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22/202

義勇軍1

「義勇軍?」


 部下の報告に、木製の馬の玩具を直していた手を止めて、パインは顔を上げる。

 その玩具は、孫娘のお気に入りで、つい先日彼女が壊してしまって大泣きしたものだ。


「はい」


「アインラードの脅威を感じている住民は多い。そのためか?」


「そうです。と言っても、今の所、大した動きはしていません。国境付近の見回り、そして訓練です。人数も、二十数人といったところです」


「増える」


 だが、パインは断言して、玩具を横に置く。


「アインラードへの恨みと怯え。誰もが持っている。私すらも。人数はこれから増えていく、間違いなくな。しかし」


 パインは皺だらけの首を撫でる。


「今まで存在しなかった組織が出来上がるには、必ず中心となる人物がいる。それに、どこの馬の骨とも知らない籍もない連中が徒党を組み武装するのを城が許すわけがあるまい。どうなっている?」


「それが」


 言いよどんでから、部下は意を決したように口を開く。


「義勇軍のリーダーはマサヨシです」


「何?」


 パインの目が見開かれる。


「あの男が、義勇軍だと?」


「白銀を回っては、店にいる客に義勇軍の参加を呼び掛けているようです。訓練に使う設備や装備も全てあの男が手配していると……どうされました?」


 体を震わせているパインに、部下は驚く。

 パインは、笑いをこらえていた。


「浅知恵だな。財を吐き出して、暴力を手に入れたつもりか。なるほど、確かにあの男なら、ハイジが義勇軍の許可を出すか。ふん、下らん」


「よろしいのですか? 仰ったように、これから奴の持つ武力が膨れ上がるかもしれません」


「義勇軍か。お前も、鈍いな。いいか、私の兵とは違って、奴の持つのは義勇兵だ。アインラードへの敵愾心と恐怖を利用して、安い投資で手に入れた兵だ。おまけに、ハイジの許可まで通してな。それで対抗するなどと、馬鹿馬鹿しい。確かに武力は手に入るだろう。だが、それは正式な対アインラードにしか使えない」


「なるほど」


 感心して、部下が大きく頷く。


「武力であって、暴力ではないということですか」


「そうだ。使い勝手が悪い。もしも、私と奴が戦うことになったとして、私は高い金で雇った暴力を奴に差し向けることができる。奴は? 義勇軍で私の兵と戦うのか? どんな大義名分があって?」


 下らん、とパインは一蹴する。


「一応、義勇軍に私の手の者も数人入れておけ。簡単に潜り込めるだろう。何かあれば報告しろ」


「分かりました」


「力で、このパインと対抗するか。馬鹿め。この町の財も暴も、全て私が握っている」


 呟いて、パインは再び玩具の修理に取り掛かる。





「義勇軍、ねえ。そんなものを作ったって、使い勝手が悪いわけよ」


 人里離れたあばら家で、報告したマサヨシへの、ミサリナの第一声がそれだった。


「だろうね。で、パインもそう思ってる」


「それどころか、義勇軍の中にスパイが入って、こっちの動きが筒抜けになったりするんじゃない?」


「パインは間違いなくするね。まあ、ともかくミサリナには武器の手配とかで世話になったね。これからどんどん数が増えるから、もっと世話になるかもしれない」


 言いながら、マサヨシは鍋からどろどろとした煮込みを皿に移す。数種類の野菜と小魚を、たくさんの香辛料で煮込んだものだ。


「こんなもんでいい?」


「ああ、ありがてえ」


 ぼろ布を頭からかぶり、やせこけて毛からも油気がなくなっているのはツゾだ。


 ここは、ミサリナがツゾに提供した隠れ家。馬車の馬を休ませるための拠点としてのあばら家、その屋根裏にあたる。


「それじゃあ、いただきます」


 全員ともそれぞれ皿を持ち、マサヨシの言葉と共に木のスプーンで煮込みを食べ始める。


「熱い、ああ、辛っ」


 マサヨシは顔をしかめる。

 珍妙な味と香り、そしてとてつもなく辛い煮込み料理だ。


「これだよ、これ」


 だが、ツゾはぼたぼたとこぼしながら、凄まじい勢いでその煮込みにがっつく。


「これ、暗黒大陸の料理ってわけよね?」


 ミサリナの言葉に、


「ああ、俺は大陸にいたことはねえけど、ガキの頃お袋が作ってくれた。弟と奪い合うようにして食ったな」


「弟いたんだ」


「死んだよ。病気でな。別に大した病気じゃなかったが、十分に栄養をとる金も薬を買う金もなかった」


 器をなめるようにして、ツゾは空にする。


「ああ、うまかった。ちなみに言っとくけど、暗黒大陸なんてのはてめえらが勝手に言ってるだけだからな。あそこは、サネスドって言うんだ、俺達の間ではな」


「サネスド、戦いの神の名前と一緒なわけね」


 顔をしかめながら料理をかきこむミサリナ。


「エリピア大陸は多神教だけどよ、俺らの神様は一つだけだ。サネスドだけ。戦いの神って言われてもな」


 なるほど、サネスドという神を崇める一神教なわけだ。


「フォレス大陸だってそうだろうが」


「あー、まあ、そうね。ダークエルフって言うよりエルフの連中が、だけど、確かに神様が沢山いたりはしないわね。シャンバラだけ。こっちでは創造の神だっけ」


 中々興味深い話に、マサヨシが聞き入っていると、


「んな話はどうでもいいわけ。義勇軍、どうするつもりよ?」


「はっはっはー、お前でも分からないか、義勇軍をどうするつもりか? ということは、きっとパインも考え付かないだろうな。いいぞ、うまく行く気がしてきた」


「何喜んでるか知らねえけどよ、俺はいつまでここにいればいいんだよ」


 ぼやくツゾに、


「もう少しだよ。もう少しすれば、大手を振って街を歩けるようになるし、まとまった金も渡せる。もう少しだ」


 そう言うマサヨシの目が乾いていることに、ツゾは気づいていないようだが、ミサリナはじっとそのマサヨシの虚無のような黒い瞳を横から見ている。


 食事が終わり、マサヨシとミサリナは二人並んであばら家から出て、馬車まで歩く。


「あんたが殺せないなら、あたしがやってもいいけど」


 小声で呟くようなミサリナの言葉に、


「恐ろしいことを言うな」


「あいつ、どうするの? 一生、匿うつもり?」


「いや」


「じゃあ、もしもパインと話がついたら、自由にするつもりなの? あいつは、何人も殺している悪党よ」


「分かってる」


 だが、とマサヨシは続ける。


「あいつを殺すほど冷酷には俺はなれないよ。それに、ある意味であいつは隠し玉だ」


「え?」


「義勇軍は確かに、汚れ仕事に動かせない。けど、あいつなら動く。金と命のために」


 足を止め、ミサリナは目を見開く。


「まさか、最初からそのつもりで」


「違う。そうじゃない。そんなわけはない」


 自分に言い聞かせるように、マサヨシは何度も言う。


「けど、まだ匿っている意味はあるってことだよ」


「それで、結局義勇軍はどう使うつもり?」


「駄目で元々とハイジに頼んだら、意外にも色のいい返事が来た。どうやら、向こうも気にしてくれているらしい」


「何のこと?」


「交渉術の基本は、相手の得意とするフィールドで交渉しないことだ。負けるからね。外から交渉することも必要になる」


「だから、何のこと?」


「今度、王都に義勇軍の武器の買い付けに行く時は、俺も同行させてもらうよ」


 馬車に乗り込みながら、マサヨシはそう言う。





 精霊歴851年。8月10日。

 ノライでは、季節は夏。トリョラの住人も皆、暑い日差しに文句を言っている。


 薄暗い応接間にも、夏の熱気はまとわりついている。

 グラスに入った冷たい水がテーブルに二つ置かれる、既にグラスは汗をかいている。

 頭を下げて部下が出て行ってから、パインはそのグラスの中にある水を一息で飲み干す。


「ふう。若い君には分からないだろうが、私のような老人ともなると暑さや寒さが堪える。全く、夏や冬になるたびにつらくて仕方がないよ」


 向かいに座っているマサヨシはグラスに手を付けない。ようやく、包帯が取れている。


「それで、五号店の開店おめでとう」


「ありがとうございます」


 相変わらず、マサヨシの顔色は悪い。

 それは激務によるためのものだ。密造酒の手配や準備、帳簿の改ざんを店員に任せるわけにもいかない。全てを自分でしながら、次の店舗の開店準備を行ってきていた。


「それで、話というのは?」


「酒の件です」


 暗い目をして、マサヨシはパインを見る。


「密造酒の売り上げのノルマが、あまりにもひどい。これは、達成のしようがありません」


「そんなことはない」


 大仰に驚いて見せて、パインは噛んで含めるように話す。


「他の正規の酒を売る量を減らせばいいだけだ。それらの酒の値上げをすればいい。そして、密造酒の酒の値下げをする」


「これ以上、密造酒の売り上げの割合が増えれば、ハイジも怪しみます」


「それを何とかできないなら、君の存在価値はない」


 すっとパインから表情が消える。


「この程度の密造酒を捌ければいいなら、君でなくとも代わりはいくらでもいる」


「それに、密造酒の値下げって、これ以上値下げすればいくらなんでも利益が出なくなります。あなたへの融資の返済も、みかじめ料も払えなくなる」


「払えるさ」


 パインは無表情のままで肩をすくめる。


「店員の数を減らすか、給料を減らせばいい」


「パインさん」


 マサヨシは必死な顔で、目に力を入れて懇願する。


「そんなことはできません。給料は安くても安定したちゃんとした仕事を世話するって約束で彼らを雇っています。そして、ハイジにも彼らの籍を用意してもらった。今更、放り出すことはできない。給料だって、これ以上下げたら彼らが生活できません」


「ならば、店の売り上げ以外から、身銭を切って払ってやればいいだろう。義勇軍に装備を揃えてやるのを止めろ」


 パインの目が冷たさを増す。


「二百五十人を超えたらしいじゃないか、義勇軍の兵数が。凄いことだ。それで、そんなものを抱えて、どうする? 金を食うだけだ」


「必要ですよ」


 不意に、マサヨシの顔からも表情が消える。


「いつ、小競り合いが始まるか分からないんです。アインラードと。城の兵力だけじゃあ、どうしようもない。義勇軍は必要ですよ」


「国の軍事にまで口を出すようになったか、ペテン師」


 ゆっくりと、パインが体を前に倒す。


 ぽん、と後ろから両肩に手を置かれて、マサヨシは愕然と体を硬直させる。

 全く、誰の気配もなかったのに。


 置かれた手には、爪と、真っ白い毛が生えている。


「ここで始末するんか、パイン?」


 いつの間にか座っているマサヨシの真後ろに立っていたタイロンは、両手をマサヨシの肩に置いたまま尋ねる。


「そうだな。私に刃向った。もう、トリョラにいて裏の商売に少しでも関わっている連中は、全員が知っている。君が私に反旗を翻そうとしていることを。もう、いい頃合いだ。もう、君を私が始末したとして、理不尽だと思われることはない」


 べっとりと、マサヨシの顔が脂汗で濡れる。

 両肩に置かれた手に少しでも力が加えられれば、肩の骨が砕かれ、そのまま殺されるのだと本能的に理解している。


「ここでいいか?」


「汚すなよ」


「わしを誰じゃと思っとる」


「パイン」


 震える声で、マサヨシが名を呼ぶ。


「それは、止した方がいい」


「ほう、何故だ?」


「俺が死ねば、あんたが追い詰められる。俺が消えれば、あんたを疑うべきなのは、もう、トリョラの住民なら誰でも知っている」


「だから何だ? 私に腐るほど金をもらっている城の連中が私を捕まえに来るとでも? それとも、君の世話している義勇軍が命を賭けて仇を討ちに来るか?」


「いいや」


 青白い顔で脂汗にまみれながらも、ぎらつく目でマサヨシはパインを射抜く。


「国家権力に、潰される」

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