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17/202

生還1

 馬車に乗り込んだマサヨシは、そのまま横になって、荷台に寝る。とにかく全身が痛く、重い。ツゾも同じようにした後、布を被り、隠れている。

 最初、ツゾを見たミサリナは大いに驚いていたが、ともかく早く出発してくれというマサヨシの話を聞いて、ともかく一緒に馬車に乗せてくれた。


「マサヨシがいなくなって、酒場が開かずにちょっとした騒ぎになったわけよ。城の人達も来てて。それで、パインがランゴウと、その、ほら、ちょっとあったじゃない」


 ミサリナがトリョラに向けて馬車を走らせながら、マサヨシが監禁されていた間の状況を説明してくれる。何度か視線を隠れているツゾにやり、言葉を選び、あるいは曖昧にしながら説明をする。

 その気遣いにマサヨシは感謝する。


「で、今、水面下でトリョラは大騒ぎってわけ。で、あたしはパインと付き合いあるから、そのお手伝いをね」


「手伝い?」


「リスト。どうも、ランゴウ関連の場所、アジトとかのリストがあってね、そこを引っくり返して調べるって話になってて。で、他の連中は金とか金目の物がありそうなところを優先して調べるみたいだったから、あたしは人を閉じ込め易そうな場所を調べていたわけ。あんたがいるかもと思ったからさ」


「ああ、なるほど」


 金銭よりも優先して自分を助けに駆けつけてくれたミサリナに感動するよりも先に、マサヨシの中に興奮が生まれる。

 ひょっとすると、ひょっとするか?


「ねえ、ミサリナ」


 マサヨシは体を起こして、


「そのリストって持ってたりする?」


「持ってないけど、頭の中に大体入っているわよ」


「馬車をいったん止めてくれ。トリョラに戻るのをストップだ。おい、ツゾ、聞こえた?」


「あ、ああ、何だ?」


 隠れていたツゾがもそもそと顔だけ出す。


「アジトのリストだ。お前、覚えてる? ランゴウのアジト」


「ああ、大体は」


「ちょっと、照らし合わせないか、ミサリナの頭の中にあるリストと」


「なるほど」


 馬車を止めて荷車に移ってきたミサリナの目が輝いている。どうやら、読めてきたらしい。


「ひょっとしたら、パイン側がまだ手に入れていない、知らないアジトを発見できるかもしれない」


「だとすれば」


 にわかに、憔悴していたツゾの顔が野心にぎらつく。


「そこの金とかは……」


「いけるかもしれない。ツゾ、ミサリナ、乗る?」


 反対意見は出ない。そうなれば、時間との勝負だ。

 ミサリナが次々と言っていく場所と、ツゾが思いつくままに言っていく場所を、マサヨシは片っ端から紙に書き留めていく。そうして、ダブっている地名を消していく。表現の仕方が違っていても同じ場所のことだと判明したものも、消していく。


「この三か所、ミサリナが見たリストには載っていないアジトか」


 そうして残ったのは三か所のアジトだ。


「それなり以上の金や財産が残ってる可能性はあるぜ」


 隠れていたツゾは今や身を乗り出している。


「よし、じゃあ、こうしよう。ミサリナは俺を探してたってことにして、この場所を今すぐ大急ぎで巡ってよ。金があれば、あるだけ奪う。ただ、無理はしないでよ。荒事になりそうだったら、すぐに引いて」


 そして、マサヨシは自分の顔を指さす。


「俺は、こんな状態だから足を引っ張るだろうし、それには付いて行かない。ただ、パインに会うよ。俺が現れればあの人も気にせざるを得ないし、パイン達がまだ知らないアジトに辿り着くまでの時間稼ぎくらいにはなるかもしれない。で、手に入れた金は三等分。どう?」


 その言葉に、ミサリナとツゾは頷く。


「じゃあ、決定だ」


 まず、トリョラの近くまで馬車で送ってもらってからマサヨシが降りるということになって、トリョラまでの道のりを再開する。ツゾは再び隠れる。


「ねえ」


 そして、ツゾに聞こえないよう、囁くようにして馭者席のミサリナが言う。


「大丈夫なの?」


「怪我の方は、何とか」


「パインのことよ。パインを殺すって話、ランゴウ達としたんでしょ?」


「やっぱり、届いてるか」


 マサヨシは顔をしかめて、


「楽観視はできない。けど、逃げ回っても意味がないからね。まずは一番にパインに会って、釈明するしかない」


 それも考えて、まずはパインと自分が会う計画にマサヨシはしたのだ。


「それと、ツゾ、どうするの?」


「どうするって?」


「信用できない。何人も殺してきた強盗よ」


「ああ、信用はしない。けど、ここまで来たら、あいつを匿うしかないよ。あいつが城なりパインなりに捕まったら、俺達がやっていることも全部バレる。ランゴウの財産を奪ったことが分かったら、殺されるよ。とりあえずは匿うしかない」


「喋れないようにする、というのは考えないの?」


 その、驚くほど平坦な口調での問いかけに、マサヨシは目を見開き、一瞬の沈黙の後、


「しない」


「どうして? 何人もの罪のない人を殺してきた無法者に、生きる価値があるの?」


「俺はただ」


 そこで、マサヨシは目を落として包帯の巻かれた自分の両手をじっと見る。


「手を、血で汚したくないだけだよ。平穏に暮らしたいから」


「平穏に暮らすのが目的なのに、パインの目を誤魔化してランゴウの金を奪おうと?」


「分かっているだろ」


 マサヨシの声が暗くなる。


「金が必要だよ、俺達は。どうにかして力を持っていないと、いずれパインに潰される。巻き込んじゃったミサリナには悪いけど、それが真実だよ」


「まあ、そうね」


 それきり、会話は途絶える。


 一度だけ、マサヨシは布にくるまっているツゾを見て考える。

 自分に、できるか?

 やはりできない。そう結論がすぐに出て、マサヨシは頭を振る。

 父の言うことは間違っている。自分は、そこまで、自分の手を汚すまでに非情になれない。





 狭い中に、棚が立ち並んでその棚で道ができている。棚に陳列されているのは、トリョラでは珍しい宝石や金細工、銀細工の数々。

 手を繋いで、パインは歩いている。孫娘はパインと手を繋いだまま歩くために、手を上に精一杯伸ばしている。


 その知らせを聞いて、パインはしばらく立ち止まってから、


「分かった、通せ。私もすぐに戻る」


 知らせに来た部下は、それを聞いてすぐに消える。


 パインは手を離してしゃがみこむと、孫娘ににっこりと微笑みかける。


「さあ、そろそろ帰ろうか」


「むえー、もう?」


 母親似の孫娘は、いつもは真ん丸の目を細めて、不満を口にする。


「すまんな。この店で、最後に何か買っていこうか。ほら、欲しかった、アメジストが三つついた首飾りはどうだ?」


「え、あれ、買ってくれるの?」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる孫娘に満面の笑みを返して、パインは身を起こすと笑みを消し、全くの無表情で部下の消えていった店の出口に顔を向ける。


 店を出て孫娘を家に帰してから、パインは自分の店、パイングッズの奥、応接室に足を運ぶ。


 応接室の扉を開けた途端、立って待っている部下、そして痛々しい姿で座っている男と目が合う。


「よかった、無事だったのか」


 そう言って微笑むパインの目は笑っていない。自覚している。


「お手数かけます」


 よろよろと、包帯姿のマサヨシが立ち上がって、頭を下げる。


「ああ、いい、いい。楽にしてくれ」


 手で制してから、パインはマサヨシの向かいに座ると、口だけで作った笑顔はそのままに、ゆっくりと体を前に傾ける。


「それで? 医者にはちゃんと行ったのか? 城には? 捜索がもう始まっているはずだ」


「まだです。城には、これから。もちろん、この店に来るのを他の人に見つかっているということもありません。安心してください」


 そうして、マサヨシもゆっくりと身を乗り出す。


「まずは、パインさんにお話するのが筋かと思いまして」


「筋、ときたか」


 目はそのままに、パインの口の笑みが大きくなる。


「我々の間には、いくつか話さなければならない事柄があるようだ」


 言いながら、さっき孫娘と一緒にいる時に知らせを聞いてからずっと頭の片隅にあった天秤が、パインの脳の中心にまで出てくる。目の前の男を、生かすべきか殺すべきかの天秤だ。

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