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「くだらない」


 怒号と悲鳴が響き渡る農村を見下ろす丘で、シャロンはそう言い捨てる。


 赤いドレス、赤い髪、赤い唇のその美女は、かつては『勝ち戦の姫』と持て囃されていたというのに、今ではその目には生気はなく、振る舞いも力が抜けている。

 吐き捨てた言葉の語尾も弱い。


「くだらないですか? どこが?」


 取材したメモを読み上げていたリゼは目を上げてその気力を失ったシャロンに返す。


「何もかも」


「あれ、『ペテン師』関係の話だから喜ぶかと思って持ってきたんですけど」


「どうしようもない取材ね、それ。耄碌した男の妄想をぐだぐだと」


 ため息と一緒に言葉を吐き出すシャロンに、突如として茂みから男が飛び出して無言で襲い掛かる。リゼが叫び声をあげる暇もない。


 だが、冷めた目でその男を見据えたシャロンは、そのまま護身用の剣で抜き打ちにする。

 一切の無駄がないように見える、その流麗な動きの一撃で膝下を断たれた男は叫びながらその勢いのまま地面に転がる。


「がああっ」


「うるさい」


 眉をひそめて、シャロンは転がった男の喉に剣先を突き刺す。

 血を吹きだして一度びくりと震えて、それからは傷口から漏れる空気の音しか聞こえなくなる。


 血の泡を際限なく流しながら痙攣を続ける男を無感動に見下ろしながら、


「まったく、手ごたえのない」


「シャロン様、ご無事でっ……」


 男を追ってだろう、現れた二人の兵士は、しかし絶命しつつある男と剣を握ったシャロンを見て絶句する。


「無事。それ、片付けておいて」


 短くシャロンに指示され、気を取り直したように敬礼した兵士二人は、もう命の消えかかった男を担いで去っていく。


「まったく、『勝ち戦の姫』が山賊退治とはね」


 形のいい唇を歪めてシャロンは笑う。


 華々しく大軍を率いて、真正面から敵軍を蹴散らすことを至上としたかつての姫騎士は、今や辺境の地の領主に過ぎない。

 守備隊を率いて、賊を退治するのが戦争の代わりだというのなら、死んだように笑っているのも無理はない。そうリゼは思う。

 何よりも戦争で勝利するのが好きだった彼女が、こうして山賊退治で鬱屈を誤魔化している日々をおくっている。戦死した方がまだマシだっただろう。


「とにかく、わざわざ教えに来てくれたのは嬉しいけれど、その話には興味が持てない。その男は、単に『ペテン師』に踊らされただけ。妄言よ」


 刀身の血を拭きながらシャロンは笑う。


「私と同じようにね」


「ちなみに、この証言のどこが特に妄言っぽかったですか?」


 リゼの言葉に、シャロンは目を丸くして、


「あからさまにおかしなことを言っている。気付かない?」


「いやあ、あんまり」


「記者が聞いて呆れる。いくつか違和感のある部分はあるけど、一番明確な矛盾は、その死んだ部下がまるで寝ているように見えた、という点」


「え、この点が? どうして?」


 リゼには全く分からない。

 確かに、リゼにも取材の中でどうも半信半疑になってしまっていたが、それはあくまで感覚的なもので、明確にどこが間違っているというのはまだ気付けていない。

 ここまでシャロンに説明されても、やはり分からない。


「あのね」


 あまりにも呆れたのか、シャロンは目頭を指で押さえて首を振る。


「譲歩して、その男の言うように誘導されて恐怖から部下が釘を錠に押し込んだとする。あなただったら、その後、もう安心だと言って眠る?」


「ああー……」


 言われてみれば、その通りだ。どうしてそこに思い当たらなかったか不思議なほどだ。リゼは阿呆のように声を漏らす。


「そもそも錠を壊しただけじゃあ不十分。だって、現に彼らは朝、錠が開かないから扉自体を壊して部屋に侵入したんでしょう? だったら、錠を壊して開かなくした後、家具、それこそベッド等を使って、扉を壊しても入ってこれないようにバリケードでも作るんじゃあないの? 少なくとも、綺麗にベッドで寝ているというのはおかしい。部屋の隅で身構えたまま、睡眠薬でも盛られてどうしても眠気に勝てず変な姿勢で眠ってしまった、というのならまだしも」


「そりゃあ、そうですね」


「大体、その男は『ペテン師』のことを理解していない。奴のことを、少しも」


 舌なめずりするシャロンは、同性のリゼが見ても、ぞっとするほど妖艶だ。


「奴は、そんなマネはしない。邪魔者をただ殺して、そしてお前も殺すぞなんて脅すなんてマネは、絶対にしない」


 その断言の仕方に、リゼは、「あれ?」と思う。もしかして?


「あの、シャロンさん」


「何?」


「ひょっとして、シャロンさんは、今の話、このメモの証言を聞いただけで、何か分かったんですか? 事件の、真相とか……」


 即座の答えはない。

 黙って、シャロンは地面に残った血の泡を見ていたが、やがて目線を上げて今度は農村を見下ろす。


 いつの間にか、悲鳴や怒声はやみ、軍隊特有のきびきびとした報告の声らしきものが遠く聞こえるだけだ。


「済んだ、か」


 シャロンは呟く。


 確かに、もう山賊共は討伐されたようだ。


 にやりと、シャロンは突如として笑う。


「聞きたい?」


「え」


 何の話か分からず混乱するリゼに、


「その事件の真相」


 そう、シャロンは続ける。

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