生還2
目が笑っていないパインを前にしても、マサヨシは動揺を一切しない。彼に歓迎されないことは最初から分かっていた。
ここで重要なのは、いかに自分が生かしておいてメリットのある人物か、ということをパインに納得させることだ。
今や、パインにとって自分を消す理由はいくつもできているはずだとマサヨシは考えている。それを一つずつ、何気ない会話に混ぜて消していき、生かして利用すべき理由を一つずつ挙げていく。
そのために、ここに来た。
「それで、どうしたんだ、そのザマは?」
「はは、攫われまして」
知っているだろうに、という目をマサヨシがパインに向けると、
「らしいな。ランゴウの一味にだろう? よく、生きていたものだ」
「口八丁で、何とか生き延びましたよ」
「ペテン師の本領発揮というわけだ」
そこで、パインの目の色に探るような色が混じる。
「どうやって生き延びた?」
知っているな、と直感的にマサヨシは判断する。
ここは、正直に話すべきだ。パインが知らないことまで喋ったとしても仕方ない。
「俺は味方ですって嘘をつきましたよ。あんたらに協力するってね。お詫びしなきゃいけないんですけど、その嘘の中でパインさんの名前を出しちゃいました」
「どういう風に?」
「一緒にパインさんを倒して、この町を牛耳ろう、とか、そんなことです。痛めつけられてたんで、あんまり記憶ははっきりしてませんけど」
それを聞いて、パインの瞳にあった探る色が僅かに薄まる。
やはり、この情報は知っていたか。自分を殺す理由のいくつかはこれで弱くなったはずだ。
マサヨシはここで畳み掛ける。
「もちろん、本気じゃあありませんよ」
「本気じゃあないにしても、酷い奴だよ」
乾いた目のまま、パインは冗談めかして言う。
「いやいや、命がかかってますから、適当なことを言って命が長引くならなりふり構ってられませんよ。もちろん、彼らには嘘ばかり教えておきましたよ」
「そうらしいな。確かに、奴らは君が私の部下だと思っていたようだ」
パインの目から、更に危なっかしい色が消える。
ようやく、マサヨシは一息つく。さっきまで、剣先を喉元に突きつけられていたような気分だった。部屋の隅にまだ立っているままのパインの部下が、いつ襲い掛かってきてもおかしくないとすら思っていた。
これで、第一段階はクリア。だが、まだまだ、自分を生かす方に天秤は傾いていないように思う。
「で、その嘘が功を奏して脱出できたわけか?」
「いえ」
と否定の言葉を口にしてから、マサヨシは反撃に出ることを決める。
「こちらから、質問いいですか?」
「ああ」
「話を付けてくれるって話でしたけど、どうなっています? 実は、向こうが急に混乱しだして、その混乱に乗じて逃げ出したんですよ」
本当は知っているが、マサヨシはあえてそう質問する。
「なるほど。混乱していたのか」
納得したように数度パインは頷き、
「実は、話をつけようとしたが、いくつか問題が起きてな、交渉は決裂した」
「でしょうね。俺は、時間さえ稼げばあなたとランゴウの間で話がついて、解放されると思っていました。ところが、俺を監禁していた奴らは混乱するばかりでしたから」
「すまないな」
含み笑ってから、パインは首に手刀を当てる仕草をする。
「君をそんな目に遭わせた連中には、必ず償わせる」
「いえいえ、そんなことは別にいいです。ともかく、ランゴウは俺を攫って、挙句の果てに脱走されました。焦って混乱しているはずです。まだ交渉する余地があるなら、ともかくパインさんに俺がもう解放されていることや、監禁中にでたらめを話したことをお伝えしようと思って、何はともあれ一番にここに来たんです。交渉の材料になると思いまして」
もちろん、マサヨシはパインに既にランゴウと交渉する気がないことなど知っている。それでも、ここでこう言って、何も知らずさっきまで監禁されていたばかりの哀れな男を演じなくてはならない。
「ありがとう。君の献身には頭が下がる。が、もう必要ない。ランゴウとは、交渉しない」
「俺を、見捨てるってことですか?」
「違う。もう、交渉する必要はないということだ」
やっぱり、殺しているのか。ランゴウ本人すら。
態度には出さず、マサヨシは戦慄する。
そこまでするのか。それとも、そうパインに踏み切らせた何かがあるのか? 何かがあるなら、それを探っておかなければならない。けれど、それは今じゃあない。今は、生き延びることが重要だ。
マサヨシは自分の好奇心を抑えつける。
「俺がいなくなったことは、騒ぎになってますか?」
「無論だ。城も捜索に乗り出している。どうするつもりだ?」
「ここを出た後、適当な場所で人に声をかけて城まで連れて行ってもらいますよ。全く嘘を言うのもバレそうですから、強盗団に拉致されたとでも言っておきます。絶対に、パインさんのことも、ランゴウとの確執のことも口にはしませんから、ご安心を」
何か念を押される前に、マサヨシの方からそう口にする。
「ほう、そうか」
「ええ、そりゃあ、言ったらこっちも困ったことになりますから。これから、パインさんと商売をするわけですから、ね」
マサヨシとパインの視線が絡む。
一瞬の沈黙の後、パインが手を挙げると、部屋の隅でずっと待機していたパインの部下が無言で部屋を出て行く。
応接室に二人きりになってから、パインは背もたれに体重を預け、大きく息を吐く。
「商売を、私と組んでするつもりか? もう、ランゴウはいないというのに」
「骨を折ってもらいましたから。恩は返すつもりです」
パインの視線は天井に行った後、またマサヨシに戻る。
「それで?」
「城に話をつけて、明日からは酒場を営業再開します。そこで、例の話も進めるつもりです。それに、まともに動けるようになり次第、出店の話も進めます」
「それが本当だったら、私としても嬉しい、が」
まだ、パインは迷っているようだ。
マサヨシは、自分を生かすべきか消すべきかの天秤がパインの中で揺れているのを感じる。
「どうやって説得する? 君が私の出資で、しかもそんな目に遭ってすぐに多数の店舗を増やすことを、だ。ある程度の連中は、私が黙らせることはできる。しかし、トップは別だ。あの、世間知らずのお嬢様は。いくら君が彼女と親しくとも、難しいと思うが?」
「でしょうね」
むしろ、彼女は親しいからと言ってそういった部分で手心を加えることを心底嫌悪するタイプだろう、とマサヨシは思う。
親しくしているからこそ、不正などしていないか厳しく吟味する。その可能性はある。
「そのことについても、ご相談が」
「ほう、何だ?」
「思いついたことがあります。俺の予想がかなり入っているんで、その予想が当たっている可能性がどれくらいかどうかも含めて、ご相談したく」
それは理由の半分で、もう半分はこれを通じて、パインに自分がまだ利用価値があると思わせることだ。
「聞こうじゃないか」
興味を示したパインに、マサヨシは自らのアイデアを話す。
このアイデアはずっと前から思いついていたものではない。パインに何を話すべきか、考えながら馬車に乗っているうちに、徐々に頭の中で、ゆっくりと形を作ってきたものだ。
まさか、ひょっとしてありえるのか?
自問自答しながらも、パインと話す際の武器になるかと今の今までずっと練っていたアイデアだ。
アイデアは、中身よりもプレゼンの仕方の方が重要だ。
そう言い切ったのは元の会社の先輩社員だ。後から考えれば粗しか見えないような提案を、顧客の会社にうまく売り込み、ボロが出る前に手を引き、責任を他に押し付ける。
無茶苦茶な営業スタイルではあったが、彼のプレゼンの仕方、資料の作り方は確かに勉強になる部分が多かった。彼からも、マサヨシは多くを学んだ。
それを、フルに活用する。
短い言葉で、簡潔に分かり易く提案する。あえて、相手が突っ込むことの出来る隙を作っておいて、事前にそこを突っ込まれた時の必殺の返しを用意しておく。
ここまでしたところで、自分の提案そのものが実際には実現可能性があまりにも低い場合、パインには否定されるであろうとこともマサヨシには分かっている。ただ、自分の感触としては、そこまでありえない提案とも思えない。
提案を話し終えた後、パインは眉間に皺を寄せ、しばらく無言で考え込む。
やがて、かすかにずっと続く唸り声が聞こえてくる。
「ありうるな」
唸り声が消えて、パインはそう言う。
「断言はできないが、ありうる話だ。それが当たっていた場合、話の持っていき方にもよるが、店舗を一気に増やす話も通るかもしれない」
そこで、ようやくパインは目も一緒に笑う。
「話の持っていき方については、問題はないか。君ならばな、ペテン師」
答え方が分からず、マサヨシは黙ってパインを見つめる。
「よろしい。それでいこう。期待している」
パインは手を差し出してくる。その細い、骨と皮だけのような手を握って、マサヨシはようやく自分の死刑執行が延期されたことを確信する。
もちろん、これからも困難は山積みだ。まずは城に行って苦しい言い訳。それから、新しい密造酒を使っての商売。それが終わったら、店舗を増やすために動かなくてはならない。けれど、それでも。
「では、失礼します」
立ち上がり、応接室から出て、大きくマサヨシは深呼吸する。
問題はいくらでもある。けれど、それでもとりあえず、これからしばらくの間、安眠することはできそうだ。
片脚を引きずるようにしながらマサヨシが出て行った後、応接室に一人残ったパインは目を閉じて目頭を強く押さえる。
「よろしいのですか?」
入れ違いに入って来た部下に言われて、パインは顔を起こして、
「いい。しばらく生かしておけ。まだ、使える。少なくとも、奴の試みがうまく行くかどうか分かるまではな」
「しかし、奴が城の連中に何か言ったら」
「言わん。言ったら自分が終わりなことくらい、奴は分かっている。馬鹿じゃあない」
「裏切り者を、許すんですか?」
「裏切ってはいない。デタラメでランゴウに取り入っただけだ、命が惜しくてな。それくらい頭が回らないと、仕事を任せられない。いいから、奴のことは私に任せておけ。どうせ、いつでも殺せる」
そこまで言うと、ようやく部下も納得したのか、軽く頭を下げてから応接室を出て行く。
一人になったパインは、指で頬を撫でて、
「中々使えそうだ、ペテン師」
含み笑う。




