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「名探偵」読者に挑戦中です。

 店のカウンターで帳簿の数字を見て、首を捻る。鉛筆で数字を書き込み、頭の中で粗利がどうなるか計算していく。しばらく試行錯誤した後、ようやく納得のいく数字が出てきたので、それを元に注文票に書き込んでいく。

 雇いの店員を持つほどの大店じゃあない。パインは次の注文票に取り掛かりつつ、ちらちらと来客がいないかを気にしていく。


「景気はどうだよ、パインさん」


 声と共に顔見知りの店のオヤジが入店してくる。


「普通だよ、普通。分かってんだろ」


 ぼやきつつ、パインはカウンターの向かいの椅子を示す。立ち話もなんだ。


「よっこらしょ」


 とオヤジは腰を下ろす。


「一時期はあんた、かなり景気よかったのになあ」


「そりゃあ、トリョラが発展していくまさにその時はな。外のものがいくらでもいるから、俺は稼ぎ時だったけどよ」


 今では、トリョラの発展はひと段落している。もちろん、他の町に比べれば発展はしているのだが、少し前の異常なほどの急激な発展はないので、パイングッズも落ち着いてきている。


「しかし、意外に慎重だな、お前さんも」


「あ? 何が?」


 言いながらパインはお茶を注ぐ。


 どうも、と頭を下げてからオヤジは、


「だってよ、あんな儲かってたら、普通はもっと店を拡大しようとか馬車を買い揃えようとかさあ。お前さん、結局こんな小さな店のままだ。まあ、あそこで店を大きくしてたら今頃苦しかったかもしれないしなあ」


「だろ? 俺は慎重っつうか、ちょっと先を見てただけだよ。どうせブームは落ち着くしな」


「堅実な小さな店のオヤジだなあ、あんたも」


「オヤジか……? オヤジだな」


 納得してパインはお茶をすする。


「少なくとも、もう青年じゃねえやな。ま、普通のオヤジとしては、別に大儲けするつもりもねえから、細く長くこの店で食っていければいい、それだけだな」


「落ち着いたなあ。パインさん、最初に店を構えた時はぎらついてたのに、やっぱり、嫁さんもらったからか? 別嬪な嫁さんだもんなあ」


 フロインのことを他人に言われると、パインとしてはどうにも照れくさい。顔をしかめて、あらぬ方向を向く。


「身を固めたってのは、そりゃあ、あるかもなあ」


「そういや、最近嫁さん見ねえな、どうした?」


「……いやぁ」


 そこで、パインはがしがしと頭をかいて、


「実はできちまってよ」


「は? あ、ああ、そうか、そうか! お前さんもついに人の親か! いやあ、めでたい」





「めでたいな」


 特に面白くもなさそうな男の声は虚空に消える。大広間、目玉が飛び出るような値段のする黒檀のテーブルに着いたその男がそう呟いた瞬間、場の空気が凍る。他のテーブルに座っていた面々は顔を固まらせる。


「何が、めでたいんだ、ええ?」


 テーブル中央に着いている老人がかすれ声で恫喝する。だが、すぐに咳き込む。


「親分。大丈夫ですか?」


 横に座っている体格のいい男がヨモウの背中をさすり、


「……おい、ビファーザ、めでたいとは何だ、めでたいとは。ヨモウ親分のお気に入りの店が潰されたんだぞ、てめぇ」


 そして、ヨモウの代わりとばかりに呟いた男――ビファーザに噛みつく。


 ビファーザはそれにはすぐに答えず、黙って爪を磨く。

 他の面々が歳を重ねてそれなりに風貌が変わっている中、ビファーザだけはまるで変わらない。多少背丈が伸び、着ている服が落ち着いた高級なものに変わっただけだ。まだまだ青年のように見える。


「……シアムの兄貴。その店では、トリョラでご法度のシュガーが売られてたという話でしょう。だから、例の自警団に潰された。手間が省けて結構じゃあないですか。それとも、ヨモウ親分お気に入りの店だからといって、見逃すつもりだったんですか?」


「馬鹿を言うんじゃあねえ」


 体格のいい男、シアムが吐き捨てるが、その言葉にはさっきまでの力はない。


 表向きは組織が禁じているシュガー、麻薬で小遣い稼ぎをしている構成員がいるのはもはや公然の秘密であり、ヨモウとシアムも裏でそれに関わって私腹を肥やしているというのも組織幹部であれば誰もが隠れて噂していたことだ。


「おい、ヤオ! 例の自警団、お前の管轄だろ! もう少しことを穏便に運ぶように言い聞かせることくらいできねえのか、所詮獣人のガキ共だろうがよ!」


 今度は、シアムの矛先が隅で黙っていた熊の獣人、ヤオに変わる。


「ああ、そうだな。確かに、シュガー扱ってたらすぐに潰すってのはいい手じゃねえ。奴らには、今度からすぐに潰すんじゃあなくて、誰が関わってるのか辿ってから事を起こすように言っておくぜ」


 明らかに皮肉を言いながら、ヤオは笑ってみせる。


「ちっ」


 舌打ちをしたシアムを横目に、息を整えたヨモウが、


「とにかく、いいか、とにかく、奴らに大きな顔をさせるな」


 と話を再開する。


「もう、黙っていても儲かりそうなことに首を突っ込んでいたら金が稼げる時代じゃねえ。時々、わしらが、この町の支配者だと思い知らせなけりゃあ、町の連中はわしらに金をよこさん。誰のおかげで、ここまでトリョラが発展したのか、奴らは忘れておるんだ」


「誰のおかげ……そりゃあ、パインのおかげなんじゃあないですかい? 商売やってる連中は皆、そう思ってるみたいだ。今度トリョラの商工会が発足するらしいけど、そこの会長にってことであちこちから推薦されてるって話を聞いたな」


 ヤオはそう言い放つ。


「ヤオ、お前……」


 顔を赤く染めたヨモウだが、文句を言う前にまた咳き込む。


「おい、ヤオ。お前、外様の分際で親分に何て口ききやがる!」


 シアムが立ち上がると、それに合せるように数人の幹部がヤオを睨みながら立ち上がる。場に緊張がはしる。だが。


「――お開きだ。今日の幹部会は、ここまでにしましょう、兄貴」


 ビファーザがそう言うと、場の空気が一変する。立ち上がっていた幹部たちが、顔を見合わせながらのろのろと座る。最後まで立っているのはシアムだけだ。


「ビファーザ……」


 睨み殺すようにしながら、シアムは歯を食いしばってまた座り直す。


 幹部会が終わり、幹部たちは次々に引き上げていく。

 最後に残ったのは、組織の長であるヨモウと、その片腕であるシアムだ。


「シアム」


 また咳き込みながらも、ヨモウが名を呼ぶ。


「はい、親分」


「ビファーザは金を持ち過ぎた。今じゃあ、うちの組織の金の半分はあいつが扱ってる。貯めこんでいる金もいくらになるのか見当もつかん。トリョラの発展で組織は稼いだが、それ以上にあいつは稼いだ。ヤオも、あいつめ、汚れ仕事で最前線に立たせていたら、いつの間にか人を集めるようになっていた。兵隊をうちの幹部で一番持っている。あの二人、気に入らんが力を持っとる。分かるな?」


「ええ」


 横に並んで座りながら、ヨモウとシアムは前を向いて互いの顔を見ることはない。

 その奇妙な状況のまま会話が続いている。


「わしももう歳だ。気に入らんが、今のままだとわしが跡目を譲るのはあの二人のどちらかということもありうる。わしはお前を買っとるが、だからお前を跡目にするわけにもいかん。分かるな?」


「ええ」


「気がかりはそこだけだ。あの二人じゃあなく、お前に跡目を継がせるようになったら、何の心配もなくわしは引退できる」


 また咳き込み、ヨモウはしばらく体を折り曲げていたが、やがてのっそりと席を立つ。


「言いたいことは分かるな、シアム。頼むぞ。お前だけが頼りじゃ」


 そして、杖を突きながらゆっくりとヨモウは去っていく。

 シアムはずっと前を見たまま、微動だにしない。


 ヨモウの杖の音が遠く消え去り、誰もいなくなった後で、シアムは舌打ちする。


「俺と、あいつらをぶつけようってか。共倒れを狙うか? けっ、魂胆見え透いてるぜ、親分。大物ぶりやがって。エグゼが殺られた時には、パインの報復に半年くらいはぶるぶる震えてたくせによ」


 吐き捨てたシアムの目が細く尖る。


「とはいえ、なあ……」


 何事か考えていたシアムは、やがて一人頷くと彼も席を立つ。

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