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「そもそもが、錠の鍵穴に釘を押し込むなどという具体的な行動に誘導するということが不可能だと考えた方がいい」
「それは、確かにそうですよね。大雑把な行動ならともかく、そのレベルまで誘導できるかっていうと」
リゼは同意する。正直なところ、取材中からそこは疑問に思っていたところだ。
「だとしたら、曖昧に誘導したというよりも、明確に命令、もしくは依頼された結果だと考えた方が筋が通る。違う?」
「鍵穴に釘を押し込め、とか、押し込んでくれ、って言われたってことですか? そんな……」
「まず、無理だ。少なくとも、緊張状態にある組織の人間や第三者のそんな命令や依頼をきくはずがない」
「だから同じ組織の人間が命令か依頼かしたってことですか? いやいや」
笑ってリゼは大げさに首を振る。
「まさかそんな。同じ組織の人間からだって、そんな変な話を持ちかけられてはいはいと実行はしませんよ」
「それはそうだろう。特に、部下1というのは切れ者だったという話だから、なおさら。けれど、逆に言えば、納得できる理由さえあればしてもらえる」
「いや、納得できる理由って……アラン説みたいに『誰かが殺しに来る』って言われたとしたら、すやすや眠っていたっていうのがおかしいって、ご自身で仰ってたじゃないですか」
「まったく」
心底呆れた、という様子を隠さずシャロンは溜息を吐く。
「想像力のないこと。いい? 錠を壊すことで確かに外から中に入れない。けれど、それだけじゃあない」
「え?」
「中から外にも出れなくなる。そちらが目的だったとしたら?」
「ちょっと待ってくださいよ。自分を閉じ込めたってことですか? なんのために? それこそ、どんな理由があったらそれに納得できるんです?」
「外に出れなければ、閉じ込められていれば、犯人にならない」
「はあ?」
意味が分からない。あまりにも意味が分からなすぎて、ついつい皇女に対するものとは思えないくらいに失礼な返答をしてしまう。
「犯人って、自分が死んでいるんだから犯人になるはずがないじゃないですか」
「まだ分からないの? 事件は、部下1のコテージの外で起こるはずだったし、殺されるのも部下1ではないはずだった。少なくとも、部下1の考えでは」
「どういう――」
詳しく訊こうとしたところで、瞬間的にリゼはシャロンの主張を理解する。
「え、ああ? つまり、そういうことですか? あの事件は、ええと、でも、あれ?」
「確かに込み入っている。整理しましょう。そう、つまり私の主張はこう。そもそも、あの会合で予定されていたのは、計画殺人だった。それは、部下1と部下2が組んでのもの。標的は……」
「もちろん、『ペテン師』ってことですね」
勢い込んで言うリゼに、しかしシャロンは首を振る。
「違う」
「ええ? じゃあ、一体誰を……」
「おそらく、アルベルト。そして」
シャロンは一度言葉を切って、
「アラン。彼らのボスよ」
「う、ええ? な、なんで、根拠はあるんですか?」
「話が前後してしまうけれど、部下1と部下2が組んで殺人を計画していたとしたら、それ自体が根拠になる」
平然とシャロンは続ける。
「アランがあなたの取材に嘘をついていないのなら……『ペテン師』の下について、隠居の身になったアランが嘘をつくメリットはないからおそらくついていないとして……彼は部下1と部下2の殺人の計画を知らなかったことになる。ならば、一体どうして会合の場での殺人なんて大事をボスに伝えずに二人は行ったのか」
「ボスが、標的の一人だったから……」
呆然とリゼは呟く。
「そう考えるのが自然でしょう? それと、もう一つアランが死ぬはずだったという理由がある」
「い、いや、ちょっと待ってください」
話が飛躍している。リゼは仕切り直そうと話を戻す。
「そもそも、部下1と部下2が殺人を計画していたという話は、根拠はどこにあるんですか?」
「さっき言ったように、そう考えれば部下1が錠を内側から破壊した理由が分かるから。コテージの外で殺人が起きても、錠を弄っていたら壊れてずっと閉じ込められていたと言えば、自分が殺人に関わっていないことが証明できる。おそらく、特に気にしていたのはミサリナのはず。彼女に敵と見做されれば商売ができないから」
「その、じゃあ、部下1がそうやって安全圏にいる間に、実際に殺すのは……」
「そう。今となっては全ては推測にすぎないけど、部下2が実行犯、という段取りだったのだと思う」
顎に指を当て、シャロンは思考に耽りながら続ける。
「部下2が殺し、そして失踪する。その時、アルベルトだけではなくアランを殺しておくことが必要。アルベルトだけならば、部下2がアルベルトを殺して逃げ出したこと、しかも組織ぐるみの可能性があることがあまりにも明白になる。けれど、アランも殺されていたら?」
「それぞれの組織で一名ずつ死んで、一人失踪……確かに、こちらも被害者側だと部下1が抗弁できる余地はありますね。アランが死ぬはずだった理由というのは、これですか」
「ええ」
「『ペテン師』ではなくてアルベルトを殺すはずだった、というのは?」
「あの当時、私も噂は聞いていたが、『ペテン師』は組織のトップではあるものの壊れつつあった。実質的にはアルベルトが組織を動かしていた。ならば、アルベルトさえ死んでしまえば、そして好条件でアランの組織と『ペテン師』の組織が合併することができれば、『ペテン師』を神輿にして部下1が組織を牛耳ることができる。違う?」
「なる、ほど」
腕を組み、思わずリゼは唸る。荒唐無稽だと思っていたが、妙に具体性と説得力が出てきたように思える。
「そして失踪したはずの部下2を最高待遇で匿う、と」
「そういう予定だったと推測される」
「けど、実際には部下1が死んだわけですよね?」
その計画があったことまではよしとしよう。だが、それならば一体何が起こって事件はそうなってしまったというのか。
だがそのリゼの疑問にも、シャロンはびくともしない。
「決まっているでしょう?」
「え?」
「部下2の、裏切りよ」
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