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23/202

義勇軍2

 一か月前。


 マサヨシは馬車から降りると、大きく伸びをする。ここまで長い間馬車に揺られていた経験はないから、体は痛いし気分も悪い。


「それじゃあ、夜になったら」


「ああ、例の店にいるんだよね。そこで落ち合おう」


 馭者席にいるミサリナとそう言葉を交わし、マサヨシは懐から取り出した地図と見比べながら町を歩いていく。

 ノライの王都、シュネブ。

 ハイロウと比べれば発展しているが、人口自体はトリョラの方が多いかもしれないという話は聞いている。

 確かに、王都という割に人通りの数はトリョラに負けている気がする。ただ、立ち並ぶ建物や道が石造りのきっちりしたものであることや、どれも歴史を感じさせるものである点はさすがは王都といったところだ。

 実際に行ったことはないが、建物の様式や町の外観などは、マサヨシにギリシャを思わせた。


 国の中心部であるだけあって、トリョラほどではないが明らかにノライ人ではない出で立ちの人間も数多く見られる。

 ただ、その中でもマサヨシの黒髪と黒い瞳は目立つらしく、町行く人からちらちらと視線を送られる。

 その中を、マサヨシは地図を頼りに歩き続ける。


 やがて辿り着いたのは、町の中心部からは少し外れた地域である、閑静な住宅街。そのうちの一つの邸宅だ。

 気品があるが、そこまで大きいということもなく、目立たない普通の邸宅だ。

 ここでいいのか?

 戸惑いながら前に立つマサヨシだが、やがて意を決してドアをノックする。


「はい」


 すぐに出てきたのは、まだ年若いメイドだった。


「マサヨシ様でしょうか?」


「はい」


「お待ちしておりました。どうぞ」


 全く表情らしい表情を浮かべることなく、メイドが言ってマサヨシを中に招く。


 邸宅の中も、落ち着いて目立たない調度品ばかりで、中流と上流のちょうど中間あたりの一般家庭の家の内装を思わせる。


 そして、メイドの案内で通されたのはダイニングルームだ。

 大きく古い木製のテーブルと、椅子が四脚。

 誰もいない。


「座ってお待ちください」


 そう言って、メイドは消えてしまう。


 しばらく呆然としていたマサヨシだったが、やがて気を取り直すようにして椅子に座る。

 テーブルの上には何もない。


 がたがたと、どこからか音がする。

 マサヨシがきょろきょろと音の出どころを探っていると、やがて皿を二つ持った老人が現れる。


「やあ、待たせたかな。今、ようやくできたところだ」


 老人が置いた皿の中には、香草と一緒に蒸された魚が入っている。


「昼食はまだだろう? 結構、一緒に食事にしようじゃないか。自信作なんだ」


 そう言って老人、『料理人』ハンク・ハイゼンベルグは微笑む。





「ゴールドムーンの令嬢から話を持ちかけられた時は心配したがね、純朴な彼女が悪い男に騙されているのではないかと。あまりにも君のことを信頼しているようだったからね」


 笑いながら老人とは思えないスピードで料理を平らげていくハンクは、真っ白い髪と髭を綺麗に整えている、気品のいい老人だ。ゆったりとしたローブを着て食事を楽しんでいる姿からは、辣腕の宰相といった印象はまるで見えてこない。


「確かに彼女は純粋です。こちらとしても心配になるくらいに」


 話に付き合いながら、マサヨシは蒸された魚をフォークを使って口に運ぶ。

 うまい。


「だろう? まあ、それが彼女のいいところだとは思うがね。ゴールドムーンの他の連中とは似ても似つかない。ふふん、しかし、実のところ、彼女から紹介が来る前にこちらも君のことを気にしていたんだ、ペテン師」


 その言葉に驚きを隠しきれず、マサヨシはフォークを落としかけて慌てる。


「俺を、ですか?」


「驚くことか? 君は予想していたはずだ。私が君、というよりあの町に関心を払っていることを。だから、ハイジに話を通せば私と会えると思ったんじゃないかね?」


「それは、確かに。けど、正直、駄目元でしたから」


 正直なマサヨシの言葉に、


「賭けに勝ったわけだ」


 きれいに魚を骨だけにしたハンクは頷く。


「いいぞ、賭けに勝てない人間は成功できんからな。さて、それで話があるということだったが、まずそちらから話すか? 一応、こちらも話があるんだが」


「ああ、ええ、もちろん、そちらから、お話をお願いします」


 恐縮してマサヨシが言う。


「そうかね。では、話をさせてもらおう」


 お茶を一口飲んで、


「私はトリョラを対アインラードの要だと考えている。立地的にも、住民的にも、だ。籍を持たない、難民移民崩れの半分犯罪者のような連中の集まり。国政に携わっている連中のほとんどはそんな風に考えている」


「あながち間違いでもないでしょう」


 マサヨシは魚を香草と一緒に頬張る。


「だが、その彼らを上手く使えば、アインラードとの戦争が開始された際の大きな戦力となる。どうせ、象と蟻の戦争だ。まともに戦えば勝ち目はない」


「一般市民を参加させたゲリラ戦ですか。えげつないですけど、そうやって持久戦に持ち込むしか確かに戦いようがないかもしれませんね」


「ないさ。戦いようなどない」


 ぞっとするように暗い目をするが、すぐにハンクは振り払うかのように頭を振り、目に柔和な光を宿らせる。


「とはいえ、そんな無法者共に国が直接許可を与えて民兵組織にするわけにもいかない。国が認めたというのに、その組織が暴走でもすれば目も当たられん。だから、しかるべきタイミングで、町の中心人物とコンタウトを取り、その者を通じて間接的に組織化するつもりだったが」


 まさかな、とハンクは息を吐く。


「先に、それをされるとは。しかも、そちら側からコンタクトをとってくるとは思わなかった」


「嬉しい誤算ですか?」


「馬鹿を言うな。主導権をそちら側に握られるなど、嬉しいはずがなかろう。もっと切羽詰まった状況になって、住民達が自然とまとまりだす頃に手を加えてやれば、それで間に合うはずだった。トリョラで義勇軍を組織できる器量者など、いないという報告だったのだ。ある程度の財を持ち、住民から信用と畏怖を持たれ、そして城の連中、特にハイジという極めつけの堅物から義勇軍組織の許可を取り付ける。難しく、益は少ない。誰もするはずがなかった。あのパインですら難しいし、そもそもそんな無駄で目立つことはしようとしないだろう」


 だからこそ、マサヨシはそこに付け込んだのだ。


「パインさんと、知り合いですか?」


「ふん、私が難民政策を通した時、私も若造だったが最初にトリョラに転がり込んだパインはただの小僧だった。でかくなったものだ」


 遠くを見るようにハンクは顔を上げて、


「ともかく、私の計画は崩れた。君が私にとって不必要な人間であるなら、義勇軍の首を挿げ替える工作をせねばならないが、組織崩壊のリスクがありコストもかかる。あまりしたくはない。だから、今度は君が話す番だろう。私にとって、必要な人間であると納得させてみたまえ」


「はい」


 魚を食べ終えたマサヨシはフォークを置く。


「まず、俺は義勇軍をあなたに、城に、ノライに協力させる代わりに何かを要求しようという気は一切ありません」


「資金援助もいいというのか?」


「今のところは。何とか俺の金で回ってますし、いざとなったら使える金もあります。まともな金じゃありませんけど」


 ランゴウ一味の金だ。


「なるほど。つまり、ノライにとっては君が義勇軍を率いているのはとてつもなく有益だということだ。コストはかからず、それでいて全面的な協力を約束してくれる」


 ハンクの焦点がマサヨシに合っていく。


「それで?」


 続きがある、と確信している促し方だ。


「つまり、ノライにとって、俺が義勇軍の頭として存在し続けた方がいいわけですよね。少なくとも、しばらくの間は」


「そうなるな」


「でしたら、守っていただけますか?」


「何?」


「不慮の事故で俺が死んだり、謎の失踪をしないように、あなたに守って欲しいんです」


「ふむ」


 ハンクは目を細め、白い口ひげを撫でる。


「パインか」


「想像にお任せします」


 しばらくの間、ハンクは答えずにずっとひげを撫で続ける。


 マサヨシの心臓は高鳴り、今にも破裂せんばかりだ。それを、平静を装った顔で隠してじっとハンクを、ひげを撫でるハンクの指を見る。


 やがて、その指の動きが止まる。


「君は、どうして私が『料理人』と言われるか知っているか?」


「料理が得意だから?」


 とん、とマサヨシは指で魚の骨の残っている皿を叩く。


「まさか。料理の腕は並みだ。ところで、うまい料理を作る方法を?」


「いい食材を、正しく調理するとか?」


「言うことなしだ。素晴らしい。その通り。だから、まずはいい素材を探す。それを、適切な場所で、適切な処理をする。煮るなり焼くなり。トリョラに配置するのに、君はいい素材なのかどうか」


 ハンクの目が細くなっていく。


「パインよりはマシか。あの男は、老いた。トリョラの内部にしか目が向いていない。しかし、君以上に使い勝手のいい人材が、いるかもしれない。君をパインから守るよりもコストが安く、私の、ノライの役に立っている人物」


「いないでしょう。外から人材を入れたんじゃあ、トリョラの住民の信頼はそうそう得れない。かといって、今、あそこに住んでいて、俺の後に義勇軍を引き継げて、あなたの要求を受け入れられる人間なんて」


「ミサリナ」


 その名前に、マサヨシは体を硬直させる。

 王都に住んでいる政治家が、彼女の名前まで把握しているのか。


「やめておいた方がいいですよ。彼女は商人だ。がめつい」


 余裕を見せて、マサヨシは微笑むが少し笑顔が固い。


「怯えているのか。そうだな、商人だ。だからこそ、操りやすい」


「俺よりもコストがかかる」


「そうかな? 彼女は財を求める。君は何を求める?」


「俺は、ただ」


 ひょいと、マサヨシの本心が零れ出る。


「平穏に、静かに暮らしたいだけです」


「それはそれは」


 ハンクの目が見開かれ、哀れむように白い眉を寄せる。


「あまりにも、度が過ぎた願いだ」





 どうしてそんなに争うのが好きなのか、とマサヨシが訊いた時、父は質問の意味が分からないのか首を傾げていた。


「好きじゃあない。どうして好きだと思った?」


 意外な答えに、マサヨシは一瞬答えに詰まった後、


「どうして、好きじゃないのにそんなに戦ってるわけ?」


「戦わないと上に行けないだろ」


 父は人差し指を真っ直ぐ天に向かって立てる。


「上に、いかなくてもいいじゃん」


「今はな。だが、本能がある」


 立てていた指を、こめかみに向けて父は言う。


「脳の奥深くに、戦って、上に昇ろうとする本能がある。原始的なものだ。それが、俺を動かす。戦わずに、上に行こうとせずに静かに平和に、不安や心配のない世界で生きていくことなんて、本来はできない。この世界にこの時代にこの国にこの場所に人間として産まれているから、不可能ではないが、本来は平穏な生活など存在しないはずなんだ。偶然、今この時この場所に、存在しているから、周囲の人間はそこに浸っている。お前も含めて」


 ゆっくりと父は傷跡のひとつをなぞる。


「人工的で、不自然なものだ。平穏な生活など。本来は、生きていくためには戦い続けなければならないというのに。だからいいか、正義、お前が平穏を追い求めるのはいい。別に間違っているとも思わん。幻想だが、幻想を追うのも人生だ。生物としての本能には反しているし、この世界この時代この国この場所以外でそんなことを言えば、きっと驚かれるとは思うがな」





「今から言っておく。その君の望みが叶うには、多大な犠牲を払うことになる」


 ハンクの言葉で、マサヨシは現実に引き戻される。


「かも、しれません」


「厄介な男だ。そんな大それた望みを抱く程度には、器量があるようにも見える」


 真っ白い髭を震わせているハンクが、笑っているのだと少し遅れてマサヨシは気付く。


「よかろう。手形くらいは切ってやろう。君の言うように、今から君の首を挿げ替えるのは、手間がかかるし、危険だ。一度組織が出来上がってしまえば、その改革には力がいる」


 ハンクが手を叩くと、無表情な例のメイドがどこからともなく現れて、ペンと羊皮紙をハンクに差し出す。


「君が不審な死や失踪を遂げた場合、ノライは総力を挙げて事件の全容を捜査し、犯行に関わったものに極刑を処す。こんなところでいいか?」


「ええ、充分です」


 実際に、細かい文面は問題ではない。

 それを、『料理人』ハンク・ハイゼンベルグが己の名の下に書いたという事実の方が重要だ。


 さらさらとペンを走らせたハンクは、最後に署名をする。


「こんなものか。持っていくといい」


 上等の羊皮紙を受け取り、マサヨシはしっかりとハンクの目を見据える。


「ありがとうございます。借りは、絶対に返しますよ」


「そう、気張る必要もない。借りを返そうとしなくとも問題ない」


 軽く目を閉じて、ハンクはペンをメイドに手渡す。疲れたのか、そのまま目を開けることなく椅子の背もたれに体重を預けて、


「これで一蓮托生だ。まだ君には理解できていないかもしれないが、私がこれを書いたことによって、君は既に泥沼に足を踏み入れている」


 おそらく、本当なのだろうとマサヨシは思う。

 ただ一つ、訂正するとすれば。

 泥沼には、もう既に肩の辺りまで浸かっているのだ。

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