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ミサリナ1

 無法者三人と離れて、数十分。すぐに町が見えてくる。木造の家屋が多いように思う。

 正義は町に向かって歩きながら考える。

 イズルは活躍するように言ったが、そんなものは無視だ。というより、無理だ。とにかく、平穏に暮らしたい。それだけだ。そのために必要なのは。

 懐に入れた金貨を、正義は握る。

 金。そして、籍だ。ただ、籍の方は何とかなりそうな気がする。移民がどうのこうの言っていたし、おそらく戸籍制度はかなり曖昧か混乱しているはずだ。


「まずは、情報。それから、金を稼ぐ方法か」


 呟きながら、町に近づく。


 町は活気に満ちている。だが、どうも健全な活気ではない。

 ふらふらと町を彷徨いながら、正義は町を探る。

 まだ昼間だというのに酒場からは喧騒。小さめの家屋や店が雑多に立ち並び、細い路地が血脈のようにはしっている。あまり上等な町とはお世辞にも言えない。

 住民も混沌としている。肌の色も髪の色も違う人々。狼や虎の顔をした人々。明らかに様々な種族の人々が、入り混じっている。

 その中でも、黒い髪と黒い瞳の人間は見当たらない。だからなのか、町行く人々の結構な割合が、正義のことをじろじろと見てくる。

 まずいな、あまりいい傾向じゃあない。目立つというのは、不利だ。

 この先の身の振り方への困難を思い、正義はため息を吐く。


 交渉の基本その4。

 交渉のための事前の情報収集は、しすぎるということはない。

 店先に並んでいるパンや干し肉、水の値段を眺め、時々に横目で買い物をする人々が出す貨幣をチェックする。

 少なくともこの町では、使われている金銭の単位はゴールドだ。正義が今、一枚持っている金貨は一枚で100ゴールド。食料の値段から推測するに、切り詰めれば一日30ゴールドくらいで人一人、宿代も含めて生きていけるくらいだろう。


 そうなると、今の時点で3日程度は生きていけるはずだ。

 正義は足を止めず考える。

 しかし、問題はそれ以降だ。どうやって金を稼ぐのか。情報もなければ、ツテもなく、そもそも過去すらない。この状況で仕事を見つけるのは難しい。

 とりあえず、日雇いでもいいから、まず仕事を見つけないと。食い詰め者に、仕事を紹介してくれそうな場所。


「酒場、かな」


 正義は呟く。あまり気は進まないが、仕方ない。





「誰もいないの!?」


 安酒場で、ミサリナは声を張り上げる。

 その威勢のいい声に、酔客達は一瞬だけ顔を上げるが、すぐにまたミサリナから目を戻す。

 くすんだ赤い髪、褐色の肌、尖った耳。ミサリナはダークエルフだ。歳も若い、女のダークエルフ。

 ダークエルフらしく機動性を重視した革製のショートパンツとキャミソールという姿で、スタイルがいいこともあって、普通に男が見る分には誘惑的だろう。酔客の酒の肴になってもおかしくはない。

 だが、誰も彼女と長く目を合わそうとはしない。

 釣り目勝ちで、勝気な印象を与えはするが、顔は整っている。だが、その目が人の目を逸らさせる。ブラウンの大きな瞳は、ぎらぎらと野心で輝いている。破滅をする人間の目、あるいは周囲を破滅させる人間の目をしている。野心をコントロールできていない。一緒に何かをしようという気にはならない。


 フォレス大陸から、エルフに追われるようにして逃げ出してきた両親。その両親はミサリナが幼い頃に病で死んで、以来彼女は一人、転がるようにして各地を転々として生きてきた。子どもの頃、キャラバンと一緒に国から国に渡り歩いた経験から、彼女はいずれ身を立てるなら商人として身を立てようと心に決めていた。


 野心は、もはや彼女自身にも制御できない。どこからその野心が来たのかすら分からない。

 ともかく、彼女は大商人になるために命を賭けるのを厭う気はなかった。むしろ、その時が来るのを渇望して、そのためにずっと金を貯め続けていた。


 そうして、ついにその時が来た。そう思っているのに。


「いい? 荷物持ちよ、荷物持ち。隣の町まで、あたしと一緒に荷物を持って行って、帰ってくるだけ。これで、300ゴールド。破格だとは思わないわけ?」


 誰も何も言わない。

 腰抜け共目め。

 舌打ちと共に、酒場を出ようとしたミサリナに、


「ちょっと、すいません」


 ミサリナが見たことのない、黒の髪と瞳という特徴を持つ青年に呼び止められる。


「その仕事、ちょっと詳しく聞かせてもらっていい?」





 安酒場の隅に、その女性、ミサリナと対面で座ることになる。ここでの飲み代はミサリナのおごりと言うことで、唯一持っている金貨を崩さずに済んで正義はほっとする。


 ミサリナは、片手に持っていた大きな革のバッグを床に下ろす。


「名前は? こっちの名前だけ教えたんじゃ、不公平じゃない」


 そう言われて、


「ええと、マサヨシだ。マサヨシ=ハイザキ」


 と咄嗟に正義は自分の姓と名を逆にする。こうして、灰崎正義はマサヨシ=ハイザキとなる。


「家名があるの? ひょっとして、貴族ってわけ? いや、でも」


 ミサリナが困惑する。


 しまった。そういう世界か。

 戸惑うマサヨシを見て、


「ああ、ワケアリってわけ」


 勝手に、ミサリナは納得してくれる。


「まあ、いいわ。それで、何を頼む?」


「酒はいいや。何か、つまむものもらっていい?」


 まずは何はなくとも食物だ。

 そう判断して正義は言う。


「どうぞ」


 注文をすると、ミサリナにはジョッキに入った酒、そしてマサヨシには水とフライドポテトがすぐに出てくる。


「それじゃあ、乾杯」


「ああ」


 酒と水で乾杯してから、さっそく仕事の話が始まる。


「して欲しい仕事は、持てるだけの商品を、あたしと一緒に隣町のハイロウまで運んで欲しいのよ」


「それは聞いたよ。で、それ、徒歩で?」


 喋りながら正義はフライドポテトをつまむ。知っている元の世界のフライドポテトと同じ味がしたので安心する。


「もちろん。馬車持てるなら、馬車で一人で行ってるわよ。あたし、独立したばかりの駆け出しの商人ってわけ」


「だから、一度に沢山の商品を運べないわけか。でも、それだったら別に重労働なわけでもないよね。どうして、それで300ゴールドも?」


 マサヨシの質問に、ミサリナが目を丸くする。


「どういうこと? どうして知らないの?」


 まずい。また地雷を踏んだか。

 平静を装いながら、答えずに薄く笑ってマサヨシはポテトを口に入れる。


「そんなもの、商品が高く売れるからに決まっているじゃない。そして危険だからよ。これ、どっちも表裏一体だけど」


 そこで、ようやく理由に思い当たったマサヨシは、さも当然のような口調で、


「物騒だもんね」


 交渉の基本その5。

 相手が得意になりたい時は、無知を装う。相手がパートナーを探しているなら、博識を装う。


「そうなのよ。だからこそ、この町の特産品がハイロウで品薄になっているわけ。護衛を沢山つけて運ばなきゃいけないから、運ぶ場合の経費もかかるし。だからこそ、高く売れるんだけどね」


「で、徒歩で商品を持って無事に隣町まで辿り着ける確率ってどのくらいだと思ってるわけ?」


「10割よ」


 ミサリナは即答する。


「馬車なんかを使わずに、素早く動ける程度の量の商品だけ持って、注意しながらハイロウに行けば問題ないのよ」


 だというのにどいつもこいつも腰抜けめ、とミサリナは舌打ちする。


「ちなみに、この辺りに出てくる盗賊ってどんな奴ら?」


「それも知らないの? ここからハイロウまでの道では、ワーウルフ三人組の野盗のなわばりよ」


 あいつらか。

 マサヨシは瞬時に、計算する。

 ここで、一気に稼ぐ価値はあるんじゃないか?


「ミサリナ、ちょっと耳を貸してくれ」


「その前に、こっちからいい?」


 とミサリナはマサヨシの足元を見ながら、バッグを探る。


「あった。これ、あげるわ」


 そう言って、古びたサンダルを渡されて、マサヨシは今更気付く。

 そうか、裸足だった。

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