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ペテン師ゼロです。
鼻と口に何重にも巻いた布を通過して、石粉が口の中をざらつかせる。唾を吐きたいが、そういうわけにもいかない。
自分のものじゃあないように感じる、鉛のように重い腕を動かし、振り上げたつるはしを叩きつける。
あと、どのくらいこれを続ければ済むのか。
気が遠くなる。
どさり、と音。横を見れば、何かが転がっている。一瞬、泥か岩かと思ったが、よく見れば人だ。土塊くらいにしか見えないほどに汚れた人だ。横で作業していた中年の男が倒れたのだ。
これで休めるか、と思い片手をあげて『事故』が起きたことを知らせる。
程なくして見張り役がやってきて、倒れている男を見下ろすと、さも面倒くさそうに舌打ちにする。足蹴にして、反応がないことを確かめると、脚を掴んで乱暴に引きずっていった。
介抱するつもりはないらしい。したところで蘇生するとは思えないが。どうせ、あのまま適当な穴に放り込んで終わりだろう。
「くそがっ」
思わず布の下で悪態を吐いて、仕方なく作業を再開する。結局、ほとんど休めなかった。
全身がうまく動かない状態で、真っ黒に染まった作業着を手早く脱ぎ捨てる。口と鼻に巻いていた布をとると、まずはうがいをして鼻をかむ。全て真っ黒だ。何よりもまずこれを繰り返さなければ、仕事が終わったという気がしない。
それから、ようやく顔を洗い、全身に水を浴びる。黒く染まった顔を布でこすっていく。一人あたりの入浴時間は長くはない。早くしなければ見張り役に蹴りだされることになる。
それが終わってようやくの食事。粗末な食事の載ったプレートを受け取り、広間にぎゅうぎゅうに押し込められるようにして座る。
今日の食事は黒パンひとつと水、野菜を煮たものがひとすくいと、豚の脂を固めたものだ。
見回す。今日も広間は満員で、毎日のように死人が出ているだろうに減る様子はない。どんどん新しい人間を入れているのだろう。
誰もが死んだような目でその粗末な食事を口に入れている。文句を言った人間は殴られ蹴られて連行されていくのを知っているから、それも当然か。
量が量だけにすぐに食べ終わって、プレートを返す。
食事が終わった後は休憩時間となっているが、休憩時間を活用している人間など見たことがない。肉体が限界だから、誰もがさっさとウサギ小屋よりも狭い部屋に無数に三段ベッドが並べられている、あの寝床へと戻ってさっさと寝てしまうのだ。
だが、どうも今日はそんな気にならず、食堂の外で、壁によりかかりぼんやりと黒くなりつつある空を眺める。
「よお」
声をかけられたので視線を地上に戻すと、二人の少年がいつの間にかすぐ傍に寄ってきていた。
一人は自分より年上で、半分大人と呼ばれてもいい体つきになりつつある。だが、顔を見ればまだまだ若いことがすぐに分かる。それを補うためだろうか。こちらを威圧するかのように目つきは悪い。
もう一人は、自分と同年代だろう。この場所にいる連中の中では珍しく、微笑を浮かべている。だが、すぐに分かる。決して、その笑みはポジティブなものではない。冷笑、とでも言うべきものだ。
「俺は、シアム」
大きな方が名乗る。
「で……こいつは」
「僕はビファーザ。ここ、同じくらいの年の奴、いなくてさ。ずっと話してみたかったんだ」
冷笑を浮かべたまま言うので、説得力がひとつもない。
ただ、子どもの数が少ないのは本当だ。きっと、体力のない子どもは早々に死んでしまうということだろう。
「で、お前は?」
シアムが言う。
仕方がないので、答える。
「パインだ」