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会合に使われるのは、元々はパインが使っていた別荘を、双方の組織で買い取って改築したものだ。
場所は、シュネブの北の外れだ。遠くて不便なんだが、トリョラに近けりゃ相手の部下が襲ってくるんじゃあないかとお互いに怯えなきゃいけない。まあ、それを防いだわけだな。
あの日、俺は腹心の部下二人……名前はどうでもいい。ともかく、そいつらと一緒に会合に出席した。向こうは『ペテン師』本人とアルベルトってガキだけだ。もっとも、あのアルベルトってガキは傑物で、当時はほとんど『ペテン師』の代わりに組織を掌握しつつあったがな。
そして、立会人のミサリナ。
メンバーはこれだけだ。
会合は夕食をとりながら行う。それから立地が悪いから一晩泊まって朝になってからそれぞれ時間をずらしてからトリョラに戻る。そういう流れだ。今考えれば無駄なことだな。一週間のうち、一日半がその会合で毎回潰れていたわけだ。
寝床の準備やら食事の用意はミサリナがした。といっても、あのがめついダークエルフが自分でベッドメイクして料理をして、という意味じゃあないぞ。あいつが人を雇って行ったってことだ。もちろん、その雇った人間は会合の場にはいない。事前に準備をしておいて、会合が始まる頃には退去している。
ここを詳しく説明しているのはな、この話がちょっと事件に関わってくるからだ。いいか、重要なのは、俺たち三人とミサリナ、そして『ペテン師』とアルベルト、そいつら以外にその会合の場には誰もいないということだ。人里離れているし、ここに第三者が関わってくることはない。
……ああ、そうだ、その通り。そりゃあ確かに、周囲には隠れる場所くらいある。だから、例えば『ペテン師』が腕のいい暗殺者でも雇って忍ばせて置いたら、そりゃ気付かないかもしれない。だが、それをする意味がない。これはあいつ自身が言ったことだが……まあ、それは後で話す。
寝床の準備や事前の掃除、食事を取り仕切っていたのがミサリナだっていうのも、重要なとこだな。
ああ、そうだ。罠を仕掛けられたり、毒を盛られたりを互いに警戒していたから、立会人のミサリナに仕切ってもらうことになった。
ああ、ああ。怪しい? 何が?
……なるほど、そうだな。確かに、ミサリナは『ペテン師』とべったりだ。いくら俺の組織とも取引していたといってもな。おまけに、組織の規模、ミサリナの手に入る金の量も、圧倒的に向こうが上だ。だが、心配はしていなかった。
ミサリナというのが、筋を通す奴だからだ。別に、義理を重んじるということじゃあない。筋を通す方が、最終的に得をするって知ってるんだよ。あいつは。筋を通すことで信用を得る。そして、その信用って奴は金を生む。金だけじゃあない。安全や、力も生む。
そう、こういうのは、俺たちみたいな無法者の方が実体験を通して分かってるもんでな。普通の連中は意外と分かっていないことが多いんだ。まともな連中は信用が元々あるのが当たり前だからな。なくしてからどれだけ重要なもんかって分かるんだ。
ふん、不思議か? そうだ、そうだよ。その通りだ。俺は、ミサリナの奴のことをよく知っている。ただ組織で付き合いがあっただけじゃあない。もっと昔からだ。
知っているか、あいつは元々、キャラバンに拾われて放浪していた。ガキだった頃だ。元々はただの荷物持ちとしてだがな。
俺はな、パインに拾われる前は、傭兵をしていた。そのキャラバンの護衛を引き受けていたことがある。ミサリナとは、その頃からの付き合いだ。付き合いというほど、親しくしていたわけじゃあないがな。顔見知りってだけだ。
そうだな、気に入っていたよ。ミサリナのことは好きだった。ふん、そういう意味じゃあない。あいつは商人、俺は無法者だが、根底にあるものは似ていたと今でも思っている。なめてきた相手には、徹底抗戦する。噛みつく。あいつは金で、俺は暴力で。
ダークエルフのガキってことで、キャラバンでもあいつは浮いていた。だから、やれると思ったんだろうな。俺の同僚、俺と同じろくでもない傭兵が、まだガキだったミサリナを夜に手籠めにしようとしたんだ。夜中に叫び声で俺は目を覚ましたんだが、最高だったな。叫び声は、ミサリナのじゃあねえぞ。その傭兵のだ。
ミサリナのナイフで左目突かれて、叫んでいたよその馬鹿は。くく。ついでに右足の腱も切られて、傭兵としてはほぼ再起不能になった。キャラバンにもその場で捨てていかれてたな。
ミサリナは、血に濡れたナイフを握ったまま、平然としていたよ。血まみれの顔が、不思議ときれいでな。……あれでキャラバンの連中は逆にミサリナに一目置いた。俺もだ。自分に手を出す奴にはこうすると、俺たちに見せつけた。その代わりに、命までは奪わなかった。向こうは殺すつもりじゃあなかったからな。あいつなりに筋を通したわけだ。
あいつは筋を通す人間だ、と俺もキャラバンの連中も信用した。その後、あいつは荷物を持つだけじゃあなく、いくつか仕事を任せてもらうようになった。
信用されるってのはそういうことだ。金よりも重い。あいつはそれを知っている。
ミサリナと再会したのは、奴が商会の代表になってからだが、一目見てあの時のガキだと気付いたよ。向こうも気づいた。にやりと、さも面白そうに笑ってきやがった。並みのタマじゃあねえよ。
とにかく、そういうわけで、ミサリナが何か俺たちを害する手伝いをすることはない。俺はそう考えていたし、今でもそうだ。あいつにしてみれば、自分が仕切ったこの会合でもめ事が起こること自体、自分の信用が失われると考えるだろう。それをよしとするわけがない。
……疑り深いな。だが、それは間違いだ。俺たちを全滅させたって、信用が失われるのを防ぐことにはならない。俺の部下も、第三者、というよりトリョラの裏の仕事に関わっている連中のほとんども、あの会合のことは知っている。会合から俺たちが帰ってこなかったら、ミサリナの信用が失われるのに違いはないさ。そもそも、結局俺たちは全滅していない。俺は今、生きてここにいる。だろう?
それはない。俺たちを全滅させようとして、ミサリナが失敗したということもない。いいか、お前はミサリナのことをよく知らないらしいから教えてやる。奴が皆殺しにしようとしたなら、失敗しないし、もし失敗しても逃がさない。
だから要するに俺が言いたいのは、だ。
これからする話に、ミサリナは関わっていないだろう、ということだ。奴は公平な第三者で、そしてあの殺人事件が起きたことで迷惑した被害者の一人だ。あいつはあの事件である程度は信用を失ったわけだからな。ふふ、しばらくは不機嫌だったよ。