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義勇軍3

 回想を打ち切り、マサヨシは目の前にいるパインの顔を眺める。


 マサヨシに促され、ポケットに入っていたその折りたたまれた羊皮紙の文面を見たパインの顔は、強張っている。


「ふうん」


 文面を読んでもいなければ詳しい事情を知るはずもない、未だにマサヨシの肩に両手を置いたままのタイロンも、パインその様子を見て何かを感じたのか、


「小僧、中々やるようじゃのお」


 耳元で、獣臭い息を吐きながらそんなことを言う。


 マサヨシは答えない。震える心臓を感じながら、強い目をしてじっとパインを見据える。


「なるほど」


 少し強張りのとれた顔をしたパインは、羊皮紙を折りたたむとマサヨシのポケットに戻す。


「この町、外から、引っ張ってきたか。力を」


「トリョラの中でどんな財や暴力を手に入れても、あなたには叶いません。あなたは、この町の支配者ですから」


「私と決別するのか」


「まさか」


 目を見開いて、マサヨシは驚いた顔をする。


「ただ、少し、俺の話を聞いて欲しいだけです。出店のペースをもう少し落とさせて欲しい。それから、密造酒のノルマももう少しマトモなものにしてください。今だって、充分儲かっている。俺もあなたも。でしょう?」


「分かった。分かったよ、君の言いたいことは。対等なパートナーとして扱って欲しい。そう言いたいわけだな」


「滅相もない」


 弱々しく、媚びるようにマサヨシは笑ってみせるが目がぎらついている。


「対等だなんて。俺は、あなたに使われるだけですよ。それでいい。それでいいけれど、生き延びたいんです。この出店ペースとノルマだと、それができない。死にたくないと、主張したっていいでしょう?」


「そうだな」


 頷いて、パインは目をタイロンに合わせる。


「行け」


 その言葉と共にパインが宙で手を払うようにすると、タイロンの手がマサヨシの肩からのけられる。


 途端、マサヨシの全身に力が戻る。


「さっさと行け。私の気が変わらないうちに」


 表情を消してそう言うパインの顔を少しの間だけ見てから、マサヨシは立ち上がると部屋を出る。

 勝手に早足になろうとするのを、全神経を集中させて抑えて、ごくごく普通の足取りで。

 助かった。

 脳裏に浮かぶ言葉はそれだけ。

 勝算があったとはいえ、ぎりぎりのところで命を拾った。そんな印象が拭えない。





 白銀の二号店、昼間から飲んだくれで溢れたその店内の片隅で、チーズと熱いミルク、それから固いパンをテーブルに置いてマサヨシとミサリナは向かい合っている。マサヨシは頭から布を被り、周囲に黒髪と黒い瞳から自分だと気付かれないようにしている。


 丸められた紙のようにくたびれたマサヨシは、椅子の背に張り付くようにして座っている。熱いミルクをゆっくりと口に入れる。


「疲れた」


「まあ、よかったじゃない。これで安泰ってわけよ」


 ぼそぼそと、周囲に聞こえないように囁きあう。


「馬鹿言うな」


 マサヨシはたいぎそうに首を振る。


「延命しただけだ。あいつの殺意は濃くなったくらいだよ。不審な死や失踪はまずい。だから、不審じゃあない死や失踪にしてやろうと企む。絶対にそうする」


「例えば?」


 パンを摘んで、ミサリナは興味深そうに猫のように目を丸くする。


「病にしか見えないような毒。間に人を何人も入れての事故に見せかけた殺し。方法はいくらでもあるでしょ」


「確かに。どうするつもり?」


「どうするかねえ。待つかな」


 態度とは裏腹に暢気なマサヨシの言葉に、


「殺されるのを?」


 ミサリナは少し声を大きくして驚くが、


「んなわけないでしょ。接触してくるのをだよ」


「誰が?」


「タイロンが。とりあえず、気を張ったせいで眠い。家に帰って寝る」


 チーズとパンをミルクで流し込むと、ほとんど閉じているような目をしてマサヨシは立ち上がる。


 料金をテーブルに置いてふらふらと立ち上がり店を出て行くマサヨシを見送り、ミサリナは首を振る。


「今にも死にそうじゃない。それにしても、タイロン? ああ、なるほど、そっか、そういうわけ」


 一人合点して、数度頷いてからミサリナは視線をテーブルに戻し、楽しげにパンとチーズを口に放り込む。





 晴天の下、トリョラの再開発地区の中心部にある、憩いの場としての広場。緑とスペースしかない公園。


 剣を振る。

 最初はへっぴり腰で枝一つ切れないと笑われた太刀筋も、それなりにサマになってきた。

 また、剣を振る。

 マサヨシの額を汗が流れる。


「ふう」


 息を吐く。


「頭、中々いい太刀筋になってきましたな」


 狐の顔をした男が笑いながら話しかけてくるので、マサヨシは剣を振る手を止める。


 広場には、多種多様な住民が集まっている。その誰もが、木製の剣や盾、棒を持っている。義勇軍の訓練だ。

 ハイジに許可を得て、週に何度かここで義勇軍で集まって訓練をするようにしている。

 義勇軍が、ハンクの言うように『無法者の集まり』と紙一重だということはマサヨシも承知していた。だからこそ、こういう訓練などを通して連帯感を高めていく必要がある。

 とすれば、一応はトップである自分が参加しないわけにはいかない。そう考えて、マサヨシは怪我が治りきる前から訓練に参加をするようにしていた。

 今回の合同訓練に参加しているのは、五十名超といったところか。


「頭って言い方はよしてくれよ、ジャック」


 人狐族の男の名はジャック。まだ歳は若いが、男気があり、元々がトリョラの貧民層の中では兄貴分となっていた男だ。

 義勇軍にいちはやく参加して、今では義勇軍の中心人物となっている。実際、義勇軍に所属している人間のほとんどは自分ではなくジャックに惹かれて参加しているのだろうとマサヨシ自身分析している。


「ははは、すみませんな。元々が単なる無頼なもので、どう呼んでいいか分かりませんでな」


 ジャックは豪快に笑う。彼は、基本的にはマサヨシには敬意を持って接してくれる。


「まあ、確かに、何て呼ぶべきだろ? 代表、とかでいいんじゃない」


「むず痒いですな。名前で呼ばせてもらいます」


「いいよ、別に」


「マサヨシさん、で、今日の訓練はこれくらいでいいですかい?」


「ああ、そうだね」


 自分と同じようにばてつつある人間の増えてきた広場を見回す。


「そろそろ、解散とするか」


 言ってから、マサヨシは金貨の入った皮袋を取り出す。


「皆を連れて、酒場で打ち上げでもしてくれ」


 皮袋を受け取ったジャックは、


「すいませんね、いつもいつも。あいつらも喜びますわ。マサヨシさんは来ないんで?」


「野暮用があってね。まあ、金は出すけど、その代わり、白銀以外では飲まないでよ」


 マサヨシの言葉ににやりと笑うと、すぐさまジャックは集団に走りより、何か声をかける。歓声が響き、ジャックに率いられた集団はぞろぞろと広場を出て行く。


 汗を拭きながら一団が消えるのを見送って、マサヨシは木陰に腰を下ろす。まだ汗が止まらないので、ハンカチでしきりに顔を拭う。


「いるんでしょ」


 声をかけると、


「気付いておったか」


 木の上から返事。タイロンの声だ。


「うわ」


 演技ではなく驚いて、マサヨシは身じろぎする。


「そこにいたの」


「なんじゃ、気付いてなかったのか」


 木の葉に隠されて、声の主の姿は見えない。


「俺が一人になるタイミングで声をかけてくるかなと思って、言ってみただけだよ」


「なんじゃい、感心して損したわ。で、わしが声をかける理由はわかっとるのか?」


「大体は。営業活動でしょ、ただし、やる気のない」


 マサヨシの答えに、木の葉の向こうのタイロンはしばらく沈黙する。


「営業活動は、正しいぞ。わしを売り込みに来ただけじゃ。じゃが、やる気のない、というのはどういう意味だ?」


「そのまま。大体、あんた、まだパインと契約結んでるんじゃないの?」


「確かにの。じゃから、そこの契約が切れた後の話じゃ。安くない金で専任契約を結んでおるが、更新がなければもうすぐ切れる」


「だから、でしょ」


 ようやく汗の止まったマサヨシの目が細くなって、木の葉の向こう側を見通すようにする。


「契約を更新してもらうために、俺に話しかけている」


 返事はない。


「直接的に俺を排除するのが難しくなって、ランゴウ一派もほぼ全滅させた今、あんたを高い金を払って雇い続ける必要はない。けど、あんたを手放したらまずい、とパインが思えば、保身のために金を払い続ける」


 親指で、マサヨシは自分を指し示す。


「俺だよね。俺に、あんたを雇われたらまずい。そう思い続けている限り、パインはあんたを雇い続けるしかない」


 まだ、返事がないので、マサヨシは続ける。


「あんたは職人とか求道者ってタイプじゃない。『見世物』って呼ばれるくらいに営業活動に力を入れてるんでしょ? どっちかっていうと、商売人だ。商売人が商品価値を高めようとするのは、当然だからね」


 ところで、とマサヨシは頭上に生い茂っている枝葉に向かって笑みを浮かべる。


「それに協力する代わりに、いくつかお願いをきいてもらったり、パインの情報を少しでいいからもらったりとかは」


 そこで言葉をとめ、マサヨシは眉を寄せて立ち上がる。

 持っていた木の剣で、頭上の枝葉を探る。


 もう、そこには誰もいない。

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