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33/202

赤目3

「戦力を国境付近にある程度分散して配置しておいてから、宣戦布告と共に全員を突っ込ませる。圧倒的な戦力差、国境が山脈。俺だったらそうする。だから、向こうもそうする」


 城内の一室、机に周辺の地図を広げてドラッヘが説明を始める。


「こっちに本隊が到着するのが、今夜。おそらく宣戦布告は明日の朝から昼。つまり、下準備は今夜中に行わなきゃならない」


「準備……一体、何を?」


 ハイジの質問に、

「お嬢ちゃんには嫌な話かもしれないが、泥臭い話だ。圧倒的に戦力が足りない防衛戦では、地の利を活かす以外に道はない。ええと、マサヨシだっけ、あんたらの義勇軍の中に、国境の山々をよく知っている連中はいるか?」


 思わず、マサヨシとジャックは顔を見合わせて、


「猟師や鉱員がいるから、それなりには土地勘のある連中、いるよね?」


「そ、そうですな」


 ははは、と笑い合うが、実際にはそれだけでなく、確か元々山賊紛いの稼業をしていた連中もいたはずだ。

 さすがに正直に言うことはできず、マサヨシとジャックはただただ笑う。


「それじゃあ、道案内のできる連中を各部隊に割り振って、適切な場所でそれぞれ待機させる。待ち伏せだ。プラス、予測される相手の侵攻ルートに、罠をしかける。そうして、後は地形を利用して身を隠しながら各自攻撃。現状、そうするしかない」


「ゲリラ戦ですか。まあ、それしかないか」


 ジャックが呟く。


「凝った作戦は立てられん。義勇軍が参加する以上な」


「錬度の問題ですか?」


 マサヨシの質問に、ドラッヘは首を振る。


「違う。トリョラの義勇軍ってのが問題だ。なあ、それ以上にスパイの潜り込み易い軍隊って想像つくか?」


 ああ、とマサヨシとジャックは同時に息を吐く。

 それはそうだ。マサヨシは納得する。来るもの拒まずの町からの義勇軍。確かに、いくらでも敵側の人間が紛れ込める。


「向こうは兵力の圧倒的優位から奇策を使ってこない。こっちは使っても逆手に取られるから使えない」


「義勇軍を排除しては?」


 ハイジの副官らしい男が進言するが、


「ただでさえ戦力差が大きいのに、か?」


 鼻で笑って、ドラッヘは目をジャックに向かわせる。赤い目がジャックを窺う。


「どうだ? 義勇軍としては、何か意見はあるか?」


「それしかないんでしょうな。マサヨシさん、何か?」


 ジャックに振られて、マサヨシはゆっくりと唇を撫でる。

 いくつか、考えていることがある。問題は、それをここで提案すべきかどうかだ。ここで置物に徹した方が、平穏には暮らせるだろう。これ以上目を付けられたくない。

 だが、とマサヨシは頭を整理する。

 現実問題として、トリョラが占領されたり、ノライが滅亡したりすれば平穏も何もない。そして、どうもこの戦力差だと、旗色が悪い。

 仕方ないな。マサヨシは心を決める。


「二つ。一つは、この戦争に参加して、活躍した義勇軍に所属する人間について。戦争が終わった後、ドラッヘさんの力で、彼らに報酬、特に兵士か何かの仕事を約束することってできませんか?」


「何?」


 赤い目が、ぎょろりと動いてマサヨシに照準が合う。


「ここの住民の大部分は、半分非合法のような仕事についていたり、あるいは仕事がなかったりして、籍すらありません。正式な住民じゃあないんです。ちゃんとした職を手に入れてノライの国民になりたいって需要は結構あるんですよ」


 それを利用して、白銀では安い給料で店員を働かせている。


「だから、その約束さえあれば義勇軍の皆は発奮するだろうし、そもそも義勇軍への参加人数自体、一気に増えるんじゃないですかね?」


「いいですなあ、それは。絶対に皆、参加しますぞ」


 ジャックが大きく頷く。


「結構だ。約束しよう。活躍次第では兵士長なり城主なりも夢ではないと大いに喧伝してくれ」


 あっさりと、ドラッヘが許可する。


「よろしいのですか?」


 横の男が目を剥くが、


「ああ。勝つにしろ、負けるにしろ戦後は兵士の数は足りなくなるだろうしなあ」


 ドラッヘの言葉に、マサヨシは背筋を震わせる。

 極力考えないようにしていたが、つまり、ドラッヘの発言は、この戦争で大勢の人間が死ぬと、そういう、恐ろしいが当然の事実を前提としている。


 戦争か。

 マサヨシの脳裏に、父親の顔が蘇る。傷だらけの父親の顔が。





 テレビでは、悲惨な戦争の実体について、女性アナウンサーが神妙に語っている。


「戦争って言うのは試練の一種だ。そう思わないか?」


 父親は茹でたささみと大量の野菜を口に放り込んでいる。


「試練? そりゃ、確かに生き残るのは大変だと思うけど、試練って話じゃないでしょ」


「違う。そうじゃあない」


 そうして、父はテレビの女性アナウンサーに目を向ける。

 アナウンサーは、耳をそむけたくなるような悲惨な話を続けている。


「民間人の虐殺。女子どもが犯され殺され、捕虜は面白半分に拷問される。酷い話だ。そんなことを笑いながらやれる兵士共は人間じゃあない。そう思うか?」


「そりゃあ、まあ」


「じゃあ、正義、お前はもしもその場にいて、虐殺する側にいたとして、止められるか? 止めるまではいかなくとも、例えば参加せずにいられるか? 断言できるか?」


 言われて、マサヨシは言葉に詰まる。


「身の毛もよだつような犯罪。けど、その犯人と同じ境遇に生まれて、同じ教育を受けて、同じ立場にいて、それをしないと断言できるか?」


 父は顔の傷をゆっくりと指を撫でる。


「悪魔のような人間だと、大悪人だと断罪する俺達が、果たして本当にその犯罪者と、兵隊達と本質的に違うものなのか。立場さえ違えば、自分達がそれをしていたんじゃあないかと、恐れたことはあるか?」


「父さん、そんなことばっか考えてるの?」


「大部分の人間は、自分が善人だと証明するための試練を受けていないんだ。そうだろう? 悪行を為す機会がなかっただけの人間だ。悲惨さのない戦争はない。戦場の極限状態で果たして自分がどのように振舞うのか」


 ささみの最後のひとかけらを口に入れて、うっとりと父は目を閉じる。


「俺は、それに興味がある。機会があれば、経験してみたいな。戦争を」


 そして、開けられた目は、既に焦点がマサヨシには合っていない。


「自分がどんな人間なのか、分かるぞ、きっと」





「他には?」


 ドラッヘの言葉に、マサヨシは現実に引き戻される。


「ああ、そう、毒です」


「毒?」


「罠に仕掛けるとか、矢に塗るとか、色々使い方はあると思いますけど、毒を使うのはどうですか?」


「そんな卑怯なマネは……」


 身を乗り出したハイジが言いかけたところで、ドラッヘがそれを手で止める。


「効果的だ。けれど、今から毒の準備が間に合うとは思えない」


「ちょっと、試したいことがあるんです。ガダラ商会が毒の在庫をある程度抱えている可能性があります」


 暗黒大陸との取引をしている異国の商会の名を出すと、ドラッヘの赤目が細まる。


「我々と取引してくれるとも思えない。奴らは国に秘密で暗黒大陸と取引をしている、ほとんど海賊のようなものだぞ」


「ツテがあるんです、一応」


 パインの部下、まだトリョラにいる部下を探し出して、そいつを使えば何とかなるかもしれない。

 マサヨシはそこに期待している。

 かつて、自分を殺すためにパインが商会と取引した。その取引に関わっていた人間を見つけ出すことができれば、可能性はある。

 そういった連中を探し出し、そしてガダラ商会との取引をまとめ、商品をトリョラに運び込む。その一連を、明日の朝から昼までの間に行う。

 無理難題だが、それを可能にするとすれば一人しかない。

 マサヨシの頭にはダークエルフの少女の顔が浮かぶ。


「悪くない。最悪、敵がこの町まで攻め込んできたなら、井戸や食料品に毒を仕込んでおいて町から退却しなければならないからな。毒があれば、相当有利になる。できるか?」


「やってみます」


「よし」


 ドラッヘは頷き、また視線をジャックに戻す。


「時は金なり、だ。マサヨシ、お前はその毒の話を進めるのと、それと戦後に役職を与えるってのを広めておいてくれ。ジャック、実際にはお前が義勇軍を率いると考えていいのか?」


「ええ……まあ、そうですな」


 ちらちらとマサヨシを気にしながら、ジャックは同意する。


「じゃあ、作戦について細かいところを詰めておこう。お嬢ちゃん、あんたもだ」


 そうして地図を囲んでより細かい話し合いに入ったのを見計らって、マサヨシは机から離れていく。

 忙しくなってくる。ため息と共に、マサヨシは頭を振る。この困難を越えた先に、平穏が待っていますように。

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