14
当たり前のことだが、城の門番には門前払いを食らう。
「なあ、頼むって。パインが話があるって伝えてくれりゃあいいからよ」
「ハンク様には、そんな暇はない」
まったく聞く耳を持たない門番に腹も立たない。パインが門番の立場でも絶対に通さないし、間違っても城主に話を伝えたりもしない。見た目、完全なチンピラなのだから。
「じゃあ、無理矢理通らせてもらうぜ」
指を鳴らし、門番へと笑いかける。
数分後、門番と加勢してきた兵士数人と喧嘩になったパインは這う這うの体で逃げ出す。
あれだけ騒げば大丈夫だろう。
追ってくる門番を全速力で振り切る。体力は自信があるし、喧嘩ではスタミナを温存していた。簡単に逃げ切る。
「さあて、と」
後は、どうということもない。酒でも飲んでおくか。
パインはそう結論付けると、そのままトリョラの町中まで歩き続ける。はずれにある城から町中まではなかなかの距離がある。さすがのパインも多少疲れて、顔見知りの酒場に入るとそのまま転がるように椅子に座る。
昼間ということもあってまだ開店していないらしいその店のマスターは、乱入者に対して罵声を浴びせようとして、そこでそれがパインだと気づいたらしく、慌てて叫びかけていた口を止めて、
「あれ、パインさん。珍しいですね」
マスターが愛想よく笑いかけてくる。つい数日前、この店と不良グループとが揉めて仲介してやったばかりだ。愛想もよくなる。
「酒をくれ」
「何がいいですか?」
「まるで何種類も酒があるような言い草じゃねえか。ここに置いてある酒は、どれも酔えるだけで味も何もない代物だろ。いいからなるべく冷えてるものを出せ」
「王都から運んだ酒なんですけどね。ま、確かに値段は最底辺ですが」
「王都以外に酒がねえからな、この国は。ま、いいや。とにかく冷えてるのをくれ」
「うちのは、全部ぬるいですよ」
汚いグラスに入った酒がカウンターに置かれると、パインはそれを一息で飲み干す。相変わらずひどい味だ。とはいえ、酒は酒。
「次だ」
水か何かのように、次々に飲み干しているうちに、パインの意識はどろどろに淀んでいく。
何杯目なのか数えることもやめて、意識を半分失ってカウンターに突っ伏す。周囲のざわめきからいつの間にか開店しているのだとかろうじて理解して、のろのろとパインは頭を上げる。
「ようやく起きたか」
横から声。
どろりと目をそちらにやると、フードで頭を隠した男が隣で酒を飲んでいる。
「しかし酷い酒だな、おい」
グラスを傾けて、男は顔をしかめる。
「よお、『料理人』」
「久しぶりだな、『狂犬』」
顔を隠しているとはいえ、パインには一目で分かる。会いたかった城主である、と。
「一体、どういうつもりだ? 城で無理矢理に会おうとしていたらしいな」
「会えるとは思ってなかったよ、実際、会えても困った。お互いにな。そうだろ?」
パインが笑いかけると、ハンクは静かな目でじっと見返すだけだ。
パインとハンクがつながっているとは、周囲にバレない方がいい。ハンクはもちろんだが、これからすることを考えればパインの側もだ。
「だから、騒ぎを起こして俺が会いたいってのをあんたに伝えられればよかったんだ。で、周りには俺とあんたは絶対に会えないって思わせる。どうだ、いい案だろ?」
「それがあの喧嘩か。それで、その後でここで酒を飲んでいた理由は?」
「あとは、そっちが優秀なんだからこっちを探し出すと思ったんだ。そっち任せだよ。で、この店は密談にはちょうどいい」
「ここが?」
ハンクは酔客でにぎわう店内を見回す。
「この店は、俺が知る限り最低最悪の店でね。今日酒さえ飲めれば明日以降の人生はどうでもいいと思っている連中だけが集まるような店なんだよ。実際、どいつもこいつも飲みすぎで体を壊して、それでもここで最低の酒を飲んでるんだ。僅かばかりの金でなるべくたくさんの酒を飲むためにだ」
「これが酒か?」
ハンクは苦々しくグラスを揺らす。
「ただの毒の水だ。ただし、酔うことはできる。それで、それさえクリアすればどうでもいい連中がここの客ってことだ。だから、他人の会話なんぞ気にしねえよ」
「なるほど」
「そういや、城主代理から正式な城主になったんだって? おめでとう」
「別にうれしくもないな……そろそろ、本題といこう」
ハンクの目が鋭くなる。
「どうして俺に会いたかった? 何の用だ?」
「ん、ああ……今、トリョラがどんな感じなのかって知ってんのかよ?」
その質問にハンクは一瞬だけ考えるそぶりを見せて、
「漠然とした質問だ。だがまあ、言いたいことは分かる。つまり『北』と『南』の話だ。そうだろう?」
「おお、そうそう。で、俺、『北』を潰せって命令が出てよお」
「交渉が決裂したという情報は入ってきている。抗争は時間の問題だとは思っていた。それで?」
「『北』を潰したいから、情報をくれよ。あいつら、城の連中と癒着してんだろ?」
馬鹿にされるだろうと予想しながらのパインの問いに対して、意外にもハンクは真剣な顔をして考え込む。
「……一つ、いいか?」
しばらくの沈黙の後、ようやく口を開く。
「こちらとしてもトリョラが長々と抗争の舞台となるのは不都合だ。さっさとけりをつけてもらえるならそれに越したことはない……だが、じゃあ南のヨモウ一家がトリョラを支配するとして、だ。奴らに何かビジョンはあるのか?」
「何だ、ビジョンって?」
「つまり支配した後、トリョラをどうしていくつもりだ? 当然、発展させていかなければならないわけだが、その大まかな計画はあるのか?」
「ねえだろ。聞いたことないし。このままトリョラを支配したって小銭が入ってくるだけだから、外から金が入ってくる仕組みを作らなきゃどうにもならんらしいけど、それをちゃんと話しているところなんて見たことない」
ほう、とハンクが目を見開く。
「外から金が入ってくる仕組み、か。鋭いじゃあないか」
「兄弟分の受け売りだよ。頭良い奴がいるんだ」
「なるほど」
それきり、ハンクは黙ってグラスをひたすら揺らし続ける。
「……おい、ハンク、どうなんだよ?」
痺れを切らせてパインが促すと、
「――どうやら、『北』も『南』もトリョラを食い物にすることだけしか考えていない点では一緒らしい。食い物にするのは構わないが、太らせてから食う程度の知恵がないのも両方いっしょだ。だとすれば、どちらが勝っても得も損もない」
「ごもっとも」
「ただ、『北』と癒着している城の連中が消えれば城内での俺の抵抗勢力が消えるというのと同じことだ。それに、お前の仕事がうまく行けばお前はヨモウ一家の幹部くらいにはなれるはずだ。そこで、俺の言う通りに動いてくれればある程度俺がヨモウ一家をコントロールできる。よし、決めた。お前に働いてもらうとしよう」
「おいおい、どうせこの件、片がついたら俺は縛り首か何かだろ。うまくいけば逃げ出せるかもしれねえけど、どっちにしろトリョラにそのままいるってことにはならねえと思うぜ。それとも、城主の力で何とかしてくれるのかよ?」
「さすがにそんな無茶はできんさ。それに、そんなことをしてしまったらお前と俺が組んでいることがばれるだろう? まあ、こっちには案がある。任せておけ。お前は、暴れたらいい。狂犬だろう?」
「はっ。分かったよ。じゃあ、お前を信じて大暴れするとするぜ」
どうせ、最初からそのつもりなのだ。
「パイン」
そこでハンクは声を潜める。
「今度、城の寄生虫共と『北』の会合の情報が入ったらお前に伝える。お前は、その会合に乱入して――」
ハンクの目がパインですら困惑するほどに冷たく鋭くなる。
「殺せ。皆殺しにしろ。特に、城の関係者は絶対に殺すんだ。逃がすな。その後はどうでもいい。逃げろ。いいな」