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更新するする詐欺ですね。すいません。
とうとう、食堂はシアム兄弟の店ではなくなった。シアム兄弟は食堂を管理するよりも、縄張りの中にある全ての飲食店からみかじめ料を取るのが主な仕事になっていった。
ろくでなし共しかいないトリョラでは、飲食店は無数のトラブルに見舞われる。シアム兄弟は、金を受け取る代わりにそのトラブルを解決してやる。
シアム兄弟と、暴力で支配した手下どもは、暴力専門の集団へと変化しつつある。
「いっ、てぇ」
腕を捩じりあげられて、思わずパインは悲鳴を上げる。
「無駄な動きが多すぎる」
フロインは冷静にそれだけ言って、パインを突き放す。
「仕方ねえだろ、どうせ俺はただの喧嘩屋だ。プロじゃねえ」
腕をさすりながらパインは文句を言う。
そのパインの周辺には、シアム兄弟の手下たちが無数に倒れて呻いている。
ヨモウがボディーガードのフロインを貸し出してシアム兄弟に「戦闘訓練」を命じたのは二週間前のことだ。スパルタ式の戦闘訓練で、日々鍛えられていく。だが未だに、訓練終了まで立っていられるのはパインくらいのものだ。それくらい、素人の暴力集団とフロインとの戦闘技術には歴然たる差が存在した。
「とはいえ、随分よくなった。そうだ、とにかくまずは素人かプロかを見極めろ。素人なら、『先』を取る。それだけでいい。プロなら逃げる。逃げ方は、随分うまくなった」
「そりゃどうも」
「だがお前は、プロ相手でも実際には逃げない」
「あん?」
冷たい顔に、引き裂くような僅かな笑みを浮かべてフロインは、
「お前は、我慢できないだろうから。そういうタイプだ。一目見て、分かっていた。戦争では、お前のような奴が真っ先に死んでいったよ」
「そりゃあ死ぬだろうな……ところでよ」
「何?」
「そろそろ教えてくれよ。どうしてわざわざヨモウは、俺たちにあんたを貸し出して戦闘訓練なんかを?」
「――さあ? 私は、ヨモウに雇われていて、命令を受けるだけ。目的なんて知らない」
「あっそ。じゃあ」
倒れていた手下の体に腰を下ろす。どん、とのしかかられて手下が「うっ」と呻く。
「ビファーザかシアムにでも訊くか。そろそろ、あいつらのところにも情報が降りてきてるでしょ」
「そう」
「なあ、ところでフロイン」
「何?」
「どう、この後食事で」
も、と言い終わる前にパインは気を失う。顎をかするようにフロインに蹴りつけられたのだ。
宿の一室。いまや、シアム兄弟、というよりビファーザとパインの事務所となったその一室。
みかじめ料の勘定をしていたビファーザは、パインの言葉に首を傾げる。
「さあ?」
「嘘だろ、お前も知らないのかよ」
ため息を一つ、帳簿の置かれた机から椅子ごとビファーザはパインに向き直り、
「予想はできるよ。というか、あまりにバレバレだからわざわざ言わなかっただけだ。パイン、本当に見当がつかないのか?」
「ああ」
「じゃあ、説明してやる。僕らシアム兄弟は今のところ、ヨモウ手持ちの中で最大の暴力を抱えている。その暴力の質を上げたい。何をしたいかっていうと、抗争に決まってる。抗争を企んでるんだ」
「どこと?」
「嘘だろ」
ビファーザは眉をひそめて、
「『北』以外にあると思う?」
「へえ、とうとうトリョラ統一か」
「だね。『南』はヨモウが支配して、一家にはいくらか幹部がいる。この統一抗争でパインたちが活躍すれば、その幹部の中でもシアムの兄貴は一歩抜きんでる。うまくすれば、トリョラの支配者になったヨモウの右腕に若くしてなれるってシアムはご機嫌だよ」
その口調に皮肉な響きを感じて、
「そうはならない、と思ってるみたいだな?」
「『北』は城とずぶずぶだ。暴力で対抗しようにも、権力で押さえつけられるに決まっているよ。多分、パインをはじめとする暴力要員は全員牢獄行じゃない?」
「そりゃやだな。どうすりゃいい?」
「さあ? 逃げ出したらいいんじゃない? さっさと逃げないと、シアムに取っ捕まるよ……ところでパイン、いつもよりしょぼくれた顔してるね」
「分かるか?」
「結構はっきり分かる。表情に出るタイプじゃん、パイン」
「ちっ……まあ、そうだな。そうだよ。いや、実はフロインをデートに誘ったら蹴られたんだ」
「あの殺人機械に? なかなか度胸あるね」
「結構タイプなんだよ」
「無理でしょ、あそこは。女欲しいんだったらサイゼさんに頼んだら?」
ビファーザは、ヨモウ一家で現在トリョラの売春稼業を支配しつつある幹部の一人の名前をあげる。
「あいつだめだ。この前行ったら、とんでもないガキをよこしやがったからな」
「サイゼさん的にはもてなしのつもりだったんでしょ」
「ちっ、あのロリコンがよ」
と喋っているところに、手下が飛び込んでくる。
「パインさん」
「あ?」
「シアムさんがお呼びです。ヨモウ親分も」
思わずパインはビファーザと顔を見合わせる。どうやら、逃げるタイミングを逃してしまったらしい。