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どう答えていいものか、リゼは黙って続きを待つ。
だが、いくら待ってもイズルはにっかりと不自然なまでに朗らかな笑顔を浮かべるだけ。まるで、もう話すことはないと言わんばかりだ。
「ええと、どういうことですか?」
仕方なく、リゼは促すが、
「どういうことって?」
イズルはきょとんとした顔で首を傾げる。
「いや、どうやってコテージに侵入して、しかもどうやって錠を内側から壊して出ていくんですか?」
「ああ」
ぽん、とイズルは手を叩く。
どうやらその様子からして、からかっていたわけではなく、本当に説明が全て終わったと考えていたようだ。
「そのこと? 扉が開かないんだから、出入り口は一つしかないじゃないか。窓だよ」
「あの、神様に対してお言葉ではありますがね。窓からは入れないんですよ、聞いてなかったんですか?」
「どうして? 窓の大きさについては言及されてない。人が潜れる大きさの可能性もあるのではないかね」
「そういうことじゃあなくて、窓には鉄格子がはまってたんですってば」
「外せばいい」
「いや、だから」
だんだん苛々してくる。
「そう簡単に外せるものじゃあないんですよ。現に事件後も何の異常もなかったわけですし――」
「君こそ聞いていなかったのかな。そもそも、アランの証言をそのまま信じるべきではない、という話からスタートしているんだよ、僕の推測はね」
その言葉に、ヒートアップしていたリゼは水を浴びせられたような気分になる。
「……え?」
「そもそも、『ペテン師』側もミサリナも、病死だということにしたかったという話だ。それならば、殺人だと騒ぎ積極的に調べていたのはアランの方だったことになる。鉄格子なんて最初からなかったとか、明らかに事件後に鉄格子がひん曲げられていたとか言うつもりはない。何度も言うように、ミサリナあたりに訊けばすぐにばれてしまう嘘だからね。しかしだね、例えば鉄格子が事件の際に取り外されて元に戻され、そのために事件後はかなり鉄格子がぐらついていたり、あるいは見た目だけで実際にははまっていなかったとしても、だ。アランが自らチェックして、鉄格子を揺すって見せてだね、『くそっ、鉄格子もばっちりはまってる』とかなんとか言ってしまえば、わざわざそれを本当かどうか確かめるようなマネを誰かするかね?」
「つまり、こういうことですか? 工具か何かを使って、鉄格子を外すなり切断するなりして、窓からアランは侵入した……」
「そういうこと。ただそれだけの話だ。特に不思議も何もない」
そんな単純な、と反論しかけてリゼはいったん口をつぐむ。
意外にも反論しにくい説かもしれない。それに、夢とはいえ一応は神様なのだから、かなりよくできた説という可能性もある。少し、考えなければ。
「……そもそも、どうして部下1を殺すだけじゃあダメだったんですか? 錠を内側から細工した意味は?」
「それがなかったら、『ペテン師』側の犯行ということになっていただろう? 実際、部下2がすれ違いざまに毒を打ったという説を口にして、それに対して『ペテン師』は有効な反論ができなかった。一応は敵対している組織同士なんだ。証拠がなくとも怪しいということになれば、当然戦争が始まりかねない。だが、アランは戦争を起こすつもりはなかった。それどころか、平穏無事に隠居したくてたまらなかったのさ。とすれば、絶対に『ペテン師』による犯行とならないように工夫しなくてはいけなかった」
「言っていることがおかしいですよ。だって、事件後、戦争になりかけていたところに『ペテン師』が訪ねてきて、それでアランが怯えて戦争を回避したって話でしょ?」
「だから、何度も言うようにアランの言うことを信じてはならないということだねえ。形だけの戦争準備はしていたかもしれないし、それを止めるために『ペテン師』がやってきたのは確かかもしれない。だが、そこで実際にどんなやりとりがあってどういう心境の変化でアランが戦争を回避したのか、それはアランの証言を通してでしか我々は知らないわけだ。アラン以外の視点からの証言を手にしようとも、誰に証言を依頼すればいいのか分からない。なにせ、我々は部下2の名前すら分かっていないんだから」
「……ええと、じゃあ、そもそもどうしてそのタイミングで部下1を殺したんですか?」
リゼは反論の方向を変える。
「会合の場で殺すから、『ペテン師』側の犯行じゃあないかって疑われるんじゃあないですか?」
「そもそも部下1とアランの仲が険悪だったというのが前提さ。お互いにお互いを警戒していた。だから、逆に言うと部下1がさすがにここでは襲わないだろうと安心していたのが会合の場だった。更に、その不仲が組織内で周知の事実だったのなら、会合の場以外で部下1が変死した場合にアランが真っ先に疑われるというのもあったのかもしれないねえ」
それきり、お互いに黙る。
ロープの塊からのしくしくという泣き声しか聞こえない。
リゼはもう一度、イズルの推測を一から考える。
何か、決定的な間違いはないだろうか。
「……これでも嘘の神でね」
ぽつり、とイズルは呟く。
「人を信じないことにかけては筋金入りさ。だから、アランの証言さえ信じなければ不思議なことなどないのなら、アランが嘘をついているということで終わりだ。残念だが、そこに『ペテン師』が関わってくることなどないよ」
やけに確信のこもったその口調に、
「よく知っているんですね、『ペテン師』のことを」
「……奴は、自ら積極的に殺人を計画するような男じゃあないさ。奴は犯人じゃあない」
「消極的には殺人を計画する、と言っているようにも聞こえますよ」
リゼがそう突っ込むと、イズルは少しだけ寂しそうに笑う。
「この僕が、そうしてしまったんだよ」
そうして、夢が終わる。
リゼはペンを手帳に押し付けたまま、自分が馬車に座っていることに気付いて、「はて、さっきのはとても妙な夢だったな」と不思議に思う。
そして、シャロンの推測に続けて、今の夢の内容も忘れないうちに書き留めようと急いでペンをはしらせる。