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監禁2

「いやあー、久しぶりだねえ!」


 大声で我に返る。

 奇抜なファッションをした玩具めいた少女が目の前で椅子に座っている。

 マサヨシも座っている。


 真っ白い空間。


「イズル」


 反射的にマサヨシは名を呼ぶ。

 そうして、目の前にいるのが少女の形をした、自らを異世界に送り込んだ神であり、この空間が彼女に異世界に飛ばされる直前にいた空間だと少し遅れて思い出す。


「どうだい、調子は?」


 ずい、と身を乗り出して両手を広げ、オーバーリアクションで訊いてくるイズル。


「悪い」


 端的に、正直にマサヨシは答える。

 どうして突然ここに呼ばれたのだろう、と内心疑問に思う。


「知っているよ、だって見ていたからね。いやあー、ぼこぼこだね!」


「俺、あれで死んじゃってここに来てるってこと?」


「いやいや、まだ死んでいないよ。大ピンチなのはそうだけど、まだ命に別状はないさ」


 満面の笑みでイズルが語るので、マサヨシは多少腹が立ってくる。


「俺がピンチなのがそんなに嬉しい?」


「もちろん! 勘違いしないでくれたまえよ、君がピンチなこと自体が嬉しいんじゃあない。君が何度も何度もピンチを交渉で乗り越えていることが嬉しいんだよ。さすが、私の信徒だ」


「活躍はしていないよ」


「いやあ、それも時間の問題だよ! 君は厄介ごとに巻き込まれているからね。厄介ごとはいつだって、うまく解決すれば飛躍のきっかけになる。君は飛躍するんだよ!」


「そんなもんかね」


 ぴょんぴょんと椅子ごと飛び跳ねるイズルを、マサヨシは白けた目で見る。


「むう、信じていないね」


「そりゃあ、まあ。俺の望みは静かに暮らすことだから」


「なるほど。まあ、いい。それはおいおい考えるとして、だ」


 ぱん、とイズルは両手を叩く。


「今回、この場に来てもらったのは、君に一つ、忠告をしようと思ってね」


「遅いよ。今、既に絶体絶命なんだ」


「まあまあ、いいじゃないか。ともかく、忠告だ。ハーサイト・イには気を付けるんだ」


 突如として出てきた名称に、マサヨシは首をかしげる。


「ハーサイト・イ? 何だそれ、人名?」


「神名だよ。私と同じく、ええっと、廃れ神だ。誰からも見向きされない神。弱さ、報われない呪い、悪あがき、凄まじい困難の神なのだよ。ハーサイト・イ」


「誰が信仰するんだよ、その神?」


「だから廃れたんだよ、彼女も」


 彼女、ということはその神も女神なわけか。

 マサヨシは留意しておく。


「何もせずとも信仰される神は特に人間界に関わることはない。ここぞという時や気に入った人間に加護を与えるくらいだねえ。しかし、廃れ神はそうはいかない。だから私は君をこちらの世界に呼んだわけだけど、どうやら彼女も何かしているようなんだよね。教えてくれないけど」


「ふうん」


 としか、言えない。


「彼女は陰険だからねえ。きっとよからぬことをしているに違いない。君は私の信徒なんだから、ハーサイト・イとはなるべく関わらないようにしたまえよ」


 そこで、突如としてマサヨシの周囲の風景が急激にぼやけていく。

 いや、風景のほとんどは元々真っ白だから、イズルや椅子が背景に溶け込んでいくという方が正確だ。


「そろそろ目を覚ますようだね。また、何かあれば節目にでも呼ぶからお話しようではないか」


「いや、もう呼ばなくていいけど」


 そうマサヨシが返すと同時に、世界が融けて消える。





 全身が熱い。燃えるようだ。

 マサヨシは目を覚まして身じろぎする。


「うっ」


 その途端、全身に激痛、そして呻くと口の中が腫れてまるで喋ることができないことに気付く。それどころか息苦しい。


「う、ああ」


 口をもごもごと動かしていると、少しずつそれでも口が動いてきて、息が楽になる。


「あ、あー」


 喋ることが、声がきちんと出ることが分かって、マサヨシは安心する。


 全身が重く、火がついたように熱い。

 まだ縛られたままだ。

 自分の状態を確認していくマサヨシは、包帯でぐるぐる巻きにされていることに気がつく。まるでミイラ男だ。それに妙な臭いもする。青臭い臭い。どうやら、薬品も塗られているらしい。

 手当てをされたということか。とりあえず、死なれては困るという結論が出たようだ。

 周囲に、ワーウルフもランゴウの姿もない。

 マサヨシは安堵の息を吐く。

 これで、何とかなるはずだ。パインが、話をつけにいくはずだ。奴らが本当にパインを返り討ちに殺すつもりなるかどうかなどマサヨシには興味がない。ただ、時間を稼げば、自分は解放される。それしか考えていない。


 喉が渇いた。

 口の中が腫れあがって、マサヨシは唾を飲むのにも苦労する。


「相打ちとか、期待し過ぎだな」


 呟く。

 パインとランゴウがどちらも潰れればいい、と頭の片隅で思う。

 どちらも、自分の平穏な生活には邪魔なだけだ。

 非情な考え方だな、と我ながらマサヨシは思う。自分がそんな考え方をしていると気付き、我に返ってぞっとする。自分はこんな人間だったのだろうか。

 ふと、父のことを思い出す。





「英才教育を施してやったのにな」


 リビングでビデオゲームに熱中しながら、父がふと言う。父の外見からは想像できないが、父の趣味はゲームだ。

 画面の中では、主人公が次々と敵を殺していっている。


「え?」


 マサヨシはちょうど二階にある自分の部屋に行こうと階段に足をかけたところだ。


「俺とあの女の間の子だ。力はある。色々教えてやった」


 父があの女、と呼ぶのは妻、つまりマサヨシの母のことだ。


 母は毎日のようにボランティア活動やパーティーで外を飛び回っていて、一ヶ月のうちの半分は、家に眠りに帰ることすらない。


「それなのに、お前は勝てない。何故だと思う?」


 ゲーム画面から目を離さない父は背を向けたままで問いかけてくる。

 その時、就職活動が難航していたマサヨシはそれが自分が就職できないのは何故か、という意味だろうと変換して、


「さあ」


 としか答えられない。

 それがはっきりと答えられるなら、それを改善して内定を取っている。


「競争心がないからだよ。お前は、人に勝ちたいって思いがない。俺には理解できないが、静かに平和に暮らすことを望んでる。そうだろ?」


「そうだけど、それが何か悪いの?」


「悪くない。ただ、俺と違うだけだ」


 ゲームの画面に向かって、父は顎をしゃくる。


「ゲームをクリアするだけじゃあ飽き足らず、より高いスコアを目指す。必要じゃあなくても、高く高く行こうとする。本能的にな。お前は違う。必要なことだけをやって、穏やかに過ごそうとする」


 ようやく、ゲーム画面から目を離した父親がマサヨシの方を向く。フランケンシュタインの怪物のように、傷と縫い合わせた跡が顔中にある父の顔が見える。


「だから、勝てない。勝とうともしない」


「優しい人間には生き難い世の中だね」


 父の言葉が図星だと胸に刺さったからこそ、あえてマサヨシはおどけた口調になる。


「お前は優しくない」


 目だけで、父が笑ってみせる。

 その笑顔が、マサヨシは苦手だ。父の口を歪めての笑みは恐ろしいことが起こることを意味する。だから、目だけの笑顔は、不吉だ。いつ、口を歪めるのか、恐ろしい。


「優しいとか、非情だとか、それとは無関係だ。静かに暮らしたい人間が全員優しいわけじゃあない。全く別の話だ。ただ、静かに暮らしたいだけ。正義、お前は自分が静かに暮らすためになら、いくらでも非情になれるはずだ。お前は非情な男なんだよ」


 なにせ、と父は続ける。


「俺の子だ」





 回想を打ち切るようにドアが開き、部屋にワーウルフが入ってくる。

 その目が、血走っている。


「気がついたか」


 かすれたような声で、そのワーウルフが言う。


 まずい、と反射的にマサヨシは警戒する。

 この男は、追い詰められている。こちらが想定していない行動を取る可能性がある。


「ああ、手当て、あんたらがしてくれたの?」


「俺だ。ランゴウに言われてな」


 声の抑揚がおかしい。ますます、マサヨシは緊張する。


「ああ、他の人達は?」


「町で、探ってる。パインをな」


 そうして、突如としてそのワーウルフの目が宙を激しく彷徨ったかと思うと、マサヨシに焦点が合う。


「ツゾだ」


 狼の顔を歪めて、笑う。


「え?」


「俺の名前だ。お前は、マサヨシだろ」


「ああ、うん」


「勝てると思うのか、パインに? ああ?」


 突如としてツゾは激昂する。


 まずい、やはり精神的に不安定だ。


「あのじじいがどんなにやばい奴なのかは知ってる。俺達は小悪党、それでランゴウも大物ってわけじゃねえ。当たり前だよな、大物なら俺達と組むわけがねえ。おい、そんな俺達で勝てるとでも思ってるのか? 俺は、終わりだ。くそっ、他の連中、馬鹿みたいにてめえの話に乗りやがって」


 頭をふって、ツゾはナイフを抜き放つ。


「おい、どうするつもりだよ?」


「お前を殺して、逃げる」


 ツゾはそれだけ言って、距離を詰めてくる。


 交渉術の基本。

 頭に血が昇った相手については、理屈で攻めても意味がない。

 強制的に、頭を冷やさせる必要がある。


「おい、後ろのそいつ、誰だ?」


 マサヨシの言葉に、今にもナイフをマサヨシに突き出そうとしていたツゾは驚愕して後ろを振り向く。

 当然、後ろには誰もいない。ドアも開いていない。


「ああ、ウソウソ。ごめん」


 朗らかにマサヨシが声をかけると、ツゾの目が更に血走り、叫ぼうとするためか胸が僅かに膨らむ。

 その瞬間、


「ところで、逃げるなら、奪って逃げないの?」


 そう、マサヨシが言う。ツゾに関係があるが、しかしツゾが何のことか分からない、本能的に続きに興味を惹かれるような言葉を投げかける。


「……あ?」


 一瞬の沈黙の後、ツゾの口からはそんな声が漏れる。

 風船から空気が抜けるように、ツゾの熱が冷めていくのをマサヨシは感じる。この調子だ。後は、ここから話を続ければいい。


「いや、まず逃げるなら、俺を殺すことないじゃない。一人でさっさと逃げればいいし、その時に奪って逃げればいいのに、しないのかな、と思って」


「何を、だ?」


「金だよ。ランゴウの金。店にどうせ結構金あるんでしょ、金貸しなんだからさ。秘密のアジトとか倉庫もあんたなら知ってるんじゃない? どうせ、あいつと縁を切って逃げ出すなら、わざわざ俺を殺すなんてことせずに、そっちをしたらいいじゃん」


 根が単純なのだろう、その話しているうちに、ツゾはどんどんとその話に引き込まれていき、血走っていた目も幾分か落ち着いてくる。


「そんなことをすれば、あいつは俺を殺す。地の果てまでも追いかけてくる」


「いや、だからさ。その前にあんたの考えではランゴウはパインに殺されるんでしょ? それなら、そうやっちゃった方がいいじゃん」


「ああ、いや」


 迷い。

 それを見て、マサヨシは畳み掛ける。


「ひょっとしたら、ランゴウが死なないかもって、そう思ってるんじゃないの、躊躇うってことはさ」


 無言。

 圧倒的に優位な立場のはずのツゾは、今や弱々しく自分の思考に没頭している。


「じゃあ、いいとこどりしようよ。どっちに転んでも、いいプランだ」


「え?」


 無防備に、ツゾが顔をマサヨシに向ける。

 もう、こうなればいくらでも動かせる。単純な奴でよかった。

 内心、マサヨシはほくそ笑む。


「あんたも調べてくればいい。ランゴウとパインがどうなっているのか。様子を窺うんだ、ランゴウの命令に従っているふりをしてさ。ランゴウが生き延びそうなら、そのままランゴウ派にいればいい。パインがランゴウを潰しそうなら、さっさとランゴウの金を奪って他の町に逃げ出せばいいじゃない。ああ、その時は俺も解放してよ、城にもパインにも顔が利く。役立つはずだよ」


 そこで、マサヨシは忘れずに付け加える。


「ランゴウの金と引き換えにね」


 交渉術の基本。あまりにもうますぎる話は相手も警戒する。相手にウインウインの取引であると納得させることが必要だ。


「お前を、どうやって信じればいい?」


 ツゾはそんなことを、マサヨシ自身に質問してくる。

 大分、参っている証拠だ。


「信じなくていいよ。とにかく、いいか、よく考えてみてくれ。あんたはランゴウとは違う。この町を捨てたって何の損もない。俺を殺す必要もない。これは、本当だろう? もしランゴウが駄目になるなら、そいつの金を奪えばいい。ランゴウがうまくパインを出し抜けるなら、そのまま続ければいい。簡単だろう?」


「ああ、そうか、それでいいのか、だけど、お前を解放ってのは」


「信用できないっていうんでしょ、いいよ、別に、それは気が向いたらで。とりあえず、あんたに必要なのは、ランゴウが生き延びれるのかどうか、調べることだ。ランゴウが生き延びるためには、俺が必要だと思うけどね。俺がさっさとパインに話を通さないと」


 しばらく迷っている様子だったが、やがてツゾは無言で部屋を出て行く。


 一人、残ったマサヨシは大きく息を吐く。

 とりあえず助かったが、時間稼ぎも限界だ。とにかく、パインにさっさと話を通してもらわないといけない。

 その後も困難が連続だ。

 時間を稼ぐためにパインを殺すことをマサヨシが示唆したとランゴウ一味からパインにばれれば、パインの心象は悪くなる。下手をすればそれで消される。それをクリアしても、今度はパインの言う通りに犯罪の片棒を担がなくてはならない。


「早く、まずはこの状況から解放されたいよなあ」


 痛む全身を動かして、マサヨシは縛られている状況を再確認し、ため息を吐く。

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