18
「犯人は『ペテン師』……」
やはりアランの推測はある程度当たっていたのか、とリゼが愕然としていると、
「ほら、やっぱりそう誤解する。だから、推測とセットじゃないと説明しにくいんだよ。いや、まあ、確かにそれについての犯人は俺なんだけどさ」
また痙攣的に笑ってから、マサヨシは話を続ける。
「殺したのは俺じゃない。実際に手を下していないとかいう話じゃなくて、まるきり関わってないんだ。無関係」
「だろうな」
平然とした様子でヒーチが相槌を打つが、付き合いの長いリゼには少し安堵していることが声色から分かる。
「どこから話したもんかな……イズルの推理もある程度合っていてね、確かにあの会合って結構形骸化していたんだよ。あの事件があるくらいの時期には、別にあの会合がなくたって余程のことがない限り抗争は起きないくらいには安定していた。ミサリナは費用はかかるし大して益がないからってんでさっさと止めたがってた」
商人としてのミサリナならば、当然そう考えるだろうとリゼは納得する。
「だからアランの連れてきた二人も、別に超重要人物ってわけじゃあなくてさ。部下1の方だって、正直なところそんな頭脳派だったわけじゃなかったはずだよ。確か、帳簿が読めるから会計係やってただけじゃなかったっけ? どっかの潰れかけた商会の会計係だったのが、老いぼれて辞めたのをアランが拾ったんだったね」
「ちょっと待ってください……『老いぼれて』?」
そんな話、アランはひとつも。
「そうだよ。アランは持病がなかったって証言してるみたいだけどさ、そりゃはっきりとした持病はなかったかもしれないけど、歳とったら色々とガタがくるもんじゃない。特に、あの爺さん、確かあの時九十超えるくらいだったから……」
「九十!?」
大声を出してリゼは飛び上がる。
全然、そうなると話が違う。
「そう、だから正直、眠るように死んでたって、まあ、大往生だね、ってくらいで終わりなんだよ。ところがアランがさ、あいつがまた当時からシュガーに手を出してかなり頭がおかしくなってたから……まあ、俺もやってたからあまり人のこと言えないんだけど、まあ被害妄想で騒ぐ騒ぐ。これは暗殺に違いないとか言い出して、俺とミサリナは顔を見合わせたもんだよ。大体、九十超えた爺さんに見回り担当させる時点であいつ頭おかしいんだよね」
あまりにも想像と違う事実に、リゼは目を白黒させることしかできない。
「部下2の方はどんな反応だったんだ?」
代わりに、ヒーチが質問すると、
「それがさ、その部下ってのがまあ、ゴリラみたいな奴で、揉め事大好き喧嘩大好きでね、いくらアホだって自分のボスがおかしいことは分かっているはずなのに、全力でそれに乗っかってさ、もう戦争したくてたまらないわけだよ。ま、とはいえ、状況からして自然死に違いないし、鍵も内側にあったから無茶苦茶ないちゃもん、で済むところだったんだけどさ」
ため息をついて、マサヨシはさも呆れたというように首を振る。
「まず偏執病みたいになったアランはコテージ中を探し回って抜け道とかがないかどうか調べまわるし、部下2の方はとんでもないことを言い出すんだ」
「あっ」
それにはリゼも覚えがある。
「すれ違いに毒を打ち込んだ説ですか?」
「それそれ。まあ、びびるよね。何がびびるって、その説を出しといてそうじゃないなら証拠を出せって向こうが言ってくるんだから。普通逆じゃない? 向こうがその説が本当だって証拠を出すんだろうに、そんなことを言ってくるからさあ、もうこっちも困っちゃって。そしたら、ほら、コテージの扉壊す時に工具使ったでしょ? その工具箱が目に入ったのよ」
まさか。
「で、そこに釘があったんで、それをこっそり袖に隠して……」
「隙を見つけてってところか?」
「というか隙だらけだよ。アランは犬みたいにやたらめったらコテージのいたる場所を調べてたし、部下2の方は絶対に戦争回避したいアルベルトやミサリナと大声で言い合いしてたからね。だから、こっそりとその釘を錠に突っ込んでやったんだ」
あまりにもと言えばあまりにもな真相に、リゼは言葉もない。
「で、錠を調べてみようって提案したんだ。だから、錠に細工したのは俺だよ。殺人なのか自然死なのかは知らないけど、多分自然死だと思うよ? 歳も歳だし」
「……その後、戦争準備のアランのところに行ったっていうのは?」
ようやくリゼがそう言うと、
「はいはい。会合の後ね。まあ、アランとその部下、部下2か、そいつが音頭をとって戦争しようとしてるって話は聞いてたんだけどさ、大半の部下はそんなのに付き合いたくないわけだよ。そりゃそうだよね、だってトップがラリって無茶苦茶言ってるのは分かってるわけだから。で、形だけ戦争の準備をしてできるだけ時間を稼ぎながら、俺のとこにお願いに来たんだよ。何とかアランを止めてくれってさ。で、うまいこと部下2とアランを引き離している間に、俺はアランのとこに行ったんだけど」
「じゃあ、ちょうどその時に部下2がいなかったのは……」
「偶然じゃないよ。そこはシャロンが正解だね。あれは、周囲が何とかそのタイミングでアジトからずっと離れるように仕向けてたの。んで、アランと話してみたんだけどさ、まあ酷いよ。被害妄想はひどくなってるし、多分その恐怖で更にシュガーを摂取したんだろうね、動きとかも震えててさ」
あれは本当にひどかった、とマサヨシは顔をしかめる。
「とにかくこっちは下手に出て戦争回避しようとしてたんだけど、その話も半分聞いてなかったね、ありゃあ。タバコを咥えて火をつけようとしてたんだけど、震えててマッチがうまく擦れなかったから、俺が火をつけてやったくらいだ」
「ええー……」
「俺が火をつけてやったら、突然更に怯えだしてね。どうしたんだろうと思ってたけど、さっきメモを読んでようやく数年来の謎が解けたよ。しかし、マッチが奴のいきつけの酒場のものだからって、そこまで深読みするかねえ」
「いきつけの酒場だというのは、調べていたんですか?」
「そんなわけないでしょ。というよりね、あいつのアジトの近くで俺は時間潰してたんだよ。部下2がどっか行ったら、俺はアジトに行ってアランと話すって予定だったから。予定通りに事が運んだんで、アランの部下が『今です』って呼びに来て、それでアジトに行ったの。マッチはその時にもらったんだよ。大体、あいつのアジトの近くってマトモな酒場そこしかないんだから、行きつけもクソもないよ」
「じゃ、じゃあ、あなたが部下1にいざという時に釘を錠に押し込めってアドバイスしたって話は……」
最後の抵抗としてリゼはそう言うが、
「あれは失敗だったかなあ。でもさ、どうすればよかったと思う?」
マサヨシは首を捻る。
「部下2があり得ない言いがかりをつけてきたから、つい錠に釘を突っ込んじゃったんだけどさ、逆に言うと、あれでただの自然死じゃあなくて事件ってことになっちゃったんだよね。だって自然と錠がそんな状態になるわけないし。だから、後になって俺から錠がそうなった理由を説明しなきゃいけなくなったんだよ。全く面倒だ。けどさ、かと言ってあの場でそれをしなかったら、絶対に部下2とアランはその場で暴れてたからね」
「……組織が、あなたの組織に吸収されたのは、どういう?」
「どういうも何も、アランが勝手に怯えてそうなったんだよ。部下の中にはそりゃ反発する奴らもいたけど、その前からアランの暴走を止めるために連携とってたのが吉と出てね、大半はすんなり部下になってくれた。部下2をはじめとする強硬派はどうなったのかな……多分、アルベルトあたりが消しちゃったんじゃあないかと思ってるんだけど」
身も蓋もない真相に脱力しているリゼを尻目に、気を取り直したらしいヒーチが立ち上がる。
「さて、それで、これからどうする、マサヨシ?」
「帰るよ。あの偏屈なエルフを待たせてるし。竜に乗って海を越えないと」
「急ぐのか?」
「そこまででもないけど、どうして?」
「どうだ、一緒に食事でも」
「別にいいけどさ……どこで?」
「この近くにうまい肉を食わせる店がある」
「いいね。ねえ、君はどうするの?」
「えっ」
突然声をかけられてリゼはあたふたするが、
「ちょうどいい、お前も来い。いい記事のネタがあるかもしれんぞ」
「ふうん、ところでさ、父さん、この娘さん、リゼだっけ、部下?」
「そうだが」
「恋人とかじゃなくて?」
「「失礼な」」
と、ヒーチとリゼの声が重なる。
「こいつは令嬢気取りで気位が高い割に気に食わないことがあるとすぐに棒で殴打しようとしてくる女だぞ」
「父さんには合ってるんじゃない?」
「この人は何でも知っているような顔をして人を食ったようなことばっかり言ってるけど、その実は多少性能が高くてあとは超性格悪いだけですよ」
「親子だからそれは知ってる」
ぎゃあぎゃあと言い合っているところに、
「おおい、凄い特ダネだぞ、特ダネ」
ばん、と凄まじい足音を立てて泥で汚れた狼が飛び込んでくる。
ツゾだ。
「また、アルバコーネ地方で戦争が起きるかもしれねえ。あそこのでかい犯罪組織が、魔術師、と組ん……で……」
ツゾの目がマサヨシと合う。ツゾの動きが止まる。
「あっ、ツゾじゃん」
とだけ、マサヨシは声を出す。
それきり、部屋には沈黙。
やがて、ゆっくりとツゾは白目を剥き、そのまま仰向けにどう、と倒れる。
これで「ペテン師の殺人」は完結です。
ツゾの気絶オチです。
本当にありがとうございました。
これからについてですが、一応番外編3のネタはあるんでそれをちょこちょこ書きつつ、ミステリのプロットを組んでいければなあ、というくらいです。
少しだけ期間を置いて書き溜めをしておいて、また投稿する時は今回みたいに毎日ちょっとずつ更新をしていければと思っております。とか言いながら今回、一日投稿できなかった日があるんで失敗はしてるんですけど。