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7/19 「ペテン師は静かに眠りたい3」が発売されます。よろしくお願いいたします。

 夜。

 男たち数人が、路地裏から姿を隠すようにして、何かを見ている。見張っている。


 パイングッズから出ていく、馬車を見張っているのだ。

 馬車が出発すると、男たちは互いに目配せをして、それを追っていく。


 手には棍棒や短剣を持ちながら。






 拳ではなく、猫や虎のように開き指を立てた手で、殴りつける。

 掌底で頭を揺らすと同時に目を潰す。


「うっ」


 思わず屈んだ男の股間を蹴り上げ、蹲まったところをこめかみに蹴りを入れる。


「……いってぇ」


 荒い息を吐きながら、ようやくパインは周囲を見回す。これで全員地面に倒れている。


 周囲に倒れている男が六人、それから男たちが持っていた武器や最初のうちにパインが使っていた棍棒――もう折れてしまっている――が地面に散らばっている。


「ええっと」


 路地裏のスペースにところ狭しと倒れている男たちを足で蹴りつけながら探り、息のある一人を見つけると首根っこを掴み引き上げる。


「よお……もうこっちも歳なんだ、あまり運動させるなよ」


 男が呻くだけで反応しないでいると、パインは男の膝を全体重をかけて踏みつける。


 言葉にならない絶叫が男の口からほとばしる。


「誓ってもいいけど、お前らの親玉はアホだ。こんな手にひっかかるなんてな。分かってるんだ、うちのガキが狙いだってのはよ。なのに分かり易く、誰かに預けたりすると思うか? こっちは囮だよ、馬鹿が」


 息を落ち着かせながら、誰だ、とパインは訊く。


「お前らの名前じゃねえぞ。誰の差し金だ」


 男の首をがくがくと揺する。膝を踏みにじる。


「ほら、言えよ」


「び」


 悲鳴と呻きの中間のような声で男は、


「ビファーザ、だ。ビファーザに雇われた」


「はっ」


 笑いながら、パインは男の喉を蹴り潰す。


 歪んだ呼吸音と一緒に、男は転がり飛ぶ。


「……ビファーザ、ね。さてさて」





「本当に大丈夫なんじゃろうな、ハンク」


 薄暗くかび臭い地下室、そこに数人の男がこもる。


 その中心にいるのはしなびた老人――ヨモウだ。


「何がですか、親分?」


 問いかけるのはシアム。


「引退したはずのわしと、死んだはずのお前。結局、わしらが手を組んだところで動かせるのは、この程度じゃ」


 地下室を見回す。周囲にいるのはガラの悪い男が十人足らず。


「これなら、表から堂々と出ていった方がマシじゃろう、シアム。わしが堂々と後見人として跡目にしてやるわい」


「それじゃあ、ビファーザもヤオも残るでしょうが。あいつらが残ったままじゃあ、俺はただのみこしだ。奴ら全員、消してからじゃあないと」


「それで、パインもか?」


「……あいつは表の世界で人望と力を持ちすぎてる。あいつと兄弟分ってだけで、ビファーザには有利だ。消えてもらわないと」


「お前の義兄弟でもあるはずじゃろう」


「俺は嫌われてるからなあ」


 少しだけ自嘲を混ぜて、シアムは笑い、


「親分と同じでね」


「う……む」


 口ごもるヨモウに、


「全く、女のことで嫉妬して殺そうとするなんて、馬鹿な真似したもんですね」


「貴様、調子に乗って」


 顔を赤らめるヨモウに、


「親分、止しましょうや、俺たちは運命共同体なんだ」


 へらへらとシアムは笑う。


「勘違いしないでほしいな、親分。あんたはもう隠居した身。それで、俺は死んでいるはずの人間だ。今のとこはね。だから、この場であんたを殺したって誰に何を言われるわけでもないんだ」


 地下室に、突如として緊張が満ちる。


「シアム、貴様ぁ」


 立ち上がろうとしかけたヨモウにシアムは素早く近づくと、その枯れ木のような身体を突き飛ばすようにして椅子に戻す。


「ぐっ……」


「親分、俺にとっちゃ、あんたはもはや、いた方がいい、程度の存在なんだ。黙って名前だけ貸してくれりゃいいんだよ。そうすりゃ、今より少しだけ居心地のいい老後をくれてやる。そう言ってるんだ」


 愕然としたヨモウは助けを求めるように周囲を見回すが、男たちは誰もヨモウを助けようとも、シアムをたしなめようともしない。


「仲良くやりましょうや、親分」


 そう言われても、もはや黙って震えながら顔を伏せるしかできない。


「シアムさん、けど、本当に俺たちは何もせずにここにいるだけでいいんですかい?」


 ひと段落ついたと見たのか、部下の一人が声をかけてくる。


「今はな。もうじき、町は荒れる。勝手に殺し合ってくれて、その後で俺たちが登場ってわけだ」


「パインとビファーザ、ヤオを殺し合わせる。できますか、そんなこと?」


「子ども人質にとってやろうと思ってたけど、ダメだったな。フロインを殺した上に、失敗。くく、それでいいんだよ」


 シアムはとんとんと自らの頭を指で叩いて見せる。


「頭の使いどころだ。使ったのは組織の人間でもないただのごろつき連中。で、あいつらにはちゃんとお前ら、やってくれたんだよな?」


「ええ、ビファーザの手下だって言って接触しましたぜ」


「へへ、それでいい。あの狂犬野郎は下手人捕まえて締め上げるくらいはするだろうぜ。カタギだろうとそれくらいは当然にする。ひひ。だけどよ、そこからは向こうは何もできない。ビファーザの名前を無理矢理に聞き出したからといって、それで即座に兄弟分のとこに殴り込みにいくほど馬鹿じゃないだろうが、疑いはするだろ。一片でもな」


「そうすると、どうなるんです?」


「ビファーザの方が動く。狂犬に疑われたままで放っておくほどぼんやりしてねえさ、あいつは。ヤオからも疑われてるだろうしな。で、ビファーザが動いたらヤオも動く。パインだって動くだろ。緊張状態になったら、あとはうまいこと炎上するように俺たちが後ろからこっそり手助けしてやりゃあいいんだよ」


「頭いいっすね」


「ビファーザに隠れて目立たないけど、俺もなかなか頭脳派だろ?」


 得意げにシアムが舌を鳴らしたところで、ノックの音。全員で顔を見合わす。


「……おい」


 シアムに促され、部下の一人がドアに歩み寄り、


「誰だ」


 ドア越しに声をかける。


「兄貴、俺ですよ、俺。いるんでしょう?」


 その声に、シアムの顔が凍り付く。

 聞き覚えのある声だからだ。ついさっき、話に出たばかりの男の声。パイン。


 声は、異様なくらいに普段通りだ。


 全員の顔が緊張する。背中にひりつきを感じて思わす後ろを見たシアムは、ヨモウの老いた顔が明らかに恐怖で強張っているのを見て、余計にひりつきがひどくなっていくのを感じる。


「……おう、どうした?」


 引きつりそうになる声を何とか抑え、シアムは努めて普段通りになるよう努力して声を出し、ドアの向こうへと投げかける。


「――ああ、本当にここか」


 少し驚いたような、あるいは納得したかのような調子の声の返事。


「何だよ、おい、パイン」


 焦るな。怯えるな。自分に言い聞かせながら、周囲の部下に目で合図を送る。


 部下たちは頷き、そっと武器を構える。


「どうしてここが分かった?」


「大枚はたいて、情報屋なり何なりに頼んだんですよ。力、貸してもらえませんか、兄貴?」


「あん?」


「知ってるでしょ、うちの家族が襲われたこと」


「あ……ああ、フロインは、気の毒だったな」


「いやあ、所詮人殺しですから、ああいう末路になるのが自然でしょう」


 全くの本心からとしか聞こえない、力の抜けた口調の返事に逆にシアムは恐ろしくなる。底なし沼だ。


「まあ、それはいいとしてね、その、どうもそれ手引きしたのがビファーザだっていう話があるんですよ」


 シアムたちは顔を見合わせる。ひょっとして、これは予想以上にうまく進んでいる、ということか。目線で部下に武器を下ろさせる。


「ですけど、ほら、今、あいつ、大物でしょ。俺一人じゃあどうにもって思ってて。兄貴の仇でもあるんでしょ、あいつ。どう、手を組むってのはさ」



「……すぐには、答えられないな、そういう話ならよお」


 油断するな。シアムは自分に言い聞かせる。だが。


「でしょうね。じゃあ、とりあえず帰ります」


 その返事に拍子抜けすると共に慌てる。


「ま、待てよ」


「そっちで検討してよ。俺は帰る。決まったら返事を部下でも使って届けてくださいや」


 遠ざかっていく足音。


 ビファーザがこの一連の動きを把握していないはずがない。パインを抱き込もうとするはず。もちろん、疑っているパインがやすやすとそれに乗るはずがない。それは分かっている。それを利用して、二人を争わせようとする。部下に話した通り、元々そういう計画だ。


 だが、そのパインがこちらのアジトを知っているとなると話は別だ。さっきの案は、あくまでも自分が安全圏にいたままでの策。しかしもはや、パインはこちらを襲撃できるし、パインからビファーザにこのアジトの情報が渡れば全てはご破算だ。


 是が非でも、ここでパインを抱き込むしかない。


 ドアの傍にいる部下に頷く。


 部下も頷き返し、慌てて錠を外してドアを開けた、その瞬間。


 ぬるり、とそのドアの隙間から腕が侵入し、その外に追いかけようとしていた部下の手首を握る。みしみしと骨が軋む音がここまで聞こえて、部下は絶叫を上げてへたり込む。


 かつり、かつりと。


 落ち着いた足取りで、ドアから入って来る。パインが。


「単純な手にひっかかるもんだ」


 笑うパインの目は、血走っている。シアムの息が詰まり、反射的にあの時を思い出す。最初にパインと出会った頃のことを。あの時の、噛みつくことしかできなかった頃のパイン。狂犬と呼ばれていた頃のその目を。懐かしさと恐ろしさ。若返ったような気分になる。何も持っていなかった、ただのガキだった頃の自分を思い出す。余裕などなく、虚勢を張りつつ常に怯えていた、あの怯えが蘇る。


「随分、久しぶりな気がするな、兄貴」


 犬のようにパインが牙を剥く。

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