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日付変更前にぎりぎりで間に合いました。

 リゼがそれに気付いたのは、夢の中の神のお告げをメモに書き下ろしている、まさにその時だった。


「そもそも、ミサリナは絶対に犯人ではありえないというのは、アランが言っていたことです。けれど、そのアランの証言を信じないでいいなら、そこから疑わなくてはいけません」


「ま、アランの言うことが絶対正しいわけじゃあないというのは、イズルの発言の中でもかなり有益な方のアドバイスだな。それで?」


「そこから疑えば、今まで推理を話してくれた人々……ああ、神様混じってますけど、ともかく、その人たちがミサリナのことを全く無視してたことに気が付いたんです。で、ミサリナを犯人の候補にしてしまえば、動機以外ではぱっと考えただけでもかなり有力な候補なんですよ」


「ほう」


 面白げに口を歪め、ヒーチのはその口に豆を放り込む。


「例えば?」


「そもそも舞台が、ミサリナの用意した舞台です。鍵についても、ミサリナが犯人なら合鍵を秘密裏に持っていてもおかしくない。密室も、案外秘密の地下道があったとかじゃあないですか? ともかく、ミサリナになら現場にいくらでも細工をできます。あらかじめに、ね。だから、かなり大規模な仕掛けもできる。地下道じゃあなくて、コテージの天井から侵入する出入り口が隠されていたのかもしれません」


「ま、現場を調べたのはアランだからな。そのお前の推測を否定する材料はない。けど、否定する材料がないからってその推測の根拠にはならない」


「分かってますよ。まだあります。こっちが本命です。大体、どうして皆、これを無視していたのか分からないんですけどね、肝心の話を抜かして考えてるんです。毒ですよ」


「毒?」


「ええ。安らかに眠っているように見えながら、命を奪う。それも、かなり少量で。そんな毒、普通には手に入りません。アランが言っていたように、暗黒大陸からのものとしか思えない」


 豆を催促するためにリゼは手を差し出す。


「何だよ、卑しい奴め」


 文句を言いながら、ヒーチは袋からざらざらと豆をリゼの掌へと流し落とす。


「ああ、もういいです……ともかくですね、毒の入手がかなり困難なんですよ」


 リゼは豆を一気に口に放る。


「とは言っても、かの『ペテン師』は毒の扱いにはかなり長けているらしいし、アランたちだって紛いなりにも犯罪組織だ。毒を仕入れるルートくらいあるだろう」


「ほこへふよ」


 口に豆をいっぱいに頬張ったままリゼは喋り、ごくんと飲み下す。


「そこです。そこをみんな、勘違いしているように思うんです。例えば例のアインラードとの戦争を代表例として、『ペテン師』が毒を使用したって記録は多く残っています。でも、僕が取材したところ、その毒は全てミサリナを通して手に入れたものでした。アインラードの戦争の時も、あのガダラ商会から毒を仕入れていますが、それを仲介したのはミサリナです。そして、当時はミサリナは経済という意味では完全にトリョラを掌握していた。トリョラの中の組織である『ペテン師』やアランの組織が毒を仕入れようとしたとして、ミサリナの耳に入らないとは思えない」


「ふむ。毒で病死に見せかけないと意味がない、という意見もあったが?」


「それくらいなら、階段から落ちたように見せかけるとか、事故死を装うんじゃないですか? よりにもよって、手に入れる段階で足が付きそうな毒をチョイスするとは思えないんですよ……ミサリナ以外が犯人ならね」


「しかし、なあ」


 納得いかないことを隠しもしない顔をして、ヒーチは近くの椅子を脚で引き寄せてどっかと座る。


「じゃあ、ミサリナが犯人だとして、だ。お前が言ったように動機が全く分からない。いや、単に殺人の動機だけじゃあない。錠の内側から細工した理由も、まるで分からない」


「まあ、そうですけどね。動機なんて、どうでもよくないですか?」


 そのリゼの言葉にヒーチはぽかん、と口を開けて黙る。


「あ、いや、ちょっと言いすぎましたかね。でも……」


 馬車の中で、メモを振り返りながらぼんやりと考えていたことを言葉にまとめようとリゼは四苦八苦しながら言う。


「その、結局アランの証言しかないわけです、材料が。で、しかもその証言すらも信用しきることができない。そうなると、はっきり言って、隙間だらけなんですよ、この事件。その隙間を、勝手な想像で埋めているだけでしょ、結局、誰も彼も」


 肩をすくめるリゼを、ヒーチは何とも言えない顔で見る。


「いや、正直、このミサリナ犯人説もそこまで本気で言っているわけじゃあないんですよ。でも、はっきり言ってこの話って何でもありなんだから、例えばこういう説もありじゃあないですか。動機が不明って言いますけど、ミサリナの頭が突然おかしくなったのかもしれませんよ」


 ともかく、とリゼも近くにあった椅子に飛び乗って座る。


「無駄です、無駄。推理なんて無駄。ただの遊びです。真相や真実とは、何の関係もない」


 ため息と共にリゼは椅子を揺らす。


「もしもあの夢の中の神様が本物なら、嘘の神様なのにこのことに気付いてないはずがないですよ。というより、嘘を真実のように言うのが身上って本人も自白してましたからね。まさにその通りですよ。推理と真相には、何の関係もありません。何でもありなんですから。以上」


 しばらくの沈黙。その後に。


「……はっはっは」


 笑い声。

 ヒーチが笑っている。


 てっきり、呆れるか文句を言うかのどちらかだと予想していたリゼはかなり面食らう。

 それも覚悟で、リゼは思いのたけを言ってみたのだ。

 最初は、馬車の中でとりつかれたように自ら思いついたミサリナ犯人説を検証していたのだが、ふっと馬鹿馬鹿しくなった。

 そもそも、こんなものをいくら検証したとしても無意味ではないのか、と。こんな不確定要素だらけで、語られていない部分の多い話だったらいくらでも推測できる。ならば、好き勝手に推測したとして、その推測を否定する別の推測を簡単に作ることができる。そして、その推測もまた別の推測ですぐに否定できる。

 不毛だ。

 そう思った。


 ヒーチは手を叩いてすらいる。


「いいじゃあないか、リゼ。見直したよ、少しは大人になったか?」


「馬鹿にしているんですか?」


「いやいや、本当に見直したんだ。完全なイズルの悪ふざけに、よくぞ騙されなかったな。その通りだ。こんな話、真面目に考えるだけ馬鹿を見る。欠片しかない話なら、その欠片を使ってどんな話でも作れる。だから、それぞれについて都合のいい話を作っているだけだな。自分のための物語だ」


 ヒーチは足を組み、証言者を指折り数えていく。


「一人目、アラン。あいつは、実際引退したかったんじゃあないか? その意味ではイズルの言うことは正しかった。今の隠居ぶりからして、そう思うよ。けど、これまで強面で怖いもの知らずで来たボス猿が急に全部嫌になって隠居したいって思うのも恰好がつかないだろう。誰かに、じゃあない。自分自身にな。だから、自分に言い聞かせてるんだ。とんでもない敵とぶつかって、負けたんだとな。今では、その言い訳と記憶が入り混じっている」


「記憶に支障をきたすまで、ですか?」


「なあんにもないだだっ広い場所に小屋だけ建てて、アランは毎日何して過ごしてるんだ?」


 唐突なその話にリゼは言葉につまる。


「え? 何って……」


「あんまり暇だろ? お前が言うには小屋の中にも必要最低限のものしかないようだった。暇でしょうがないな。暇つぶしに、クスリでもやってるんじゃあないか?」


「ひょっとして、シュガーですか?」


「それでおかしくなってるって可能性はあるだろ。少なくとも、奴の『ペテン師』に対する警戒度合いは客観的に見て、いくらなんでも誇大妄想に入ってる」


 二人目、とヒーチは指を折る。


「シャロン。あいつにとっては、『ペテン師』はそういう奴なんだろうな、って推理だったな。あいつの理想を言ってただけだ。あいつにとって『ペテン師』は、人を自分から殺すことなく、人を利用して、上回って、まあ、そういう紳士的で完璧な悪党なんだろうな。はっ、随分少女趣味なことだ」


 三人目、と言いながらヒーチは顔をしかめる。


「イズルだが、あいつのはどっちかというと俺にとって都合のいい話だな」


「ヒーチさんにとって?」


 意味が分からない。


「というか、俺にとって都合がいい、とイズルが思っている話だ。それが不快なんだがな。俺にとっては、『ペテン師』が殺人なんぞにまるで関わっていない話の方が心地いいし安心だと、そう俺が感じるとイズルは思っているんだろうな。ふざけた話だ。相変わらずムカつく奴だよ、本当に」


 舌打ちまでするヒーチ。


「で、四人目のお前は、まあ、そういう都合のいい話ができるって構造に気付いて、悪ふざけをしたって話だろうな」


「……はあ」


 リゼは一気に体の力を抜く。


「じゃあ、結局、取材は無駄でしたね。これ、真相も分からないし、色々な人の御伽噺を新聞に載せるわけにもいかないし」


「いやいや、取材は無駄にはならない。それは参考意見として載せればいいだろう。真相とは別に、こういう考え方をしていた奴もいたってな」


「それは、真相を一緒に載せる場合にしか使えないじゃないですか」


「だから、真相を載せればいい」


 どうも話がかみ合わない。

 リゼは首を傾げて、


「ひょっとして、ヒーチさん、真相がもう分かっているんですか?」


 ヒーチならそれでも不思議はない。

 そう思いながらリゼが問うと、


「おいおい、さっき自分で言ったことを忘れたのか。いくらここでごちゃごちゃ推理したって真相とは無関係だ。分かる、なんてことはない」


「じゃあ、一体……」


「聞けばいいだろ、当事者に」


「当事者って、ミサリナですか?」


 確かに、それは手である。

 アランの証言との矛盾点も見つかるかもしれない。だが。


「今のミサリナに接触しようとするの、至難の業ですよ。死の商人、闇社会の大物……ミサリナに接触できたら、それだけで独占記事書けますけど」


「そんな面倒なことをしたら、次の発行に間に合わんだろ。さっさと済ませないとな」


 そうして、ヒーチはリゼの背後に向けて声をかける。


「マサヨシ、で、どうなんだ?」

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