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9/21に「ペテン師は静かに眠りたい」の2巻が発売されます。
よろしくお願いいたします。
最初は小さくコツコツと、と思っていたパインの計画はいきなり崩される。
「これ、おいおい、マジかよ」
テーブルの上に積まれた、くしゃくしゃの札束の山を前にパインは顔を引きつらせる。
「トリョラで店を持つのは、はっきり言って簡単だ。今のトリョラには土地が余っている。小金で済む。だが、馬車をそろえたり仕入れをするための元手はいくらあっても足りないだろう?」
「だけどよ」
「いいから受け取れ。別にやるわけじゃあない。貸すんだ。後で利息をつけて返してもらう」
ビファーザはそう言って札束をずい、とパインの方に押しやってくる。
「お前、こんな大金、どうやって稼いだんだよ」
「稼げるわけないだろう。これは、一家の金だ」
「はあ?」
「金庫番になった、といっただろう。それから、金貸しをやる許可も得た。これから、一家の金を貸して金を稼ぐのが僕の役目だ。損を出したら首切りだろうけどね」
「にしたってよ、俺にこんだけの金を貸す許可なんざおりねえだろ」
「もちろん。だから、書類やらは偽装する」
「マジかよ」
さらっと言うビファーザに若干ひきつつ、
「けど、俺は商売の素人だぜ。そんな、大金を稼げるとは……」
「勘違いするなよ、パイン」
だが、ビファーザはそれをぴしゃりと遮る。
「儲けようとするな。僕は、そんなことをお前には望んでいない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「言っただろう、お前の役目は、この町を発展させることだ。この町に外の物と金を入れる。それで、外にこの町の物と金を出す。それが一番必要なんだ。だから、お前はそれをすればいい」
「つまり、何を?」
「誠実に、儲けを考えず、客のためにやってくれればいい。そうすれば、この町は発展する。そうして」
ビファーザの目が冷たさを帯びる。少し、ハンクに似ている目。
「そうなってから、いくらでも、何倍でも稼げるさ、僕たちは……ところで」
「ん?」
「客みたいだよ」
「え、おい、じゃあ、この札束隠さねえと」
と、言っている間に部屋に入ってきたのは、見覚えのある女だ。
「あれ、フロイン」
意外な顔にパインが目を剥くと、
「一家を抜けるんだって?」
いきなりそう言ってくる。
「そうだけど、何?」
「商人をするって?」
「ああ、まあね」
そんなに広まっているのか、その話。
「トリョラの商人なんて、いい的よ。襲っても後腐れないだろうから、盗賊共にばんばん狙われる」
「ああー……言われてみればそうかもな。で? 心配してくれたの?」
パインがそう言ってみると予想通りフロインは冷たい笑いを浮かべる。
「営業活動よ」
「え?」
「もう抗争はない。ヨモウ一家があたしを雇う意味もない」
「うそ、クビになったのかよ?」
優秀なボディーガードなら必要だろうに、とパインが驚いていると、
「彼女はパーティーで浮かれていたヨモウに手を出されそうになって、思い切り殴り飛ばしたと聞いている」
「あっ、それで」
一発で納得する。ありそうだ。
「どちらにしろ、働く機会が減るから辞めようとは思っていた。それで? どう、雇ってくれる?」
「そうだな。まあ、給料次第だけど……」
パインは顎をかき考える。確かに彼女の言うように、いい的だ。特に最初のうちは、盗賊共に狙われまくってもおかしくない。腕のいいプロは絶対に必要な気がする。
「条件が、二つある。これを守れるなら」
「言ってみて」
「ひとつは、この後、食事に付き合ってくれよ」
パインの提案に、ビファーザは呆れ、フロインは冷笑を浮かべる。
「もう一つは?」
「ヨモウのことだよ。もし、今度、同じようなことがあったら……」
に、とパインは笑顔を見せて、
「きっちりと殺してくれよ。殴り飛ばすくらいじゃあ、ダメだ」
四度目の交易。トリョラで仕入れた磁器はそれなりに需要があるようで、思ったよりも高く売れた。そして、食料や嗜好品、特に酒を大量に仕入れて馬車で戻って来る。
「よお、お疲れさん」
パイングッズの裏、戻ってきた馬車をパインが出迎えると、無表情にフロインが馬から飛び降りる。
「また、盗賊の襲撃にあった」
端的にそう言われる。
「またかよ。三度目だろ? 懲りないよなあ。で、今度も同じような感じか?」
「そう。三人組の、明らかに素人」
「全員殺した?」
「いいえ。前回パインが言ったように、ちゃんと一人」
と言いながらフロインが荷台にかけてある布をまくると、仕入れた荷物の他に、血だらけで手足を縛られている男が転がっている。怯え切った男は猿轡を噛まされたままで呻いている。
「おお、いいじゃねえか」
「ボーナスもらえる?」
「もちろん。ところで食事はいつ付き合ってくれるんだよ」
と言葉を返して振り返った時には既にフロインはいない。
「何だよ畜生」
文句を言いながら、パインは荷台から男を引きずり下ろす。男が呻く。
「さあて、と」
一応、小さく店を構えてみたものの、今のところ店に品物が並んだことはない。というのも、仕入れた商品は全て得意先に売れてしまうからだ。
ひとまず、男を店の裏にあるごみ捨て場に蹴り込んでおいて、ドアをくぐる。
表に戻ってみると、案の定顔なじみの客が数人がらんとした店内に既に入っている。酒場のマスターやレストランの店主だ。
「よお、パインさん。今日だろ、仕入れ」
ひげを揺らしながらマスターが確認してくるので、
「気が早いおっさん共だな。ああ、そうそう。注文の品は後で店に届けるよ。んで、追加か?」
「ああ、うちにはエールを二樽」
「こっちには塩漬けの豚をあと三つくれ。最近人気なんだ」
「おい、俺の知り合いが今度こっちに来てな。こっちで本屋やりたいって言ってるんだ。相談乗ってやってくれねえか?」
口々に望みを言う男たちに伝票を見ながらパインは、
「ああ、エールに……豚な。それは大丈夫だ。余裕持って仕入れてるからよ。で、本屋だっけ? 言ってくれりゃあ本仕入れるくらいはしてやるけど、トリョラに本読む奴いるのか? ビファーザくらいしか知らねえぞ」
「まあ、変に燃えてるやつなんだよ。難民移民の子どもにも教育を、ってな」
「別に金もらえるならやるけどよ、こっちは……」
「ああ、帰ってきてる、パインさん」
また、別の顔見知りがひょいと入って来る。
「今度家、建てようかと思ってるんだけど、ヨモウさんに話通してもらえないかな?」
「俺に言うな。直接言えよ」
「いやあ、やっぱり直接一家に関わるのは怖いよ。俺みたいなカタギはさ」
「ちっ、全く……多少包めよ」
単に商売というだけでなく、顔見知りのカタギとトリョラを支配している一家との間に入る便利屋、という立場に最近のパインはなりつつある。
「そりゃあ、もちろん。そうじゃなくてもパインさんにはいろいろと世話になって……あれ? 何だい、あれ?」
「あれ?」
客の視線の先を向くと、開けっ放しの表の出入り口の向こうに見える店の外。例の男が縛られたまま必死に虫のようにはいずりながら表通りに逃げ出そうとしている。どうやら店の横をああやって通っていったらしい。
「ちっ、あいつ」
ずかずかとパインは店を出て男に近づくと、その腹に思い切り蹴りを入れる。呻き丸まる男の首根っこを掴むと、そのまま店に引き返す。
「おいおい、パインさん、何だよそいつ」
さすがに引いた様子の客たちに、
「盗賊だよ。また、うちの馬車が狙われてな。半年前に商売を始めてから、これで三度目だ。で、今回はフロインが一人生け捕りにしてくれたんで」
「ああ、なるほど。あとで一家に持っていくのかい?」
「まあ、こういうのはそうした方がいいだろうな。うちのケツモチに話してみるよ」
血塗れで床で呻く男を足蹴にして、パインは客と和やかに会話を続ける。