13
倉庫をそのまま改造したレストラン。レストランといってもトリョラのものだからたかがしれているが。そのレストランは既に早めに閉店の札がかかっている。そのドアを開けて、パインは舌打ちしながら中へと入っていく。
「おお、悪かったね、忙しいところ」
巨大なテーブルの片端に座り、にこにこと笑っているのはヨモウ。その横には昼に会ったばかりのフロインがいる。
その他、一家の幹部がほぼ全員そのテーブルに座っている。末席にはシアムの姿もある。兄貴分の姿を久しぶりに見た気がする。
「いえ」
で? と言いたいところを、パインは一応黙って相手の言葉を待つ。
「フロインとの戦闘訓練もよくこなしてくれているようじゃあないか。みんな、見違えるようになったと彼女も報告してくれたよ」
頬を振るわせてヨモウは言ってから、
「さて、実はな、パイン、君に頼みたいことがあっての」
「ええ」
「知っての通り、トリョラはどんどんと成長している。わしとしてもこの町の成長のために命を懸けるつもりだ」
そのセリフに笑いそうになるのをパインは耐える。
「だが、この町を腐らせている連中がいる。『北』だ。奴らは城の腐れ連中と結びついて、この町の発展を邪魔し、私腹を肥やしておる。何度もやめるように話をしたが、やつらは全く聞く耳を持たん」
そこで、ヨモウは目を潤ませてパインを見る。
「パイン、頼む。力を貸してくれ。君らなら、奴らを打ち砕ける」
パインは黙ってシアムを見る。シアムは、黙って頷いている。やれやれ。
「もちろん、嫌とは言いませんがね。奴らは城と結びついている。普通に殴り合ったって、こっちが捕まって終わりです。何か、作戦みたいなものはあるんですか?」
パインがそう言った途端、テーブルの上に置いてあった灰皿が猛スピードで投げつけられ、パインの額に激突する。ぐらり、と体が揺れる。
「てめぇ、ヨモウ親分の気持ちが分からねえのかっ!」
投げつけ、必要以上に激高しているのはシアムだ。どうやら、自分の顔に泥を塗られたと思っているらしい。額が切れて血が流れるのを感じながら、パインは冷たくシアムを見る。
「てめえら今まで、どれだけ親分に世話になってると思ってるんだ、ええ? それをよ」
「ああ、シアム君、いいんだ」
「いや、言わせてください、親分。おい、パイン、親分が、そうやって捕まったてめえらを見捨てるとでも思ってるのかよ! 捕まるからトリョラの未来のために戦うのが嫌だとでも抜かすつもりか! ええ!?」
茶番だ。パインは血を拭わずにただそう思う。あの坑道のことを思い出す。あの時は死んでもいいから殺してやろうと思っていたものだが、この茶番にはそんな気すら起こらない。
「いいんだ、シアム君。パイン……懸念も分かる。分かるが、頼む」
そこでヨモウは頭を下げる。周囲の幹部がはっと息を呑む。茶番だ。頭を下げることで強制している。
「わしを男にしてくれ。トリョラのため、頼む」
クソ面倒くさい。もう仕方がないな。
「頭を上げてください」
パインが言うと、ヨモウはゆっくりと頭を上げる。目が合う。ヨモウの感情のこもっていない目。
「とりあえず、俺は『北』を潰すように動かせばいいんですね」
「やってくれるか!」
ぱあ、と顔を輝かせるがヨモウの目だけはそのままだ。
「ええ、さっき言ったように、長引けば俺たちが捕まって終わる。一気に『北』の頭を潰すように動いていきます。それでいいですね」
「すまん、頼む」
がっ、とヨモウに手を握られる。パインは唾を吐き出したい。くだらない。これで、捨て駒か。
やがて宴会が始まる。
パインが隅で額の手当てをされていると、
「パイン」
サイゼが寄って来る。
「ああ、どうも」
「うちの店、寄ってくれよ。ひょっとしたら、しばらく牢獄から出られなくなるかもしれないんだ。飽きるくらい女世話してやるからよ」
よく言う。パインは呆れる。パインに限って言えば、牢獄行かどうか怪しいものだ。捕まった暴力要員のリーダーがパインだとはすぐに分かる。おそらく、断頭台行だ。わざわざパインを長年飼ったりはしないだろう。
「前、ガキみたいな女だったじゃないですか」
「何だ、どんなのが好みなんだ?」
「フロイン」
「マジかよ」
抗争というものは、頭をいきなり潰すことを目指すならなおさら、まずは情報収集から始まる。
それくらいパインにも分かっているが、かといって自分にそれができるかどうかは別問題だ。
「それで僕に何をしろと?」
いつもの宿屋の一室で、ビファーザが呆れ顔で訊いてくる。
「何でもいんだよ。例えば、こいつが詳しい情報を知ってるって言うのを教えてくれりゃあ、そいつを手下と一緒に拉致してぼこぼこにして情報聞き出せる。あるいは、直接『北』についての情報を教えてくれるならそれに従って動く。今、何もないんだよ、とっかかりが」
「暴力的だね。まあ、それがお前のやり方だものな。ただ、悪いけど僕にも何の情報もないよ」
「何も?」
まさかビファーザがそんなことを言うとは思わなかった。
「お前が何も情報仕入れてないっていうのか?」
「そうだ。仕方ないだろう、そもそも禁止されている」
「禁止?」
「ああ。もともと、僕は銭勘定が仕事だ。で、金稼ぎには情報収集が必要不可欠だから、当然『北』の情報も探ろうとしたんだ。ところが、そこでストップがかかった」
「誰から?」
「我らが兄からさ。『北』とヨモウの親分や自分みたいな幹部クラス以外は関わるな、だそうだ。面倒だからそれ以来情報収集を止めている」
「妙な話だな」
干し肉を食いちぎり、パインは首を傾げる。
「そんな命令が出るのも、それでお前が諦めるのも変だ」
「命令が出る理由は分かってる。要するに、つい最近まで上はずっと穏便に『北』を吸収しようとしていたんだ。何度も交渉してたみたいだし。なんで、とにかく刺激するようなマネしてほしくなかったってだけだ。結局それがだめになって、今更抗争ってなってるけどね」
「なるほど」
「それで僕がそれに従った理由だけど……」
そこで、ビファーザは目を細め、パインを見やる。
「パイン」
「あん?」
干し肉の残りを口の中に放り込み、
「何だか、大事な話でもするような気配出すじゃねえか」
「別に大した話じゃあないが」
「本当か?」
「――逃げないのか、パイン?」
「あ? 何で?」
「このまま何もしなければシアムから制裁を受ける。かといって本当に抗争すれば、お前は牢獄行だ。下手すれば死罪。というより、ほぼ死罪だ。今のトリョラには罪人を食わせる余力がない。一度捕まえておいてさっさと放免するか、それが難しい罪の重さだったら」
ビファーザの首を斬るゼスチャーにパインは肩をすくめる。
「だから逃げろと? どこにだ?」
「別にどこでもいいだろう。このままここにいれば殺されるだけだ。そうだろう?」
「面倒だな。それに逃げるのは性に合わない」
「その結果死んでも?」
「死ぬだの殺されるだの」
思わずパインは薄く笑う。
「それがそんなに大した話か? こんなクソみたいな人生で」
「お前はずっとそうなんだろうな。だから皆、恐れている」
「はっ」
パインは口の端を歪める。
「で、それがお前が調査するのをやめるのと何が関係がある?」
「睨まれることをする必要はない……信用されさえすればいい。もう少しで、俺はシアムのとこだけじゃあなくてヨモウ一家全体の金庫番を任されるはずだ。そうなれば」
「そうなれば?」
「そうなれば、金をカバンに詰め込んで逃げ出すことができる。持ち逃げして、他の町で商売をすることくらいできる。この町ほど緩くなくても、金さえあれば潜り込める街くらいある」
驚いて、パインは止まる。内容そのものに、ではない。それを今、ここで話すビファーザにだ。
「先に逃げていたお前と合流して、二人でまた仕事をしてもいい。食堂を思い出さないか、パイン。一緒に配給品を盗んで、料理をしていた日々を。懐かしくなどないくらいに最近の話だ。またあれをすればいい。悪くないだろう?」
確かに、悪くない。悪くないが、しかし。
「ビファーザ、それもいいけどよ、やっぱり逃げ出すのは面倒だ。やっちまって死んだ方が楽だぜ」
「そうか。なら、『北』の縄張りに行って好きに暴れればいいだろう。悪いが、情報はない」
「ちっ、そうかよ、仕方ねえな」
ため息と共にパインが背を向けて部屋を出ようとしたところで、
「――『北』の情報が欲しければ、つるんでいる城の連中から辿るって方法があるな。城にツテはないがな。『南』には城とつながりがない。無理な話だ」
「はん」
息を吐いてからパインは部屋を出ていこうとしたところで、ふと頭にある男のことが過る。そう言えば、城に知り合いがいないこともない。