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気が付けば、飯を食っている。
比喩でも何でもなく、薄暗く、薄い毛布以外は何もない狭い部屋で、木椀に盛られた飯をがつがつと食べているところで意識を取り戻す。
パインは、呆然として飯を掴んでいた手を止める。
何をしているんだ、自分は?
呆然としながら、パインは部屋を見回す。薄暗い。狭いが、あの鉱山で働いていた時の寝床よりはかなりましだ。頑丈な煉瓦で三方を囲まれ、残る一方は。
「……鉄格子?」
ひょっとして、ここは牢獄か?
だが、だとしても、どうして牢獄で飯を食っている?
パインの服装は簡素な綿製のつなぎのようなものだ。服まで作業服から変わっている。
「ん、おい、どうした、食わないのか?」
呆然と見回しているパインに気が付いたらしく、鉄格子の向こうから声をかけてくる男がいる。
どうやら、看守らしい。
「ここは、どこだ?」
それだけパインは言う。というより、それだけしか言えない。
「あっ」
看守が口を開ける。
「正気に戻ったのか、お前!」
「正気?」
「ちょっと待ってろ」
そう言って、バタバタと看守は去っていく。
残されて、どうしていいのか分からずにパインは自分の目の前の食いかけの飯を見る。よく見れば、あの食堂の飯よりはうまそうだし、量も多い。
とりあえず、食事を再開する。
看守が戻ってくるのは、食事が終わり、そろそろ本格的にパインが手持ち無沙汰になる頃だ。
「おい、出ろ」
「え?」
「城主がお呼びだ」
粗末な赤い絨毯の敷かれた、広間。明らかにやる気のない兵士が数名横に並んでいる。一段高い場所に椅子が置かれ、その椅子に男が座っている。
ノライの貴族が好む青と白を基調とした服を着た、まだ年若い男だ。青年と言っていい。シアムよりもちょっと年上くらいかもしれないな。そうパインは思って、そういえばあの二人はどうなったのだろうかと少しだけ考える。
「楽にしてくれ」
青年が言う。
言われなくても、囚人であるはずのパインに手枷足枷は嵌められていないので、勝手に楽にしている。連れてくる時に両側から挟み肩を掴んでいた兵士二人も離れている。
少し居心地悪そうに城主のものらしい椅子に座る青年は線が細い。赤みのある髪を長めに流した、おそらくはアインラード系の血の濃い青年。微笑んでいる。だが、目は恐ろしく冷たい。
目が合った途端、パインは自分の胸に刃が刺さったように錯覚する。
何だ、こいつは?
パインは戸惑う。
道化師よりも、多分、こいつの方が強い。魔術が使えるとかそういう話ではなく、存在として。
「トリョラ城主代理だ。名前は」
青年はこきこきと首を鳴らす。
「ハンク。ハンク・ハイゼンベルグだ」
「知らないだろう?」
微笑みを張り付けたまま、ハンクは語る。
「それはそうだ。うちは典型的な下級士官の家柄でね。名声とはまるで無縁だ。まあ、それでいい。粛々と仕事をしていけばいいんだ。人間なんてね。そう思わないか?」
返事のしようがなく、パインは黙る。
「ようやく覚醒したと聞いて、地下牢から来てもらったわけだけど、気分は悪くないかい?」
「覚醒?」
「ああ。三か月もの間、言葉に反応せず、ぼんやりと寝て食べてを繰り返していた。ようやく人間になったということだ」
三か月、無意識のまま生きていたということか。信じられない。
「エグゼの電撃をかなり長い間受けていたんだろう? 死んでいないのが不思議なくらいだ」
「……エグゼって、あの、道化師みたいな奴か?」
ようやく返したパインの言葉に、ハンクは目を細める。
「道化師とはいいことを言う。そうだ。あいつはエグゼといってね、用心棒で生計を立ててる魔術師さ。腕は大したことはないがね」
あれで、腕が大したことがないのか。魔術師というのはつくづく、化け物ぞろいらしい。
「業者に雇われていたんだ。国が委任していた鉱山開発業者にね。まったく、トリョラの開発の主軸となると期待して委任していたのに、どうもロクな業者じゃあなかったようだ。大切な人材を使い潰すとはね」
「なあ、ハンクさんよ」
「おいっ、お前口の利き方を――」
「よせ。いい」
ハンクはいきり立つ横の兵士を手で制して、
「何かな?」
「悪いが、全然考えがまとまらねえ。そもそも、俺は一体、どうしてここにいるんだ?」
「ふうん、そうだな。こっちも全部知っているわけじゃあないから推測が混じるが」
そしてハンクは語りだす。