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「とぅーとぅーとぅとぅ、とぅー」


 鼻歌。何の歌かは自分でも分からない。誰かが歌ったのを小耳にはさんだだけかもしれない。

 ともかく、それを鼻歌で歌いながら、パインは歩く。

 手斧を片手に。今のトリョラで、手斧をぶら下げて歩いているくらいでは奇異の目では見られない。


「とぅーとぅー」


 夜の町を、鼻歌と共に手斧を揺らして歩く。

 ふと気づく。

 そうだ。この歌、確か訓練中にフロインが時々口ずさんでいる歌だ。どうやら感染ってしまったらしい。


 『北』に踏み込み、なおも歩く。目的地は『北』の一部の連中しか入れない会員制のレストラン。この掃きだめのような町で会員制とは笑わせる。


「恰好だけつけるのが好きな連中だよ。どいつもこいつも、底辺だってのに」


 呟いて、パインは鼻歌を再開する。


「とぅーとぅーとぅ」


 目的のレストラン、その入り口を見つける。

 パインは鼻歌を止めず、手斧を肩に担いでその入り口へと近づく。


 窓のないレンガ造りのレストラン。入り口は目立たないごく普通のドアひとつ。情報通りだ。そのドアの両側を、目つきの悪い屈強の男二人が挟むようにして守っている。

 どちらの男も、筋肉が服を内側から押し膨らませている。一人はまだ若く、もう一人は壮年。

 関係ない。


 鼻歌を歌いながら近づくパインに見張り役二人は当然ながら目を止める。視線で止めるように睨みつけてくる。

 当然、それでパインが止まるわけもない。

 つかつかとなおも歩み寄る。鼻歌も止まらない。


 夜の闇の中でも、手斧を確認したのだろう。見張り役二人の空気が変わる。ただの馬鹿から、襲撃者へと認識を変えたらしい。

 ずい、と若い方が一歩前に出てくる。手にはナイフ。


「おい、てめぇ、どこの馬鹿――」


 男の言葉が止まり、固まる。


 パインは鼻歌を歌いながら、その男に大股で近づいていく。


「きょ、『狂犬』――」


 固まった男のすぐ横を通る。男は凍り付いたように動かない。


 壮年の男の方が、緊張した面持ちで両手剣を構える。


「な、何の用だ、お前」


 質問をされたので、仕方なくパインは鼻歌を止める。


「パインだよ」


「そんなことは分かっている! お前、ここがどこか分かってい」


「ああ、うるせえ。襲撃しに来たんだよ。知っているよ、そこの奥で会合してるんだろ」


「それが分かっているなら、お前を通すわけにはいかない」


 壮年の男が剣を構え直す。それなりに隙の無いその構えを前に、パインは足をそのまま進める。


「はっ、そうか。まあ、好きにしろよ」


 余りにも無防備に近づいてくるパインに男は一瞬戸惑うが、すぐにその剣を突き出してくる。喉を狙った一撃。


「はん」


 殺すなら殺せよ。

 パインはかわすことも防ぐこともせず、ただ、こちらも相手の喉を狙って手斧を全力で振り下ろす。


「くぁっ」


 相手の目が怯む。一瞬、その攻撃をよけようと体を捻ったために男の喉への一撃はパインの首を皮一枚かするだけになる。

 一方で、パインの手斧は男の肩に深々と刺さる。


「ぎっ」


 衝撃と痛みのためか、一撃で男は白目をむく。


 ぐらり、と揺れる男の肩から手斧を引き抜くと、鮮血が噴き出す。

 その返り血で顔を染めながら、パインは後ろを振り向く。

 まだ、凍り付いたように動けないもう一人の見張り役に、


「おい、こいつ、まだ医者つれていきゃ助かるかもしれねえぞ」


「……え?」


「まあ、好きにしろ。今から俺に襲い掛かるか、そこでただ立っておくか、こいつ医者に運ぶか。三択だな。ああ」


 そこでパインはにやりと笑い、


「今から、中の連中に俺のことを知らせに走るってのもあるか。四択だ。でも、それをするなら、今すぐ俺が殺すけどな」


 そして興味をなくして、パインは前を向いて鼻歌を再開すると、ドアをくぐる。

 いよいよ、本番だ。

 後ろを振り向きもしない。背中からナイフで刺されても、どうでもいいと思っている。

 血塗れの顔で笑い、鼻歌と共に、手斧を担ぎなおしてパインは進んでいく。





 何やら意匠のこらされた重厚な扉。だがデザインはパインから見てもごてごてしすぎていて趣味がいいようには見えない。

 それを蹴りつけて開ける。


「うおっ、な、なんだっ」


「貴様っ、何者だ」


 中にはテーブル。それを囲んで6人の男。どれも、貧相な中年の男だ。その中でも比較的マシな服を着ている男二人をチェックする。

 おそらく、こいつらが城の連中だ。トリョラの城に来るくらいだから、いわゆるエリートではない。貴族役人連中の中でもまともな道を外れた連中だろう。底辺が更に底辺とつるんで小銭を稼いで、クソみたいな優越感を抱いているわけだ。笑える。


 テーブルには鉄板にのったステーキ。それにワイン。


 給仕が、顔を引きつらせて後ずさる。

 まあ、あいつは部外者だから無視だ。


「よお」


 いきなり振りかぶり、パインはその二人のうち一人の頭をかち割る。物も言わず、血と脳漿をぶちまけながらその男は崩れる。それが鉄板にかかり、じゅうじゅうと音を立てて嫌な臭いをまき散らす。

 引き抜きながら、横に振り、残る一人の首に半分まで斧を食い込ませる。


「きしゅ」


 喉から空気と血を漏らして、男が死ぬ。もしくは、瀕死になる。どちらにしろ、もうこいつはおしまいだ。

 これで二人。ハンクへの義理は果たした。


 恐慌をきたした残りの男たちが、無言で椅子から立ち上がろうとして、半数が腰を抜かしたらしくそのまま床にへたり込む。


「いよっと」


 まだ痙攣している男の喉から手斧を引き抜き、パインは残る男たちに笑いかける。


「出口は一つだ。で、俺がそこに立ってる。意味、分かるよな?」





 ほんの数分後、血塗れになったパインは鼻歌と共にようようとレストランを出て、


「はっ」


 笑って、握っていた手斧を地面に落として両手を挙げる。


「早いじゃねえか」


 さっき、肩に一撃食らわせた見張りと固まっていたもう一人の姿はない。代わりに、レストランは大勢の衛兵に囲まれている。


「まあ、いいさ、仕事は済んだ。逃げろって言われたから、ハンクには悪いことしたがな」


 呟くパインに衛兵が殺到し、顔を殴りつけ、組み敷いていく。


「おい、乱暴にするなよ、いてて」


 後ろ手に縛られながらも、パインの顔からは笑みが消えない。はてさて、どうなっていくやら。





 懐かしい牢獄。そこに閉じこまれて一日半。


「出ろ」


 看守に言われて、パインは首を捻る。もう、縛り首か?


 だが、連れていかれたのは小さな石造りの部屋。処刑場ではない。その部屋には簡素なテーブルと椅子。そして、椅子には。


「うぇっ」


 テーブルをはさんで向かいに座っている男の顔を見て、パインは思わず声を漏らす。ハンクだ。


「座り給え」


 ハンクは白々しい態度で威厳をもって椅子を指し示す。

 どういう状況かいまいち分からず、パインはとりあえず椅子に座る。


 ハンクが無言で頷くと、そこまで連れてきた看守は一礼して部屋を出ていく。こうして、部屋には二人きり。重厚な扉が音を立てて閉められていく。


「事情が事情だけに、城主である私が直々に取り調べる。嘘偽りを口にするな。分かったな」


 真剣な顔でそう宣言してからハンクはしばらく動きを止める。扉の向こうから聞こえてくる去っていく看守の足音。それがだんだんと小さくなり、やがて聞こえなくなるとにやりと顔を歪める。


「……さて、もう行ったかな。すまんな、聞き耳をたてられていても困る。お前とは無関係ってことでいかないとな」


「おい、どういうことだよ」


「簡単な話だ。あるレストランで、トリョラの住民からなる犯罪組織と城の役人二人が殺されているのが発見された。トリョラの住民なんていう価値のない連中が死んだ問題よりも、重大な問題が発生している。犯罪組織とおぼしき連中と城の一部が会食してたってことだ。で、城主直々に城の中に巣くうネズミ共を駆除してると、まあ、そういうことだな」


「俺は、その証人だと?」


「ああ、貴重な目撃者だ。あそこで起こった事件に巻き込まれた、な」


「ああ?」


 巻き込まれた、だと?


「そうだ。お前は『偶然』あのレストランに居合わせた。すると、犯罪組織と癒着している役人との会合に出くわした。しかも、その会合ではトラブルが起こって揉めていたんだ。そうして、とうとう殺し合いが始まった。手斧を奪い合い、殺し合った連中は、相打ちになって結局全滅。それを見て混乱したお前はその手斧を拾ってレストランを出たところを、犯人と『勘違い』されて捕らえられた。だろう?」


「だろう? じゃねえよ。それが通じるかよ」


 パインは呆れる。


「そもそも、あれだ、俺が手斧ぶちこんでやった見張り、あいつらが通報したからレストランは囲まれたんじゃねえのか? あいつらの証言があるだろ」


「ああ、そう。彼らも混乱していて『最初は』そんなことを言っていたが。後で落ち着いて考えてみれば、見張っていたら中で殺し合いが始まったら城に通報したのだと証言し直してくれたよ」


「ああ?」


 どういうことだ?


「じゃあ、レストランで働いてた連中は?」


 特に給仕にはばっちり犯行の瞬間を見られている。


「彼らも、お前が巻き込まれただけだと証言してくれたよ」


「……分からねえな、おい。あんたがやったのか? そんな乱暴な手を使って、俺とのつながりがバレたらまずいって話だっただろ」


「今、城は害虫駆除の真っただ中で、誰もがそちらに注目している。事件自体にはほとんど注目しているものはいない。特に、俺の行動にケチを付けようとしていた連中は、今や自分が炙り出されないかと戦々恐々としている。何もできないさ」


 それに、とハンクは続ける。


「証言を歪めた覚えはない。彼らは別の誰かから何らかの『お願い』をされたかもしれないがな」


 別の誰か?


「ともかく、お前は無罪放免だ。帰れ」


「マジかよ」


「ああ、そうだ。パイン」


 四つ折りの紙を取り出したハンクは、それをするりとパインの懐に忍ばせる。


「ん、ああ、何だ?」


「これは、犯人扱いしてしまった城側から詫び代わりだ。使ってくれ」


 含み笑うハンクを見て、パインは肩をすくめるしかない。

 つまり、要望通りにあの二人を殺してくれた礼、ということか。この『料理人』にとって、今回の騒動は理想的に動いたらしい。今後、奴は自由にこのトリョラを動かせる立場になるということか。やれやれ。

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