終わりました?」


 本気でマサヨシは質問するが、


「そんなわけはないだろう。いや、終わりかけたのは確かだがな。ああ、最終防衛線が破られかけた。だが、ハイジの必死の迎撃もあって、何とか乗り切った。綱渡りだ。とはいえ、次に敵に本腰を入れて攻撃されたら終わる。予想では明日、というよりもう今日か、今日の午前中だ。ハイジも使えんだろうしな」


「え、ハイジは?」


 まさかと、マサヨシは目を見開く。


「ああ、死んではない。さすがに限界が来たのか、ぶっ倒れたのを兵士に引きずられて今、城の奥に放り込んでいる。敵側にあいつが倒れているのを知られるとまずいからな。何なら、後で寝顔でも見て来い。お前ら、ある程度は親しいんだろ?」


「ううん、いやあ、まあ、今は、顔を見にくいですね」


「何?」


「ああ、いや、じゃあ、もう俺達は風前の灯ですか?」


「それが俺の予想だったが、その予想を今夜聞いた中で一番面白い話が崩した。もう一日くらいは生き延びられるかもしれん」


「へえ」


 その一番面白い話、とやらのせいで城の中は騒がしいのか。

 マサヨシはそう思いつつも、その面白い話とやらの内容を聞くよりも先に、


「ドラッヘさん、提案があります」


「聞こう。お前の提案は聞く価値がある、そうだろう、『ペテン師』?」


 赤い目にマサヨシの顔が映る。


「ハイジが眠っているのは幸運ですね。彼女の耳には絶対に入れたくない。いや、この話は必要最低限の人間にしか聞かせたくないんでね」


「奇策か?」


「まあ。だから、情報が漏れる可能性は最低限にしたいわけで」


「聞こう」


 ゆっくりと体を前に倒すドラッヘに、マサヨシは自分の考えを全て、伝える。


「聞かなかったことにする」


 全てを聞き終えたドラッヘは、無表情でそれだけ言う。


「やっぱり、そうなります?」


「当然だろう、『ペテン師』、お前は」


 何か言いかけて赤目は首を振り、


「いい。とにかく、俺も、ノライ軍の誰も、何も聞いていない。お前の提案など。この意味が、分かるな?」


「もちろん」


 しっかりと、目を見てマサヨシは頷く。実際、マサヨシはその意味を完全に理解している。

 そう、完全に。拒否されたのではなく、もともと知らさなかった。そういうことだ。


「ところで、俺の提案は終わったんで、そろそろ何が起きたのか教えてもらっていいですか?」


「ああ、そうだな。簡単に言うと」


 言葉を捜すように、一瞬、赤い目が宙を彷徨ってから、


「アインラード軍に、災害が起こった」

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