ミサリナ2
話が終わり、酒場から出ての道すがら、
「それ、本当なの?」
まだミサリナは半信半疑だ。
「本当だよ。とにかく、あいつらは少なくとも今日と明日は強盗を働く気はないはずだ。俺とあんたとで担げるだけの商品を担いで、行商すればいい」
「どうも嘘くさいわね。もう一度確認するわよ、あなたがこの町の外を歩いている時に、例の野盗と出会ったのよね」
「そう、それでぶん殴られた。倒れていると向こうは俺が死んだと思って、これからの予定を話していた。城の連中の目が厳しいから、しばらく大人しくしておこうって話だ」
「で、あなたは生き残ったわけ」
「ああ、けど」
とんとん、とマサヨシは自分の頭を指でノックしてみせる。
「その時、ぶん殴られたせいで、その前の記憶があやふやなんだ。何度も言うけど、殴られた後の記憶はしっかりしてる。間違いない」
「自分の名前以外、何も覚えていないって?」
「そう。だから、あんたに行商の道すがら教えて欲しいんだよ、色々と、常識的なことをね」
「本当に? 今が何年の何月何日かも分かってないわけ?」
「全然わからない」
「今は、精霊歴851年。で、今日は4月15日よ」
精霊歴851年の4月15日。覚えておこう。
「そもそも、この町が何て名前かすら曖昧なんだ」
「トリョラよ」
そして目的地に着いたミサリナは足を止める。
「この町は、トリョラ」
そこは、古道具屋だ。
「乗ったわよ、あなたの話。博打を打たなきゃ、どうせ一旗上げるなんて夢のまた夢だし」
野心に燃える目をマサヨシに向ける。
「ここで、荷車を買うわ」
半信半疑ながら、話に乗る気になったようだ。
マサヨシが判断するに、おそらくは彼女にとってのチャンスだからだろう。野心が燃え盛っているのを感じる。
「なるほど、荷車を二人で曳いていくわけね。確かに、大量の商品が運べる」
「ただ、問題は予算ね。商品を荷車に積めるだけ積むとすると、商品だけで結構な金額になるわ」
商人らしく、ミサリナは目を宙に泳がせて何かを暗算すると、
「1ゴールドだって無駄にしたくないわ。荷車代を、何とか節約できないかしら」
「金策に走るよりも、とにかく今日中に出発する方が重要だよ。俺も出すから、とりあえずこの予算内でやるしかないんじゃない?」
そうして、マサヨシは虎の子の金貨を取り出すとミサリナに放り投げる。
「俺の全財産だよ」
これも、投資だ。
マサヨシは割り切る。
「分かったわ。もし、これが成功したら、この金貨分の利子も含めて、そうね」
ミサリナの指が三本立つ。
「利益の三割、あなたに支払うわ」
「太っ腹だね」
無邪気に喜ぶ振りをしながら、マサヨシは考える。
どうして、向こうからそんなことを言ってくるのか。こちらから、金額交渉はしようと思っていたのに。商人が自ら金銭のことで譲歩するとも思えない。自分といい関係を保ったところで向こうには何のメリットもないはずだ。地位も、人脈もない。そもそも過去がない。
いや、待てよ。
「その代わり、今後ともミサリナ商会をよろしくね」
「いいとも。記憶がはっきりしたら、親切にしてくれたお礼もするよ」
ぺろりと舌を出してくるミサリナに、マサヨシは笑いを返す。
そうか、半信半疑ではあるが、自分の失った記憶の方に価値を見出しているのか。初対面時の失敗、姓を言ってしまった失敗がうまく働いた。記憶を取り戻したら、自分が貴族かもしれない。その可能性から、ここで恩を売りたいわけだ。
古道具屋で、一人で曳くのは少し手に余る程度のサイズの荷車を買うと、二人でその荷車を曳いてミサリナの案内で卸問屋に向かう。
卸問屋は、周囲が小さめの木造建築物ばかりである中、巨大なレンガの建物で目立っている。
「ミサリナよ。この荷車に積めるだけ積んで頂戴」
中に入って、ミサリナがそう言うと屈強そうな男が数人、人の上半身くらいはある大きさの木箱を荷車に積んでいく。
「これ、中身何?」
「陶器よ。トリョラの特産品。この周辺、いい土がとれるから、陶器作りが盛んってわけ」
「なるほど。割らないように注意しないといけないわけね」
木箱を荷車に詰め込み、落ちないようにロープで何重にもくくりつける。
「自殺行為だ」
積み込みながら、男の一人が呟く。
「命がけのギャンブル、勝ったらお祝いしてよね」
くすくす笑うミサリナの、目がぎらぎらと輝いている。
さて、どうなるか。
マサヨシは、男達の手伝いとして重い木箱を運ぶ。これが、後々の自分の報酬になるのならば儲けものだ。