12
とうとう、毎日更新失敗しました。
何となく、言われたからシャロンの言葉を思い出しながらメモに整理していく。
その作業をしつつ馬車に揺られていたリゼは、連日の疲れから猛烈に眠くなる。
メモ帳の上を動いていたペンが、ずるずると蛇がのたうつような字を書くようになり、首は力なく馬車の動きに合わせてがくがくと揺れる。
まずい。そう頭の片隅で思いながらも、リゼはふふふっと意識が眠りの繭に包まれていくのに抗えない。
意識は薄れていく。
眠りに落ちた。
そう自覚した瞬間、眠気は消え、意識は鮮明になる。
妙な感覚だ。リゼは不思議に思う。眠っている。それは分かっている。真っ暗な闇に、しかし意識だけははっきりした状態でそこにいる。
浮かんでいる。
いや、浮かんでいるのではない。
気付けば、立っている。手足もある。
それどころか、闇ではなくなっている。いるのは、真っ白い、広さも定かではない空間。
「え?」
声を出す。声が出せる。
「ようこそ」
声。
その方向を向けば、そこにはテーブルと椅子がある。椅子には、少女が腰かけている。
少女の髪は銀、目は血のように赤く、肌は蝋のように白く手足は病的に細い。
その少女の横には、ミノムシのように隙間なくロープでぐるぐると縛られた、というよりもはやくるまれたようになっている物体。
いや、物体ではない。人ひとり分くらいの大きさのそれは、時折うねうねと動いているし、よく聞けば微かに女性の泣き声のようなものも聞こえる。
ぐすぐすと、泣いている女性がロープでぐるぐる巻きにされている。
「さ、どうぞ。座り給え。お茶は何か好みはあるかな?」
少女は対面の空いている椅子を示す。
「い、いいえ」
「それならこれをどうぞ。僕のお気に入りだ。口に合えばいいが」
「はあ」
あまりにも意味不明な展開に、おずおずとリゼは少女の向かい側に座る。
「初めまして。イズルだ」
カップにお茶を注ぎ、それをリゼに手渡しながら少女は自己紹介をする。
「イズル、さん……」
「イズルでいい。これでも神なのでね、さんを付けられるよりは呼び捨ての方がらしいだろう?」
「神様、ですか」
「うむ。神らしくないとはたまに言われるがね。そうそう、これもそうだ」
そしてイズルは横にあるロープの塊のようなそれを軽く蹴飛ばす。
また、ぐすぐすと泣き声がする。
「こいつはハーサイト=イという神だ。ロクなものじゃあないがね。現在、ペナルティーとしてこういう目にあってもらっている」
「ペナルティ」
「まあ、色々とよからぬことをしたのさ。ハローがそれを知って激怒してこのザマさ。僕はその見張り役を仰せつかったというわけだ。迷惑な話だね」
ハローというようやく知っている名前が出たことにリゼは少し安堵する。
正義と公正の神、ハローだ。
「ずっと泣いているよ。いや、まあ、元々、こういう陰気な奴だがね」
「はあ」
「そんなことはどうでもいい。ほら、お茶を飲みたまえ」
勧められるままにお茶を口にする。琥珀色のそのお茶はいつもリゼが飲んでいるものよりも上等だとは思うが、それだけで、ただのお茶のようだ。
「いや、実はだねえ。我々は一応神だから、普通はこうやって人を招いたりはしないんだ。よっぽど大事な信徒でもなければね。ただ最近、君はずっと『ペテン師』について調べているだろう?」
「え、あ、はい」
「嬉しくてねえ。彼は僕にとっても思い出深い相手さ。死んだとも消えたとも言われて何年になるのかな。昔は話題の中心になることも多かったのに、今では名前を思い出す人間も稀なくらいだ。だから、最近は『ペテン師』が何か話題になっていないか暇があれば調べていてね。そうしたら、君のことを知って、ここ数日は君の動きを追っていたというわけさ」
ははは、と笑うイズルという少女は神というよりも病人にしか見えない。
「中々興味深いじゃあないか。『ペテン師』の殺人事件の捜査とは。是非、話をしたいと思ってね。お茶を飲みながら、さ」
「お茶はいただきますけど」
言いながらリゼは既に一息でお茶を飲み干している。
はしたないが、地下に潜っていた時の癖で飲める時に飲んで食べられる時に食べるように染み付いている。
「特に話すことは残っていないですよ。結局、アランとシャロンの推論だけです。確実なことは、何も分からないまま。強いて言うなら、シャロンの推論がもっともらしいですけど」
途端、イズルはお茶を吹き出す。笑っている。
気管に入ったのか大いにせき込み、体を震わせる。そんな状態ながらも、げたげたと笑っている。
「ええっ、けふっ、かはっああ、ほんと、本当に言っているの? あの推測がもっともらしいって」
「え? ええ、まあ」
「はあー……苦しい。はははっ、まさかあれをもっともらしいと言うなんて」
まだ体を震わせながらリゼは、
「あの推測、むちゃくちゃもいいところじゃない。というより、まだ気付いていないの?」
「何にですか?」
聞き返しながらまさか、とリゼは思う。
まさか、このパターンか。
「もちろん」
イズルは赤い瞳を零れ落ちるくらいに大きく見開く。
「『ペテン師』の殺人の真相さ」