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 ん?

 ははあ、コテージの時計の方を細工した?

 なるほど、時間をずらすわけか。それで?

 そこからは考えてないって、何だそりゃ。いいか、ヒントを教えてやる。


 俺が事件の真相に気づいたのは、『ペテン師』がわざわざ危険を冒して会いに来てまで言いたかったこと、伝えたかったことに気付いたからだ。要するに、『ペテン師』の発言は全部ヒントだと思えばいい。


 そうそう、そういうことだ。

 奴の発言を分解するんだ。


 奴は何を言ったのか。

 俺の考えは誤解だと言った。

 部下のすれ違いざまに毒を打ち込む説に、かなり驚いたと褒めていた。

 見張りでもいなければずっとコテージの前で細工に時間を費やすのは危険だと指摘した。

 錠に突っ込まれたのは釘で、部下が鍵があっても外から開けられないようにするために自分でその鍵を突っ込んだんじゃあないかと推測した。

 それを本人に示唆したのは自分だと告白した。


 どうだ?


 分からない? 情けないな。

 いいか、簡単なことだ。

 ほとんど正解だったんだよ、俺の部下の、見回りの時に毒を打ち込んだという話はな。

 それが否定されたのは、錠が内側から開けられなくなっていたからだ。それさえ解決すれば、奴の説に問題はない。

 『ペテン師』があの説を褒めたのは、そういうことだ。つまり、あの説は間違っていなかった。正解だったんだ。


 ならば、どうして錠が内側から細工されたのか。


 『ペテン師』の言っていることが正しかったんだ。そう、奴自身がそれをやった。そうとしか思えない。

 俺の部下は内側から錠に釘を押し込んだんだ。理由も、『ペテン師』の言った通り、扉を開けられないようにするためだ。

 そう、奴は正しいことばかり俺に教えた。真相を察するようにな。


 ……ここまで言っても、まだ分からないのか?

 いいか、何度目の見回りか分からないが、ともかく見回りの際に『ペテン師』と部下はすれ違い、その時に毒を打ち込まれた。遅行性のものだ。そして、部下もその時に打ち込まれたとは気付かなかった。だからコテージに戻って、そのまま寝た。


 ここまではいいだろう?


 だがその後、何かが起きて部下は自ら錠に内側から細工した。

 何が起きたか。もう、分かるよな?

 そうだ、『ペテン師』の言っていることをヒントとすれば、部下は誰かがコテージに入ってくることを防ぐために、それをした。


 ああ、そうだ。もちろん、奴は知っていた。錠を開けるには鍵が必要なことも、鍵なしで錠を開けるのは熟練のプロでも難しいことを。

 だが、薬を盛られたとしたらどうだ?

 これは、確実な話じゃあないが、後でゆっくりと考えたら、そうじゃないかと思えてきたんだ。そう、薬を盛られていたんだ、部下1はな。

 ああ、違う、毒じゃあない。毒もそうだが、毒以外の薬も打ち込まれていたとしたら?

 人の妄想を酷くするような薬だ。恐怖心をあおるような薬。それを打ち込まれていたら、どうだ? 毒とそれを一緒に打ち込まれたんだ。あるいは、遅行性でなおかつ精神的に不安定にする作用もある毒物が存在するのかもしれない。サネスド大陸の奥地にでもな。


 もちろん、それだけで錠の鍵穴に釘を突っ込むなんてことをするとは思えないよな。朝になって誰かが異常に気付いて扉ごとぶち壊してくれるまで、閉じ込められるわけだ。そっちの方が恐ろしいわな、普通に考えれば。


 だが、誰かが外から錠を細工しているのが分かったら、どうだ?


 想像してみろよ。

 夜、音で目が覚めるわけだ。がちゃがちゃと音がする。時計を見たら、見回りの時間までは時間がある。

 一体何だ?

 そうして扉を見てみる。錠が小刻みに揺れている。がちゃがちゃとずっと音がし続ける。誰かが外から開錠しようとしているらしい。横を見れば、鍵がある。つまり鍵はあるから、開けられるはずがない。はずがないんだ。あの錠が特別性で開けることなんてほとんど不可能なことは分かっている。

 けど、その、がちゃがちゃという音がずっと続いたら?

 ずっと止むことがないんだ、その音がな。そうしたら、ちょっと不安になってこないか?


 例えば、くじを引くとしようじゃないか。いや、逆だ。誰かにくじを引かせるとしよう。当たる確率は、百回に一回、いや千回に一回……違うな、一万回に一回だとしよう。

 そのくじに当たると、こっちは大金を支払わなきゃいけない。とはいえ、一万回に一回だ。心配することはない。

 だが、そのくじをずっと引き続けられたら、どうだ? 何時間も、何時間も、ずっとそのくじの入った箱の前に居座られて、ずっと引き続けられる。

 当たるかもしれない、と不安にならないか?


 それが起こった。薬の影響でもあるとすれば、余計にな。


 うん?

 そうだ。ずっと錠を開けようとしていたんだ。

 ああ、そうだ。そうだよ、もちろん、やったのはアルベルトのガキだ。奴がずっと錠を開けようとしていたんだよ。

 言っただろう、見張りがいればいい、と。

 そう『ペテン師』が見張りだ。『ペテン師』は少し離れたところで立って、見張っているんだ。例えばそうだな、こんな風に決めていたとしたらどうだ? 『ペテン師』は見回りのルートを長方形だとすると、その隅にあたる場所にずっと立っている。そして俺の部下、部下2の方だな、そいつが見回りでやってくる方向を向いて見張っているんだ。どちら周りかはさっき言ったように決まっているからな。で、こっちに歩いてきている部下2の姿を見たら、さも今までも見回りで歩いていたように『ペテン師』は歩き出す。それが合図だ。『ペテン師』が歩き出したのを確認したら、アルベルトは錠をいじるのを止めて身を隠す。そして、部下2がコテージに入ってから再び錠をいじるのを再開し、『ペテン師』も一周して元の場所で見張りに戻る。


 つまり、見回りで部下2がそのコテージの前を通る僅かな時間以外、ずっと錠が音を立てていたわけだ。

 薬の影響がなくとも、怯えてもおかしくないだろう?


 そう、アルベルトがあくびをしていたのも当然だな。あいつも、一睡もしていないなら。


 そして、当然、奴は仕込んでいた。

 事前に、釘を突っ込んで錠を壊せば絶対に入ってこれないという話を部下に聞かせていた。おそらく、その時に話の流れで釘を部下に渡していたのかもしれない。あるいは、あらかじめコテージの部屋の中に置いておくとかな。やりようはいくらでもある。


 だからとにかく、錠がひょっとしたら開くかもしれない、そして敵が侵入してくるかもしれないという恐怖にかられた部下の脳裏に、釘を鍵穴に突っ込むという選択肢が浮かぶのは自然なことだ。


 そして、それが行われた。もう既に、毒で死ぬことが決まってるなんて思いもせずにな。


 これで終わりだ。どうだ?

 『ペテン師』はつまり、部下を誘導して、錠に釘を突っ込ませたわけだ。

 あん?

 どうして?

 何が?

 ああ、そのことか。まだ分からないのか?

 どうしてわざわざ俺にヒントを出しにきたのか。煙草に火をつけたのも、その時に使ったマッチが俺の行きつけの店なのも同じ理由だ。

 あと、「お互いに健康には気を付けよう」ってセリフも、同じだな。


 そう。脅しだよ。

 俺の行動を読めるし、誘導できる。そのための仕込みも調査も済んでいる。そういうことだろ?

 俺に従わなければ、部下と同じような末路を辿るぞ。

 そう言っているんだ。


 それに気付いた時、恐ろしくなってな。

 喧嘩で死ぬのは怖くない。別に、今まで死にかけたことなんて何度でもある。命知らずとして、恐れられてきた。

 その俺が怖くなった。

 俺が何をしても、それは『ペテン師』に誘導されてのことなんじゃあないかと思ったら、自分ってものがいなくなったようで怖かったんだ。

 その場で襲い掛かって殺そうとしても、殺せないんじゃあないか。それどころか逆に殺されて、そして殺そうとしたことさえも、実は奴がそうさせたんじゃあないのか。


 そんな風に色々と考えたんだ。一瞬のうちに。

 急に恐ろしくなってな、何もできずに、ただただ黙って座っていた。

 そうなった俺を見て、『ペテン師』はかすかに笑って、もちろん嘲りの笑みだぞ、で、用は済んだとばかりに立ち上がると、さっさとアジトを出て行ったよ。振り返ることすらなく、足早にな。背後から襲われるなんて考えてもいないような足取りだった。

 俺は、それが、背後から襲えって誘導してるってことなのか、襲わないと読んでの行動なのか分からずに、黙って座り続けたよ。


 人から恐れられてよ、それで飯食ってた人間が、自分が一度でもびびったら、それで終わりだな。もう、駄目だ。喧嘩するのも脅すのも、自分や部下が血を流すのも億劫になっていってな。

 あとは、流されるように『ペテン師』の下について、その『ペテン師』が消えたら何もかも嫌になって逃げだした。


 辿り着いたのが、ここだ。

 それだけの話だ。





 男の話が終わった。

まだまだ続きます。

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