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24


 小さな袋を渡して、代わりに銅貨を受け取ると、それをポケットにねじ込む。薄汚れたコートの男はさっきから町角でその動作を繰り返している。決して誰とも目を合わさず、俯いたまま、ひたすらに。


 客も同じだ。ほとんど目を合わさず、金を渡してその袋を受け取ると、そそくさとその場を立ち去る。


 雑踏に紛れ、彼らのやり取りに気付く人間はいない。ほとんどは。


「おい」


 声をかけられ、男の体がびくりと痙攣する。次の瞬間駆けだそうとするが。


「ぐぇ」


 いつの間にかコートの後ろに、声をかけたのは別の人間が立っている。筋肉ではちきれんばかりの体躯の、獣人の青年。その青年が逃げ出そうとする男のみぞおちに拳を突き入れる。


 男は一瞬で崩れ落ちる。それを、声をかけた方――これも体格のいい獣人だ――と、殴った獣人とで挟み、両側から拘束する。片方が口を塞ぎ、もう片方は少しでも暴れようとすると男の腹にまた拳を叩き付ける。そうして、そのまま二人は男を引きずって行く。


 鮮やかな一連の行動に、町の人間は誰も気付かない。いや、気付いた人間が多少はいるが、彼らもすぐに目を逸らす。


 何故なら、たった今、男を拉致している獣人たちは明らかに自警団のメンバー。トリョラで恐れられ、また頼りにされている者たちだ。邪魔をすることはできない。





 椅子に縛りつけた男の頭を、男の膝に乗せた水の入った容器に押し込む。呼吸ができなくなった男の体はすぐに痙攣する。すると頭から手を放す。男が身体を跳ね起こし、空気を貪る。


「まっ、待ってく」


 何か喋ろうとした瞬間、また水に叩き込む。


 その作業を繰り返しているのは、飽き飽きとした表情をした、さっき男を拉致してきたうちの一人、体格のいい獣人の青年だ。


 広い納屋には、十数人の獣人がたむろしている。どれも若く、肉体は明らかに鍛えこまれている。目の前の拷問を気にしていない様子からは、彼らが暴力を専門としていることが伺える。


「おお、やってるか」


 声と共に、ずんぐりとした影が納屋に入ってくる。熊の獣人。ヤオだ。


「お疲れ様です」


 獣人たちが一斉に頭を下げる。


「また見つけたのか」


「はい、今、洗ってるところです。しばらくしたら聞き出しますよ」


「おう、頼むな……これ、差し入れだ」


 ヤオは数本のボトルと、革袋を青年に渡す。革袋は重く、じゃらじゃらと音がする。


「良い酒が手に入ってな。それと、小遣いだ。お前らで分けろ」


「いつも、すいません」


「なあに……じゃあ、いつも通りに」


「ええ、背景あったら辿ります。なかったら、適当に埋めますわ」


「おう。で、あれは?」


「ああ……おい、持って来い」


 リーダー格の青年の合図で、獣人の一人が鞄を持ってくる。


「これです」


「悪いな」


「いえ。もう、行かれるんですか?」


「食事の約束があってな。それに」


 視界の端で、息も絶え絶えの男の頭を、また面倒くさそうに獣人が水に突っ込むのを捉えながら、


「いても楽しくわねえだろ、ここは」


「確かに」


 ヤオと青年たちはひとしきり笑う。






 ごく普通の、いや、周囲に比べれば比較的大きいくらいの一軒家。だが、その中には常に十数人のガラの悪い男たちがいる。獣人もいればただの人間もいる。肌の色もさまざまだ。ただガラの悪さだけが共通してる。


 そこは、ヤオの事務所だ。トリョラで最多の兵隊を持つ、ヤオの家であり事務所。周囲の人々にとっても、そこがそうであるとは暗黙の了解となっている。


「おう」


 ヤオがその家に入ると、中にいた男たちが頭を下げ、


「お疲れ様です」


「来てるか?」


「はい。二階でお待ちです」


「よし。上がってくるなよ。料理はもう上げてあるんだな?」


「はい」


 それを聞くと、ヤオは鞄を担いだまま二階へと上がる。納屋で獣人たちのグループから受け取った鞄だ。


「待たせたな」


「いえいえ」


 二階の広間、料理の並んだテーブルに座っているのは、ビファーザだ。足を組み爪を磨き、リラックスした状態でヤオを見上げる。


「回収に行ってきた」


 どっかとビファーザの向かいに腰を下ろし、担いでいた鞄を料理の間のスペースに置く。


「ああ、例の」


「これでいけるか?」


「まあ、何とか……」


 爪を磨く手を止めて、ビファーザは料理のひとつ、鳥足をつまむと口に入れる。


「しかし、今日の様子だと、親分は大分焦っているみたいですね」


「仕方ないだろうよ。自分の金がどんどん減っているようなもんだからな」


 むんず、と蒸した豚を掴むと口に放り込み、ヤオは豪快に笑う。


「しかし、お前は本当に天才だ、ビファーザ。ここまで予想通りになるとは」


「親分も兄貴も、単純は単純ですから」


「それにしても、だ。お前はすげえよ。あの『狂犬』の陰で目立っていなかったみたいだが……どうだ? お前が頭になる気はないのか?」


「序列から言ってもそれはないですよ。ヤオさんがなればいい。看板にも力にも不足はないでしょう」


「お前はいつも俺を立てるな。だから、底知れず不気味なんだが……本当に、お前が頭になるつもりはないのか? お前なら、俺も文句はないんだがな」


「ヤオさんがなくても、他の連中が黙っていない。ヤオさんの血の気の多い部下だって、僕の首を狙いますよ」


「そうか? 今の俺たちがあるのはお前と協力したからだと、あいつらも馬鹿なりに分かっているとは思うがなあ」


 それには答えず、ビファーザは黙ってグラスにワインを注ぐ。先にヤオに、次いで自分に。

 機嫌がいいらしいヤオは、グラスをあっという間に空にすると、その後はボトルを掴んでラッパ飲みをしていく。


「俺が手を焼いていた獣人のガキの愚連隊に手を付けた時は何を考えてるんだと思ったが……」


 酔ったらしく、ヤオは饒舌になり思い出話を始める。


「こうなることを見越していたとはな。いやあ、さすがだ」


「一応、建前としてはトリョラの発展と住民を守るための組織ですから。親分や兄貴がシュガーの取引、非合法な売春、あるいは裏の金貸しといった住民に害のある、しかし金の稼げるシノギを禁止するのは目に見えてた。それから、自分たちはそれをやって私腹を肥やすのも。俺には、合法の売春や酒、安い金利での良心的な金貸しなんて商売を押し付けておいてね」


 静かに、ビファーザが相槌を打つ。


「俺だって、何となくそれは分かってたぜ。俺たちにだけ体張らせて大義名分振りかざして、自分は汚い金を貯めこむつもりだってよ。けどよ、まさかそれを……」


「彼らは汚いことをする連中を潰したかった。なら、彼らにそれをさせればいい。情報や軍資金の提供はこちらがする。そうやって裏で汚い仕事をしている連中が潰れていく分、うまみの少ない、組織からすれば『正しい』仕事をしている僕たちのシノギが広がり、稼ぎが増えていく。当然の話です」


「くくく、あいつらが潰した後、そこから辿れる限り辿っていったら、うちの馬鹿どもを使って徹底的に暴れ回り、奪い尽くす。組織の大義名分からすりゃあ、『汚い連中』を叩きのめして金を奪うのは正しいことだからな。誰からも文句を言われる筋合いはない。奪った金が、本当は親分やシアムの野郎の金だったとしてもな」


「彼らもヤオさんもよくやってくれましたよ。親分や兄貴まで辿り着くことなく、その寸前でやめておいて金を奪う。それを繰り返す。生殺しで、あいつらの汚れた金をヤオさんは吸い尽くした」


「で、お前は、真っ当なシノギ――金貸しや合法の売春、酒のビジネスをその分拡大させたってわけだ。まったく、すげえ話だ」

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