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 他の幹部連中が固唾をのんで見守る中、意外なほどスムーズにそれは行われていく。

 ヨモウからヤオへの引継ぎ式。そうして、ヤオがトップとなった後の組織の人事が発表されていく。元ヨモウ派、シアム派だった連中はあからさまな閑職へ追いやられ、逆にヤオに近い人間に次々と重要な役職が割り振られていく。

 老木のように小さくなってただ座っているヨモウは、それについて何も言わない。


「最後に、ビファーザ」


「はい」


 人事通達の最後、ヤオに名前を呼ばれてビファーザは返事をする。心には、波風ひとつ立たない。


「お前には、俺の補佐をしてもらいたい。副頭領として俺を支えてくれねえか?」


「分かりました」


「ただ、条件がある。俺の片腕として働いてもらうんだから、負担を減らしてもらいたいんだ。今持ってる仕事を、別のやつに任せてくれよ」


「――具体的には?」


「色々だ。とりあえず、金貸しについては、俺の知り合いでランゴウって金勘定が得意なガキがいてな。そいつに任せたいんだ」


 空気が軋む。周囲の人間が息を飲む。意図は明らかだ。ヤオは、多くの仕事を牛耳り金を持っているビファーザを警戒している。だから、ナンバー2という地位と引き換えに力を削ごうとしている。


「分かりました」


 だが、その場の空気とは裏腹に、あっさりとビファーザは承諾し、その即答にヤオが戸惑う。


「……い、いいのか?」


「構いません。ただ、引継ぎがあるのですぐにというわけにはいきません。仕事の整理がつき次第、ご連絡するのでそのランゴウという後任者をよこしてもらえれば、引継ぎを行います」


 平然と答えるビファーザに、周囲の人間は皆、唖然とする。ヤオも含めて。ヨモウですら、しわだらけの顔を上げて目を見開いている。





「あの……ビファーザさん」


 自分の事務所に戻り、爪を磨き始めたビファーザに、しばらく様子をうかがってから、部下の一人が恐る恐る、声をかけてくる。


「どうした?」


「いや、その、聞きました。うちの仕事、全部他にやることになるんですよね?」


「ああ」


「ビファーザさんのことですからお考えがあってのことだとは思いますけど……その、俺たち干上がっちゃいませんかね?」


「別の仕事を見つければいいだけだ。それにな、仕事に直接関わらなくなるだけで、組織のナンバー2になれば利益を吸い取ることもできる。そうそう干上がりはしない……ただ、確かに直接やっていた時に比べて金の回りは悪くなるだろうな。だが」


 そこでビファーザは目を爪から上げ、


「金の回りは、今のトリョラではそこまで重要じゃあない」


「へっ?」


「金貨が絶対で、他の何も信用できないような町じゃあなくなったってことだ。それなりにちゃんとした町になった。いや、俺たちがした。直接金には変わらない、信用や人脈、利権や情報といったもので食っていける。目先の金を追いかけても仕方がない」


「はあ……」


 釈然としない部下に、


「パインを見てみろ。奴は金回りは悪いが、町の人間からの信用と、トリョラの発展に寄与してきたという実績を手に入れている。それにかつての狂犬時代の恐怖が加わって、つまりは畏怖されている。それが商工会の会長という地位と人脈を呼ぶ。金が手に入るのは最後だ。だから奴は今、金がなくてひいひい言っているが、最終的にくいっぱぐれることはない」


 そう説明して、むず痒いような気分に襲われてビファーザは笑いを噛み殺す表情をして頬をかく。


「身内を絶賛しているようで嫌だな」





 あまりにも小さすぎる。それが第一印象だ。感動や喜びではなく、ただただ驚き。人間とは思えない。それくらいに小さい。

 抱くように促されるが、少しでも力を入れたら壊してしまいそうで全身を硬直させて、抱くというよりも両腕で器をつくってそこに入れてもらうような形で受け取る。腕に乗せているだけ、だ。


「軽い」


 小ささに加えて軽さも実感し、不安になってパインはきょろきょろと周囲を見回す。


「大丈夫だよ、パインさん。そんなに心配するな。ああ、でも落とすんじゃあないぞ、絶対」


 初老の医者がにやにやと笑う。


 呆れた顔を隠さないフロインがパインの腕をつかむ。多少やつれてはいるが、憔悴した様子はない。出産という一大事を終えてまだ丸一日も経っていないというのに。


「ほら、もうちょっと、こうやって、こう抱いて」


「ああ、ちょっと待て、待てって、危ない」


 うごうごと揉み合う夫婦を見て、また医者が笑う。


「見てられんな。喧嘩ばかりしてうちに運び込まれていた、あの『狂犬』とは思えん。自分の命すらどうでもいいと思ってたようなガキだったのになあ」


「懐かしい話をするなよ。今の俺はただのオヤジだ」


 ようやくパインはなんとか我が子を抱く。柔らかく、温かい。顔を眺めるが、すやすやと寝ているだけで反応はない。泣かれなかったことにほっとする。


「パイン……不器用ね、本当に」


 どうにかうまく抱かせようとしていたフロインはこれ以上の改善を諦めたらしく、パインから離れると診療所の椅子に座る。


「疲れてるだろうに、悪いな。どうしても顔が見たくてよ。お前も、息子も」


 パインが正直な感想を言うと、フロインは肩をすくめる。


「別にいいけど。でも、仕事の方は大丈夫なの?」


「ああ、店は、まあ、何とでもなる。帳簿作業は夜でもできるしな」


「ほらほら、パインさん、その夜になるぞ。そろそろ帰れ。嫁さんもお疲れだろうしな」


 医者に促され、文句は言えないので喉で一度唸ってから、パインはおそるおそる抱いていた子をフロインに渡す。フロインは手慣れた様子で子を抱き取る。


「それじゃあね、パイン」


「ん、ああ……」


 何となく、立ち去りにくさを感じながらも、フロインからの別れの挨拶に応えて、医者に頭を下げてからパインは診療所を出る。

 確かに日は沈みかけ、夜になりつつある。

 暗くなっていく道を歩きながら、そう言えばさっき感じたのが「名残惜しさ」というものか、と今更思い至る。


 歩いているうちに、どんどんと夜になっていく。ランプを持ってきていないのを後悔するが、家を出る時はまさかこんな時間になるまで診療所にいることになるとは思っていなかったのだから仕方ない。というより、未だに一体どうしてこんなに時間が経ったのかが分からない。別に子どもが生まれたこと自体に特に感慨はない。仕事を優先して出産にも立ち会わなかった。ただ、生まれた我が子がどんな顔をしているのか店も落ち着いたし見に行こうと思っただけであり、ただ顔を眺めていただけなのに気付けば夕方になり、抱いてみれば夜になりかけている。

 まったく不思議だ。

 月明かり。店が見える。小さいながらも我が家だ。狭いが二階に居住スペースがある。これまではそれで問題がなかった。ただ、息子ができたとなるとさすがに手狭かもしれない。これからは家を別で用意することも考えなければ。


 がらがらと、戸を引いて暗い店に入る。真っ暗でもどこに何が置かれているのかは分かる。何かにぶつかることもなく、中央のランプまで辿り着くと、火を灯す。


「よお、どこ行ってたんだ?」


 上下とも地味な褐色のため一瞬誰か分からない。商品を並べている棚に腰かけている男がいる。

 そして、すぐに男の正体に気付く。髪がかなり短くなり、痩せて目は血走っている。とはいえ、間違えるはずがない。


「兄貴」


 呆然とパインは名を呼ぶ。

 つい最近葬儀に行ったばかりだというのに、シアムがそこにいる。

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