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9/21に「ペテン師は静かに眠りたい2」が発売されます。
既に予約開始しております。よろしくお願いいたします。
印象そのままというべきか、フロインのドレスは黒いシックなものだった。
「お前のそれ、ちょっと工夫すれば葬式にも着ていけそうだな」
「実際、それ用に買ったから。こういう職業してると、多いかなと思って」
その割には着慣れていないらしく、少し開いた背中やハイヒールを履いた足元が気になるらしく、しきりに後ろや下をきょろきょろと見返している。
「実際には、別に殺したからって相手の葬式に出るわけでもないから、着る機会はほとんどなかったわ」
それから、冷笑を浮かべる。
「お前のそれも似合っていない」
「だろうな」
顔を歪めて、パインは自分のタキシードを摘まんでみせる。
「今考えると、あほみたいだな。俺たちがパーティー出るなんてよ」
二人の前には、貴族や金持ちらしき男女のペアが着飾って屋敷に入るためのちょっとした行列を作っている。なるほど、ビファーザが言ったように屋敷の感じからして今回のパーティーは中級の貴族の主催なのだろうが、それにしたって場違いであることに違いはない。
屋敷の入り口に立って客から招待状を確認し、挨拶をしているのはおそらく主催の貴族の婦人だろう。ちょうど今、その婦人と挨拶をしている客のペアを見てパインは顔をしかめてしまう。それでフロインも気づいたらしく、顔をしかめはしないが彼女の場合は無表情のまま舌打ちする。
挨拶しているのは、下品に着飾っているヨモウと、何度か挨拶で見たことのあるその古女房だ。今、トリョラは発展に伴い建築ラッシュで、ヨモウは表の仕事の方でも稼いでいる。ちゃっかり地元の名士面をしているということだ。
「あいつらの仲間になるのか。いやだな」
「同感だけど、このまま帰るのもバカバカしいだろ」
ということで二人して顔を俯かせて気配を消しながら、情けないくらいに中級貴族の婦人にへりくだって招待の礼を口にしているヨモウ夫婦の数組後ろに並ぶ。気づかれませんように、と祈る。面倒だ。
幸い、くどくどと礼を言うヨモウ夫婦は去っていくまで後ろを振り返ることはなかった。
「いらっしゃいませ。本日はようこそ、レンド家のパーティーに」
しばらくして自分たちの番がきたタイミングで婦人が言うので、パインはフロインと一緒に会釈をして、招待状を渡す。
「ああ、金融をされているビファーザさんの紹介よね。パインさん、でよろしかったかしら?」
上品な婦人はそう言ってほほ笑む。
どうやら、ビファーザが一応根回ししてくれたようだ。パインは手際の良さに感心する。
「交易店をされているのよね。ごめんなさい、本当だったらあなたもパーティーに呼ぶはずだったのだけど、手違いで招待状を送り忘れていたみたいなの」
明らかな嘘だが、それを指摘するほどパインは気にしていない。というより、何も思わない。
「ああ、お気になさらず」
「そちら、奥様かしら?」
「いやーー」
「ええ、妻です」
否定しようとするフロインを遮ってパインが言うと、フロインがじろりと睨んでくる。が、無視だ。
「そう。お美しい奥様ね」
「どうも」
「楽しんでいってくださいな」
屋敷の中に入ると、すぐにぐい、と凄まじい力で腕を握られ、そのままパーティー会場に入る前に廊下の隅に引いて行かれる。
「誰が妻だ」
至近距離でフロインが文句を言ってくる。
「夫婦でもないのに、男女二人で来る方が妙だろうが。それとも恋人の方がよかったか?」
というよりも、パーティーにパインと一緒に出席する、という時点でそう見られることは分かっていただろうに、何を今更。そうパインは不思議に思う。
「……知らないわよ。ここにはヨモウがいる。お前が睨まれるかもしれない」
「――ああ」
そこまで言われて、ようやくフロインが何を心配しているか理解する。
かつて、手ひどく振られた相手が、パインの妻になっているとしたら、パインを敵視してもおかしくない。そういうことか。
「なんだ、俺を心配してくれてんのかよ」
「別に」
ふいっと顔を離して、フロインはそっぽを向く。
「ただ、ヨモウが本気になったら、商売の邪魔をされる。こっちも困る」
「はっ、別にいいよ、そうなったらヨモウとやり合うだけだ」
笑うパインを複雑な表情で一瞬だけ目をやって、フロインは会場に向けて歩き出す。パインも後を追う。
会場はなかなかのものだ。シャンデリアの下、テーブルクロスの上に様々な料理、果物が並べられている。設けられた即席のステージでは音楽家たちが何やら高尚な音楽を奏でている。
だがその音楽や料理を味わっている者はほとんどおらず、客のほとんどはあちらこちらに移動しながら互いに挨拶し合ったり、会話したりといった社交に没頭している。
その中でも一番に歩き回っている中年の紳士が、おそらくはレンド家当主、つまりこのパーティーのホストなのだろうとパインは見当をつける。
ちなみに、二番目に派手に動き回ってぺこぺこしているのはヨモウ夫婦だ。
「やあやあ」
と、目ざとく新しく入ってきたパインたちに気づいた当主らしき紳士が近づいてくる。
「パイン君だね、よろしく。ビファーザ君から話は聞いているよ」
言いながら、握手を求めてくる。
戸惑いながらもパインは応じる。
「どうも」
「ビファーザ君にはいろいろと世話になっていてね。まあ、主に金のことでな。貴族なんぞをやるのにも金がかかるもんだ」
紳士はそう言って笑ってから、
「これからは君が重要になると、そう聞いたよ。トリョラの発展は君にかかっているとね」
ぱんぱん、と肩をたたいてからもうひと笑いし、紳士は足早に去って別の客へと向かう。まるで嵐のような男だ。
そう思っていると、ふと視線を感じる。同時に、横のフロインから肘でつつかれる。
視線の主はすぐに見つかる。
なんとも複雑な表情をしたヨモウとその妻がこちらを見ている。
無視するのもあれだな。
パインは仕方なく、フロインを連れてそちらへ歩く。
「お久しぶりです、親分」
頭を下げる。
「ああ」
「久しぶりねえ、パイン」
横のヨモウの妻が言うが、顔が強張っている。
「ええ」
「元気そうじゃないか。色々と、噂は聞くぞ。パイングッズ、なかなかうまくやってるらしいじゃないか」
「一家にケツモチしてもらってるおかげです」
「いやいや、才覚だろうよ……ふ、フロインも、久しぶりだな」
名を呼ばれて、フロインは黙って会釈する。
「いやあ、ほら、フロインだ。お前も覚えてるだろ、ボディーガードしてもらってた」
「覚えているわよもちろん、久しぶりねえ、フロインちゃん」
ヨモウの妻が馴れ馴れしく挨拶するが、やはり顔が固い。
「まあ、トリョラをまとめてな、危険もなくなったってことで、ボディーガードの契約を終了したんだが、いやあ、まさか、その、パイングッズで働くとは思ってなかったよ」
ははは、とヨモウは乾いた笑い声を出して、
「そ、で、どうしたんだ、そんな、ここで? け、結婚したのか? まるで夫婦だが」
ヨモウは珍しく動揺している。気まずさか、それとも嫉妬か。
「まだです」
ただ否定するのではなく、そう答える。
ヨモウの顔が一瞬強張り、赤くなり、青くなり、それから弛緩して薄笑いを浮かべるまでの一連の流れをパインは興味深く眺める。
「そうかそうか、結婚したなら教えてくれよ、お祝いしなけりゃならんからな」
「本当よねえ」
「じゃあ、それじゃあな」
ヨモウ夫婦は去っていく。
黙ってパインとフロインは顔をしばらく見合わせてから、
「さて、じゃあ……」
「じゃあ、何?」
「せっかくのパーティーなんだ、楽しもうぜ」
「具体的には?」
「食おう」