13
「皆、真相真相って言いますけど、そもそも真相も何も推測しかできないじゃないですか。それなのにみんな、自信満々ですよね」
ただの夢じゃあないかと未だに疑っているリゼはそんな皮肉を言う。
「真っ当なことを言うじゃあないか。その通りさ。だが、僕はそもそも嘘を真実のように言うことが身上でね。嘘の神だからさ」
だったらこれから、嘘の神の言うことを聞かなければならないのか、とリゼはうんざりする。
「まあ、しかし人のことを素直に信じるよね、皆」
「別に信じてませんよ。推測はあくまでも推測です」
むっとしてリゼが反射的に言い返すと、
「そういうことじゃあない」
ははん、と嘲るような笑いを浮かべるイズル。
「証言自体よ。アランの言った証言を信じて、それを元に推測してる。それがそもそも間違ってるとは思ってもない」
「証言が? だって、嘘をつくメリットなんてないはずでしょ。今は隠居の身なんだし」
「明確な嘘はついていないと思うよ。別の人間、それこそミサリナに話を聞いてみればすぐに嘘はばれてしまうだろうしね。そうではなくて、もっと細かいところで誤魔化しているという可能性があるだろう?」
言っている意味が、よく分からない。
「ええっと、例えば?」
「例えば? そうだなあ、部下1と部下2、というのがおかしくないかい? 名前をちゃんと証言すればいい。なぜ、名前をそうやって誤魔化したんだと思う?」
突然、思ってもなかったことを指摘されてリゼはうろたえ、
「ええっ……だって、名前なんかどうでもいいかって本人は言ってましたけど」
「どうでもいいからと言ってだ、普通話の中で名前を省略するかね? 部下が一人なら部下、と省略するのも分かるけれど、部下が二人いて部下1と部下2というように省略するなんていくらなんでもおかしくないかい?」
言われてみれば、その通りだ。
「……一体、理由はなんですか?」
「理由かい? その前に、順に考えよう。名前を言わなかったのには二通り考えられる。故意に言わなかったのか、それとも言えなかったのか」
「言えなかった?」
「忘れていた、という可能性もあるだろう? さて、故意の場合は何故名前を隠したのか。さっきも言ったようにミサリナに訊けばすぐに名前は判明するはずだ。だから名前を隠すことによって何か真実を誤魔化そうとしたなら、時間稼ぎにしかならない。稼いだ時間を使って今頃逃げ出しているなら意味はあるけど、そうでなければあまり意味がないと言えるねえ。少なくとも、名前を誤魔化すことで真実を遠ざける意味はあまりない」
「だったら?」
「言えなかった、という可能性が高い。つまり、名前を憶えていなかったんだよ」
「いやいやいや」
リゼは笑ってしまう。
「組織のナンバー2だった男と、ボディーガード役にするまで信頼してた部下ですよ。そんなわけがない」
「それが嘘だったとしたらどうかね」
少しだけイズルの言葉を考えてから、
「つまり、どうでもいい部下だったってことですか。それこそありえない。重要な会合だったんでしょう? そこにわざわざどうでもいい部下を連れていくなんて」
「さすがに部下1がどうでもいい部下だったとは思えない。組織の中では珍しく頭が切れるというのは本当だろうからね。そこで嘘をついたらミサリナの話と照合すればばれる。そうではなくて、部下2の方だけがどうでもいい部下だったとしたらどうだろう。そして部下のうち一人の名前だけが分からないのは不自然だから、二人とも匿名にしたとしたら」
「部下2がどうでもいい部下だって、それは無茶じゃないですか? 危険な会合につれていくボディーガードですよ」
「そもそも、いいかね、そもそもその会合は本当にそこまで危険なものだったのかね?」
「え?」
「週に一度だろう? 無数に、ずっとその会合を行っていたんだ。最初こそ緊張感はあったかもしれないが、それは本当に最初のうちのはずだ。結局のところお互いに敵対はしないという証拠として会合を続けていただけだろう。親睦会みたいなものだ。互いに殺されるかもしれないと思いながら頻繁に何度も会合を繰り返すことなどできないよ。なあなあになっていたんじゃないかな」
「……つまり、ボディーガードも形式的なものだった?」
「だとすれば名前も覚えていないようなどうでもいい部下だとしても問題はない。適当な部下をローテーションで回していたのかもしれないねえ」
だが、そうだとしてもリゼには意味が分からない。
だとしたら、アランがそれを誤魔化していた理由は一体なんだ?
「まだ分からないらしいねえ」
リゼの困惑顔を見て取ったイズルが微笑む。
「いいかね、そもそも会合がそれほど深刻なものでなかったとすると、何が大きく変わる?」
「何がって……」
何も変わらないように――
そこで、リゼは気付く。
「……そうだとしたら、アランの推測自体がおかしくなりますね。『ペテン師』が犯人だと恐れるのが妙です」
敵ではないのだとしたら、そもそも『ペテン師』を疑い、恐れる根拠が薄れる。もちろん最終的に疑うことになるかもしれないが、あそこまで確信し、確かめることもせず戦争もせずに下につき、隠居までするのは奇妙だ。
「むしろ」
思い付きをそのまま、リゼは口に出していく。
「まるで、組織を『ペテン師』の組織に吸収させ、自分が逃げ出すために事件を言い訳にしたみたいな……」
「それが真相と考えるのは、穿ちすぎかな?」
と、イズルは大きく頷く。
「どういうことです? つまり、事件は……」
「組織の中で頭が切れるのは部下1だけだと言っていた。それは嘘ではないはずだ。そして、優秀すぎるナンバー2を持つトップは気が休まらないのは世の常だ」
「アランが、部下1を殺した?」
「疑心暗鬼のためか、あるいは部下1が自分を殺そうとしたのを先に勘づいたのか。案外、シャロンの推測はそういう意味では途中まで当たっていたのかもしれないねえ。ともかく、アランは身を守るために部下1を殺そうと計画した。そして、その時に命を張って金を稼ぐのに嫌気がさしたんだろう。アランが証言の中で言っていた、殺したり殺されたりの世界が嫌になったという話は、嘘じゃあなかったんだ。その部分はね」
自分の命を狙う部下を殺し、なおかつ組織を後腐れなく誰かに託して自分は隠居するための準備に入る。そのための事件だったと?
そのあまりにも突拍子もない話を聞いて、リゼは少し考えるが、やがて笑い出す。
「駄目ですよ。筋が通らない。組織を受け渡すつもりなら、部下1を殺す必要がないじゃないですか」
「君は本当に甘いなあ。いいかね、部下1がそれなり以上に頭が切れるなら、トップの座を退いて逃げ出したからといってアランを放ってはいないね。むしろこれ幸いと消してしまうさ。一線を退いた元トップは、現トップにとっては邪魔者以外の何物でもないんだよ。隠然とした影響力を持つ場合もあるしね。とにかく、アランが全て明け渡して逃げ出せば安全だなんて楽観的に考えていたかどうかは怪しいものだ」
「でも、だとしたら事件は、一体どういうことなんですか? まさか、全部アランの嘘?」
「まさか。言っただろう、あからさまな嘘は調べられればすぐにバレる。事件自体はあったんだろうさ。そして部下1は実際に死んだ。しかし、『ペテン師』はそれに関わっていないはずだ」
イズルは自らの巻髪を指で弄ぶ。
「朝まで見回りで異常が報告されなかったということは、最後の見回りのタイミングまでは部下1は生きていた。だが、その後で殺されたんだ。毒によってね」
「一体、どうやって……それに、錠の話はどうなっているんですか?」
「もちろん、あの錠のこともアランがやったに決まっている」
決まっている、と言われてもリゼにはその方法も理由も分からない。想像もできない。
単純な方法だよ、とイズルはお茶で唇を少し湿らせてから、言う。
「寝ている間にコテージに侵入して、毒を打ち込み、そして錠に釘を押し込んでから、コテージを出たんだ」