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エピローグ

 薄暗い倉庫での作業は、久しぶりかつ本調子とは言えないマサヨシには堪える。結局、三分の一ほどの酒を詰め替えたところで、木箱に腰をおろして休憩する。


「ばたばたしてたり倒れてたりで俺が動けなかった間、お前一人でやってたんでしょ、この作業。悪いね、というか凄いね。俺だったら無理だ」


「あたしだって無理なわけ。ツゾに手伝わせたわよ」


 ミサリナも背伸びをしてからマサヨシの横に腰を下ろす。


「ツゾか。随分、信用したもんだね」


「今まではね」


 ふっとミサリナの目が鋭く、マサヨシを刺すように尖る。


「この町からパインは、消える。そうなれば、ツゾを縛っていたものは消えるわ。もう、あたし達の言うことをきく必要もなくなるわけ」


 何が言いたいかは分かりすぎるほど分かるが、あえて気付かない振りをして、


「これからは、酒の話はミサリナにすればいいの?」


 別の話に持っていく。


「密造酒ね。まあ、元々原料と酒の輸送はあたしが受け持ってたわけだし、今度からそれに関する金の流れもあたしが受け持つってだけの話よ。だから良心的な価格で白銀に提供してあげる」


「密造酒を良心的って言われてもね」


 呆れながらのマサヨシの言葉にミサリナは苦笑して、


「まあ、まあ。パインの部下で残っている連中も、あたしに逆らう奴はもういないんだけど、どうしてか分かる?」


「さあ?」


 本気で分からず、マサヨシは首を傾げる。


「あたしのバックにマサヨシがついてるから。もう、この町でマサヨシに逆らったら、生きていけない。そう思ってるわけ。つまりさ、皆、実質的にあたしはマサヨシの部下だと思っているわけ」


「迷惑な話だな」


「そうよね。あたしはあなたの部下じゃない。パートナーよ、そうよね?」


 不意に、ミサリナの目がぎらつき力を込めてマサヨシを睨む。


「ああ、もちろん。俺は、お前を手下だなんて思ったことはないよ」


「そうよね」


 今のミサリナは刃物のようだ。

 マサヨシは慎重に、言葉を選ぶ。


「どうして、そんなことを?」


「マサヨシが、恐ろしいから。確認したかっただけ」


「恐ろしい? 俺のどこが?」


 ツゾを殺すことすら決断できない自分のどこが恐ろしいのか、マサヨシは混乱する。


「何もない、記憶すらないあなたが、半年ほどでこの町を支配した。これを、恐ろしいと感じるのがそんなに不思議なわけ?」


「俺の力なんて、何もない。ミサリナ、お前に協力してもらえなきゃ、とっくの昔に死んでいた」


 紛うことなき、マサヨシの本心だ。


「それは、例えば」


 ミサリナの目の鋭さが増す。


「アインラードの紙幣を手に入れたりとか?」


「そうだ。商人であるお前にしかできなかった。あれを発見させたから、この町で本当に義勇軍は必要とされたんだよ」


 立ち上がり、マサヨシはミサリナの正面に立つ。屈んで、視線をあわせる。


「分かってくれ。俺は弱い。むしろ、俺がお前の部下みたいなもんだ」


 警戒しないでくれと、必死でマサヨシは訴える。

 ようやく、パインが消え、平穏が訪れようとしている。こんなところでトラブルを起こしたくない。


「パインの孫を誘拐したのは、どういうつもりなわけ? ツゾを使って、あんな危険な橋を渡るなんて。しかも」


 ミサリナの唇がぎゅっと歪む。


「自分を殺すように脅迫するなんて、聞いたことがない。最初聞いた時は、おかしくなったのかと思ったわ」


「別におかしくなんてない。俺は、パインを信用していた。あいつの冷静さや合理性を信用してた。毒を用意していた。いつか殺す気でいたけれど、今は殺せない。ミサリナだってそう言っていただろう」


「そうね」


「だから、それに賭けた。今なら、孫娘を盾にされても俺を殺さない。孫が本当に戻ってくるとは思えないし、今殺せば自分が破滅するからだ。けれど、何かする。何かはするはずだと思った。使うなら、多分毒だ。ちょうど用意してある」


「全部お見通しだったってわけ。恐ろしいわ」


 そのミサリナの目に、紛れもなく本当の恐怖と警戒が宿っているのを見てとってマサヨシは慌てる。


「見通すなんてできていなかった。賭けだよ。ただ、殺されないとは予想してた。それだけだ。俺の目的は、意識させることだった。パインは、この町の王だ。けど、この町の外から見れば、そこそこ大きな町の有力者に過ぎない。弱点だって沢山ある。けど、奴自身にそれが見えていない。だから、町自体が危機に陥っているのに、逃げ出さない。冷静に、客観的に見ればさっさと逃げるべきなのにね」


 だから、一番の弱点を、想定できる範囲で最強の敵、つまり敵国の名を騙って突いてやった。

 荒療治だ。自分が井の中の蛙であることを、どれほど弱い存在であるかということを気付かせる。それこそが、マサヨシの計画だった。


「無理矢理追い出したり、俺達に関わらないようにすることは不可能だった。向こうが自発的にしない限りは」


「そのために、罪のない子どもを誘拐した?」


「なあ」


 両手を広げて、マサヨシは声を押し殺す。


「認めるよ、最悪なことをした。あの子に怖い思いをさせた。だけど、俺達はそれをしなきゃ殺されてた。分かってるだろう、ミサリナ。死ぬところだったんだ」


「責めてるわけじゃない。ただ」


 ミサリナは立ち上がって、マサヨシを見下ろすようにする。


「やっぱり、この町を半年で自分のものにしたのは、あなたの力よ。恐ろしいものよ、マサヨシは」


「誤解だよ」


 背を伸ばし、またマサヨシはミサリナと視線を合わせる。


「俺は、もう手を引く。義勇軍は、何とかしてジャックにやってもらおうと思っているんだ。そうして、白銀もお前に売る。あとはその金で、隠居する。静かに暮らすんだ。パインの後継者なんかにはならない」


 本心からの言葉だが、ミサリナの目はどこか冷えている。


「一つだけ、いい」


「ん?」


「『青白い者達』に人が殺された。あれが、あなたの計画を加速させた」


「そうね。事態が加速したし、膨らんだ。あれがなければ、ここまで大事になることもなかった」


 それは、マサヨシにとって誤算であり、マイナス点だった。本来なら、義勇軍はここまで膨れず、町もここまで急激に混乱しないはずだった。


「あれは、あなたは関係ないわけよね」


 一瞬、その質問の意味が分からず、目を白黒させた後、


「なっ、何を馬鹿な、お前、言っている意味分かってる?」


 思わず、マサヨシは叫ぶ。


「何の罪もない母子が襲われた。それに、俺が関わっている? そんなわけないよ、そうでしょ」


「そう、そうよね」


 安堵したように少し顔を緩めるミサリナだが、その目に捨てきれない一抹の疑惑と恐怖、警戒を見て、マサヨシは愕然と顔を強張らせる。


「ミサリナ、俺は……」


「それさえ分かればいいわけよ、ちょっと確認したかっただけ。さ、残りの詰め替え作業やっちゃいましょ」


 強引に話を打ち切って、ミサリナは酒の詰め替えに戻る。

 その姿を少しの間、マサヨシは呆然と見ていたが、やがてのろのろと自身も酒の詰め替えを行う。


 今だけだ。

 マサヨシは自分に言い聞かせる。

 今、色々なことが起こったばかりで、町も混乱しているからミサリナは少し疑ってしまっただけだ。

 町はもうじき、実際には何も起きずに元に戻る。そこに住む人々も落ち着く。

 義勇軍はジャックに任せる。断っても言いくるめて何とか代表になってもらう。ミサリナに白銀を任せて、後ろ暗い商売とは縁を切る。

 残った金で、トリョラを出て、どこかで小さな家でも買おう。時々、ジャックやミサリナ、ジャックにハイジに会いに来るくらいならしてもいい。とにかく、静かな所に家を買って、そこで静かに暮らすんだ。もうすぐ、それができる。もうすぐだ。義勇軍も酒場も裏の商売も、全部と縁を切れる。

 酒を詰め替えながら、ひたすらにマサヨシは自分に言い聞かせる。





「やはり、報告に間違いはありません」


 部下の報告を聞きながら、『料理人』ハンクは椅子に座って真っ白い髭を撫でる。


「そうか。もう、一刻の猶予もないか」


「はい。しかし、今、軍を動かせば、逆にそれを口実とされるやもしれません」


「ふっ」


 乾いた笑いを浮かべ、ハンクは手を止める。


「どうせ、何かしらの理由をつけて宣戦布告してくる。もう、動くしかない。『赤目』を呼べ。それから、早馬でトリョラの城主、ゴールドムーンのところの娘に知らせを。ああ、待て。城主だけでなく」


 一度言葉を切ってから、


「『ペテン師』にも伝えろ。どうせ城主から彼に伝わる。先に伝えておいた方が話が早い」


「はい。それで、知らせには何と?」


 部下の言葉に、一瞬だけハンクは目を閉じて思考して、


「長々とした話は後にしよう。まずは、端的に一言だけ知らせればよい」


 そうして、まるでいつも通りの声で言う。


「アインラードと戦争が始まると」

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面白い、勇吾思い出した。
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