16
トリョラの中でも一番酒場としてはマシな部類の店。普段は小金を持っている連中が押しかけているその店が、今日は貸し切りだ。
ヨモウ一家の幹部のみが出席できるパーティー。パインを称えるためのパーティーが開かれている。
「よくやった、パイン!」
顔をくしゃくしゃにして喜び抱き着いてくるのはヨモウ。
「さすがは俺の弟だ。俺の誇りだよ」
肩を強く叩いてくるのはシアム。かなりご機嫌だ。今回の件で大幹部の道が約束されたのだろう。
「ああ、どうも」
全員の浮かれ具合にパインは辟易する。
「いやあ、これでトリョラの発展は間違いない。おまけにパインも無罪放免だ。これが飲まずにいられるか?」
大笑いするシアムに、ヨモウは感極まったのか泣き出す。
「本当に、本当に、ありがとう。わしは幸せ者だ。こんな、よくできた子分に囲まれて……」
「何っているんですか親分」
「親父、俺ら、親父のためならどんなことだってできますぜ」
幹部連中のその三文芝居を冷めた目で眺めていると、
「おお、そうだ、パイン」
またご機嫌になったヨモウが話しかけてくる。
「はい?」
「まあ、のめのめ」
グラスに酒をなみなみと注いでから、
「今回のことで、『北』とは片が付いた。お前がやってくれたおかげだ。この恩は忘れんぞ」
「いえ」
そこで、パインは引っ掛かる。
「……片が付いた? どうなるんです、一体?」
せいぜい、殺したのは数名。数名が死んだら『北』が全てどうにかなるわけでもないだろう。混乱するし勢力も落ち込むだろうが、この後も抗争は続くのだと思っていた。
「ああ、知らんのか。『北』の方からな、うちの一家に入りたいと申し出があったんだ。これで、もうトリョラには『北』も『南』もない。これからトリョラは発展していくぞ」
ばんばんと背中を叩かれるが、それどころではない。
「申し出って、誰から?」
「あ? ああ……幹部連中のほとんどがあの事件で死んだからな。生き残った若手幹部が一応のトップということになった。そのトップからの申し出だ。だから、わしらの天下ってことだ……それでな、パイン」
どうやらここからが本題らしい。ヨモウの声が小さくなる。
「だから、今まで抗争してた連中もうちの家族になる。余計なもめごとを起こすなよ。奴らからすると、お前は仇だ。いや、そう思うやつがいてもおかしくないってことだ。分かるな?」
「ええ、まあ」
「けど堪えろ、頼むぞ、お前がこれからの一家を支えるんだ。それくらいの度量を見せろよ」
酒臭い息を浴びながら、パインは考える。トップが、一家入りを申し出る。どうしてそんな無条件降伏を。
「……その元『北』のトップだがな、一家の幹部として迎え入れることになる。お前には我慢ならんことかもしれんが」
ああ、これが本題か。ようやくパインは合点がいく。抗争相手が自分の上に立つことを我慢しろ、そう言いたかっただけか。
「だが、お前だって恩があるんじゃぞ」
「え?」
「知っているだろう、目撃者の証言が変わったことを」
「ああ、らしいですね」
「あれをしてくれたのはその元トップだ。もちろん、向こうとすれば一家入りの手土産のつもりだろうが、ともかくお前にとっては命の恩人でもある。そういうことじゃ」
「なる、ほど」
別の誰かって、そういうことか。
「ああ、来たようだな」
入口に目を向けて、ヨモウが言う。
「え?」
「奴もこのパーティーに呼んである。向こうからすればお前のためのパーティーなんぞ出るのも嫌だろうが、なかなか器量のある男だよ。遅れてくるとは言っていたが、思ったよりも早かったな」
パインも入り口に目を向け、そしてそこで目にした男の意外な姿に目を丸くする。
「……俺も、挨拶してきますよ」
「お、おい」
若干慌てた様子でヨモウが肩に手を置いてくる。揉め事になるのを恐れているのだろう。
「大丈夫ですから」
そう言って男に向かって進む。
元々は敵側だったということもあって、パーティーに遅れて現れたその男に積極的に近づく者はおらず、誰もが遠巻きに眺め、何やら囁き合っている。その中を、パインが近づいていく。
男に近づいていくパインに気が付いた連中が騒がしくなる。暴れ出すのではないか、と心配しているのだろう。
パインは男の目の前まで辿り着くと、頭を下げる。
「どうも。命を拾っていただいたそうで」
「ああ、いいさ。気にするな」
その男――熊の獣人は鷹揚に首を振る。
「言っただろう、借りは返すとな」
「城の牢獄で会ったきりだよね、ヤオさん」
「ああ、久しぶりだ……相変わらずあぶねえガキだな、パイン」
パーティーがお開きになり、各グループで飲みなおすとなった中で、パインは放っておかれる形になる。自分をたたえるためのパーティーじゃあなかったのかと呆れるが、正直なところパーティー中も周囲からの視線に恐怖の色が濃かったことは気付いていたから予想していた。
敵の会合の場に乗り込み、皆殺しにした『狂犬』を恐れているのだ。
そうしてはぐれ者同士、ハンクと会うのに使った最低の酒場で、ヤオと二人で飲むことになる。
「上の連中が甘い汁を吸って、下は絞られるだけ。それは、『北』でも『南』でも変わらないみたいだな」
「ああ、そっちもそうだったのかよ?」
「ああ。俺は、下の代表みたいな形で幹部になったから、他の幹部連中とは線を引かれていた。だから、正直ありがたかったんだよ。上のクソ共を皆殺しにしてくれてな」
「別にそっちのためにやったわけじゃあない」
毒のような酒をパインは流し込む。
「分かってる。ともかく、元々下の連中はこれ以上抗争はまっぴらだし、幹部が死んで俺が組織動かせるってことになったからな。もう、一家に入ろうと思ってよ」
「いいのか? 元敵ってことで立場、弱いだろ」
「覚悟の上だ。部下も肩身は狭いだろうが、まあ、そのうちな。何とかする。お前を助けたのもその一つだ。恩を返すっていうのと、それを手土産に少しでも立場を何とかしてもらおうと思ってよ」
「はあん……俺のことは知ってたの?」
喋っているうちに、パインの視界がぐるぐると回り出す。
「元々有名だ。お前、自分がどれくらい有名か自覚ないのか? 今回のことで、また『狂犬』の名前は大きくなる」
「まあ、これで抗争はなくなる。俺みたいな暴力要員が働く場もなくなる。暇になるなあ」
「なあ、パイン。お前、これだけのことをやって幹部にもなれない。おかしいとは思わないのか?」
「別に。大体、俺が幹部になったって役には立たねえよ」
「パイン」
ヤオはかなりきついはずの酒を一気に飲み干すとグラスをカウンターに叩きつけるように置いて、
「お前は、でかくなるよ。死ななけりゃな。今度、何かすることになったら、俺に声をかけろ」
「それって……恩を返すため?」
酔いすぎたのか言葉を出すのが億劫になってくる。
「いいや。言っただろ、今の俺は幹部だが肩身が狭い。上にいけるチャンスがあるなら、それに賭けたい。それだけだ。部下も食わさなきゃいけないしよ」
この店の最低最悪の酒を飲みすぎたせいだろう。パインは気分が悪くなり、手をひらひらとさせて了解、のサインを送るのがやっとだ。