表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/202

「君が意識を無くしたであろうところから話そうか。おそらくだが、気絶した君とええと、君には味方が数人いたはずだ。そうだろう? ともかく、君と仲間を残して、エグゼは逃げ出したらしい。副所長室での話だよ、それでいいかい?」


 そこまでは大丈夫だ。パインは頷く。


「うん。そして、仲間はどうやら金をもって、そして君を担いでその場を逃げ出したらしい。そのままどこかに逃げ出すところだったらしいね。ところが、だ。逃げきれなかった。それは当たり前で、実は既にトリョラの軍があの作業所に向かっていてね」


「どうして……城から作業所まではかなりあるだろ。暴動が起きてから向かったって、半日程度はかかるんじゃねえのか?」


「暴動が起きたからじゃあないんだよ。こっちは、業者の悪徳ぶりと旧城主の癒着が発覚したから、業者側を叩くために兵を向かわせてたんだ。まあ、この話はあとでするよ。ともかくちょうど暴動中だったから何とかうちの兵士を使ってことを収めたんだけど、それからが大変だ。人数は向こうのが圧倒的に多いから、高圧的に出れないし、そもそも暴動を起こした連中を片っ端からつかまえていたら牢がパンクする。大急ぎで建設中だけど、今のところはこの小さな城……ああ、ここはトリョラ城だよ、念のため、とにかくこの城の地下牢くらいしかないんだ」


 だから、本当に暴動の主犯格だけを捕まえて他を見逃すということで向こう側とも話がついたんだ、とハンクは言う。


「俺が、主犯格だってのか?」


「そうじゃないかい? 誰もが言っていたよ。狂犬みたいなガキが、大暴れしていたってね。エグゼも証言した。別に君だけってことじゃあないよ。数人捕まえたうちの一人が君だったということだ」


「ちっ」


 パインは舌打ちする。


「ともかく、そういうわけで君を牢に入れたのはいいが、電撃のせいでずっと心ここにあらずでね。回復するのを待っていたんだよ。まだ幼い君を本格的に罪に問うつもりはないし、むしろ保護していたくらいだ」


「嘘をつけよ。そんなことを親切にしてくれる奴らはいねえ」


 あからさますぎる嘘に思わずパインは笑ってしまう。

 動物のようになった罪人。そんなもの、さっさと殺してしまうに限るだろう。それなのに生かしていた理由はなんだ。


「すれた子どもだ」


「トリョラまで落ちてくる移民なんてそんなもんだぜ」


「そうかもしれないね。ともかく、そうだね、理由か……」


 ハンクは組んだ足に肘を載せて頬杖をつく。


「どこから話したものかな。そもそも、無制限に移民難民をこのトリョラに限って受け入れるという話、それを通したのが他ならない私でね」


「あんたが?」


「うん。アインラードが暴れまわって、行き場のない連中がこの周辺には溢れていた。知っているか? 町を作ろうと思った時、何が一番重要かというと住民の確保だ。逆に言うと、産業を興したり道路作ったりとかで金をつぎ込むのは、あれは住民がそこに定着するための投資だ。何もしないでも住民が住みつくなら、町づくりに大して金をつぎ込む必要はない。勝手にできあがる。だから、アインラードが好き勝手やるのは、こちらからすると町を簡単に作るチャンスだった」


「どうして町を作りたいんだよ? 別に税金が絞り取れるってわけでもねえだろ」


 パインには理解できない。そりゃあ、町が出来て発展して、そいつらが税金を支払って国が富むなら万々歳だろうが、自分のような連中を集めて町を作ったところでそうはならない。むしろ、金が出ていくくらいじゃあないのか。


「金は入る、いずれな。目先の事しか考えない連中も多いが、私の理解では税というのはコップからこぼれた水のようなものだ。コップがいっぱいにならなければ水はこぼれない。気長に待つさ。だが税の話はどちらかというと二の次だ。私が町を作りたいのは、国力増強のためでね」


「国力?」


 あまり聞いたことのない言葉に、パインは眉をひそめる。


「国の力さ。あまりこれを考えている者は少ないようだが、軍事力経済力その他もろもろ、全てを総合した国の力だ。ノライはエリピアの中では最低レベルの国力だろうな。だから、国力増強をしたい。それだけの話だ。ある程度以上の規模の町が一つ増えれば、確実に国力もあがる。紛いなりにも貴族である私の仕事は、究極的にはノライの国力を少しでも上げることだと考えている。だから、これを提案した、が」


 薄く笑う。


「トリョラを管轄していたここの城主は、どうもそのあたりを理解できる頭を持っていなかったらしい。業者と組んで徹底的な搾取を行い、自分の懐に金を入れていた。まったく、この受け入れ政策が採用されて半年もたたないうちにこれだ。私の提案だからどうなったか気にしていてね、探ってみたらこういう有様だったから、表から裏から手を回して元城主と業者を締め上げようとしたところで、先に暴動が起きたわけだ」


「……あんた、さっき城主代理って名乗ったよな?」


「そう。この暴動の責任も含めて城主一派を締め上げて追及していたら、そんなに言うなら提案者のお前がトリョラを仕切れという話になってね。まあ、誰も手を出したくなかったんだろう。だが、私は見ての通り若輩者だし、家柄は大したことがなく実績も今のところは受け入れ政策を提案し実現させたくらいものだ。ということで、城主代理、という形でね」


「で? 結局のところ、その城主代理が俺をどうしたいんだ?」


 獣同然になっていたパインを保護し、そして今会話している理由は結局分からない。


「あの暴動で、代表的な奴らだけを捕まえたわけだが、正直なことろ、誰も極刑に処すつもりはない。元々、城主側に落ち度がある話だ。体裁のために少し閉じ込めてから、解放してやる。君もだ。ただし」


 ハンクの目が細く、より冷たくなる。ゆっくりと上半身が前に傾く。


「これは貸しだ。そのあたり、きっちりとしておきたい。君らは元々吹けば飛ぶような立場で、おまけに今は罪人だ。本当なら、さっさと全員の首を叩き落としてやればいいだけの話だ」


 ハンクの言葉に嘘はない。実際その通りなのだろう。


「そこを敢えて解放してやるということの意味を、よく考えてもらいたい。私としてはそう言いたいだけだ」


「出た後に言うことを聞けって?」


 その言葉に首を振り、ハンクは周囲の部下を一瞬気にするそぶりを見せて、


「君はガキだから腹芸をしてもしょうがない。だから、特別に身もふたもない話をしてやる。いいか、これから急激な勢いでトリョラは発展する。ロクな発展の仕方ではないだろうがな。住民は増え続けるんだから、発展しないわけがない。だがそれは同時に、城主、いや国にすらコントロールが難しくなっていくことを意味する。私は、それを防ぐために楔を打っているだけだ。あの暴動で目立った連中は、トリョラの住民に影響力を持つ、もしくはこれから持つようになる連中だと考えていい。そこにパイプを作っておこうということだ」


 はあ、とため息が聞こえる。見れば、横のハンクの部下の一人が感嘆しているらしい。どうやら、この話はあらかじめ伝えてはいなかったようだ。部下たちはどうしてパインと城主代理がわざわざ話をするのか訝しく思っていたのだろう。


「長々話してたが、つまりあれか。暴動で大暴れした俺は将来出世するんじゃねえかってことで、今のうちに恩を売っとくと。そういうことか?」


「理解が早い」


 ふっと微笑むハンクは、虫でも追い払うように手を振る。


「話は終わった。『部屋』に帰るといい。そのうち、外に出してやる。遠くないうちにな」


「ありがとうよ。まったく、今のうちに仕込んどいて、時期になったらうまく使うなんて、そううまく行くと思ってるのかよ? 俺たちは人間なんだぜ、食材か何かじゃねえ」


「だったら私は『料理人』か。面白いな」


 会話が終わらないうちから、パインは両肩を兵士に掴まれ、謁見の間から連れ出されていく。


「へっ、そうかよ」


 別に抵抗するつもりはない。

 大人しく兵士に従って歩きながら、パインは捨て台詞を吐き捨てる。


「あんた、本当に俺が出世すると思ってんのかよ。見る目ねえな」


「出世するさ」


 パインの背中に面白がっている調子のあるハンクの声がかかる。


「出世するか、呆気なく死ぬか、どちらかだ。お前はな」


 なるほど、そんなに見る目がないわけでもないのか。

 そう思って、パインは少し面白くなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ