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難民として彷徨っている記憶しかない。
物心ついた時には、既に居場所なく常に動いていた。家族も早々に死に、途方に暮れていたところでノライという小国が難民移民の受け入れを、事実上無制限でしているという噂を聞いた。
子どもながら、必死でその噂だけを頼りにノライに向かい、トリョラというしけた鉱山くらいしかない場所に押し込まれ、そして半年。
移民難民は、今のところ鉱業のための消耗品としかみなされていないらしい。老若男女関係なく、だ。いや、年若い見た目のいい女なら別だが、とにかくパインは自分が使い潰され殺されないためだけにこの半年全てを費やしてきたといっていい。
「もう、こんなことやってられねえだろ」
シアムが小声で囁く。
「聞いたんだ、三班の班長が、どうも暴動計画してるらしいぜ。三班が暴動起こしたら、多分他のも連動するだろ。大騒ぎになるぜ」
「それに乗じて、僕たちも逃げ出そうって話だ」
ビファーザが引き取る。
「逃げ出すって、ここをか?」
パインはどんよりとした目で周囲を見る。
木製の杭がところどろこに刺さっている土壁で囲まれており、粗末ながら見張り台も一定間隔で並んでいる。
だが、確かに大混乱の中なら逃げ出すことは不可能には思えない。だが。
「逃げ出して、どこにいくんだよ」
所詮、行くところがなくてこんな場所まで落ち延びた身だ。
他の大人連中、暴動を起こそうと計画している連中だったら盗賊でも何でもできるかもしれない。
だが、自分は子どもだ。自分の無力さは、身に染みて分かっている。
「分かってる。だからよ」
シアムの声が更にひそやかなものになる。
「暴動で、見張り役とかも全員殺してやろうって殺気だってるんだけどよ、その中で所長の部屋に殴りこんでそこの金庫にある金を全部ぶんどってやろうって計画があるんだ。で、俺たちはその裏をかく」
「裏?」
「副所長、いるだろ」
「ああ」
憎々しい、太った犬のような所長に隠れていて目立たないが、確かに中肉中背の副所長が存在はしている。
「あいつもかなり給料いいって話だし、ここだけの話、俺たちの給料をかなりかすめ取ってるらしいんだ。こいつが調べたんだけどよ」
シアムに肩を叩かれ、ビファーザは無言で頷く。
「元々ゴミみたいな給料なのに?」
食事代と寝床代が天引きされて、金など少しもたまらない。
「そのゴミから更にゴミみたいにちょっとずつかすめてるんだよ。毎日毎日、ここで働いてる人夫全員分ってなったら、そこそこの額だろ。で、それを自分の懐に入れてるって話だ。副所長室は、所長室からはちょっと離れた場所にある。どうだ、暴動が起きている中で、俺たちはまっすぐに副所長室に行くんだ。で、そこを徹底的に漁ったら、金、結構出てくるんじゃあねえかと思うんだけどよ。乗るか?」
その問いかけに、パインは噛みつきたくなるのを抑える。
乗るか、じゃあない。ここまで話を聞いておいて、乗らなければ仕事中に『事故』に見せかけて殺されるだけだろう。
「乗るよ」
そう答えるしかない。
「よっしゃ。これで、俺たちは兄弟だ。なあ、ビファーザ、パイン。俺が兄貴で、お前らは弟分だ。いいな、裏切るなよ」
ぎろり、とシアムは睨んでくる。
「どうも、一週間以内に決行するようだけど、明確なタイミングは分からない」
対照的に冷静な様子を崩さないビファーザが言い添える。
「だから、騒ぎが起こったら各自副所長室の方向に向かう。後は、その場その状況に合わせてやるしかない」
まあ、何だっていい。
パインは頷く。
何だっていいのだ、この状況が変わるのなら。ただ、そんなに期待はしない。微かな希望は、裏切られるのが世の常だ。トリョラに来て、こんな有様になっているのがいい例だ。