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「ちくしょう……」


 簡単に地面に叩きつけられ、腕を極められているツゾ。簡単に負けることが分かっているのに、よくもまあ挑むものだとリゼは感心する。ヒーチ相手に暴力で勝負を挑むなど、最初から結果が分かっているだろうに。勝ち筋などない。


「あ」


 そこまで何となく考えていて、リゼはようやくさっきからの違和感の正体に気付く。


「あの、ルオさん」


「はい?」


 微笑み、ツゾが叩きつけられる様を眺めていたルオはゆっくりと顔をリゼに向ける。


「好きなように、カードの順番を入れ替えられたんですよね?」


「ええ」


 きょとんとした顔でルオは見返してくる。


「だとしたらどうして」


 そうだ、だとしたらどうして、そんなヒーチの勝ち筋を残す戦法をとったのか。


「どうして、絶対に負けないように並べなかったんですか? ヒーチさんに弱いカードが、自分に強いカードが来るように並べればよかったのに」


 バンクは結局のところ、いくら技術が卓越していようと、心理戦に長けていようと、弱いカードが自分のもとに来続ければ負ける。そういうゲームだ。そんな風に、強いカード、弱いカード、強いカード、弱いカード……と並べ続けておけば。


「ぬけてるなあ、リゼ」


「いででで」


 ツゾの片腕を捻りながら、ヒーチは呆れた声を出す。


「え、どうしてですか? ああ、フォールドするか勝負を受けるかで順番がずれるからですか? でも、勝負できないようにオールイン戦法を使っちゃえば……」


「そういうことじゃあない。もっと単純なことだ。お前、カードすり替えの話とかを聞きすぎて当たり前のことに目を向けないようになっているぞ」


「え。え」


 助けを求めるようにルオを見ると、ルオは肩をすくめる。


「コイントスですよ」


「え、はい?」


「そうだよ、さっき言ったことをもう忘れたのか? コインで先攻後攻を決めるのは俺がやった。ルオはコントロールできない」


「あっ」


 そうか。先攻のつもりで並べていて後攻になったら、真逆になってしまう。自分の勝ち筋がなくなってしまう。


「けど、それだってゴネて先攻譲れって言ったら」


 何となく、リゼがそう抗ってみると、


「ゲーム開始当初ならともかく、三セット目は一方的にこちらが立場が上というわけではありませんからね」


 ルオが苦笑する。


「なにせ、それまでの2セットで1000枚取られているわけですから。ゴネることはできるでしょうが、泥仕合になったことでしょう」


「そして、ルオも俺も、泥仕合を好まない。そうだろう?」


 ようやくツゾから手を放してヒーチが言う。


「泥仕合の末の、拾ったような勝利じゃあない。自分の能力と意思とで勝ち取った勝利だけを望む。俺もお前も」


 そして、ヒーチはテーブルに飛び乗ると、身をかがめて座っているルオに顔を近づける。


「さて、それじゃあ、そろそろゲームもお開きだ」


「そのようですね」


「どうする、ルオ?」


 その質問に、ルオだけでなく、リゼも、そしてぼやいて腕をさすりながら起き上がっていたツゾすらも怪訝な顔をする。


「どう、とは?」


「俺に金を払って、帰らせるのか?」


「どうしようもないでしょう。なにせ」


 周囲の倒れている男たちを見回してから、ルオは諦めたような力ない笑いを浮かべる。


「この有様です。我がガリイ家は傾くでしょうが、なあに、またすぐに立て直しますよ」


 事も無げにいうその口調からは、強がりではなく本物の自信が感じられる。


「むしろ、ここであなたに負けたことが広く知れ渡った方がいいかもしれません。正直なところ、最近は勝負を挑んでくる人間がどんどんと減ってきておりましてね。ここで手痛く負けた噂が広がることで、かえって勝ち続けるよりも稼げるかもしれない」


「本当にそれでいいのか、ルオ」


 ルオの顔から、ゆっくりと笑みが消えていく。


「どういう意味でしょうか、ヒーチ殿」


「挽回できるだとか、かえってよかっただとか、そんな言葉はまやかしだ。俺たちにとってはな。似ているから分かる。本能的な部分で、俺もお前も、とにかく」


 口の端を吊り上げてヒーチは笑う。


「死ぬほど勝つことが好きで、死ぬほど負けるのが嫌いだ。違うか?」


 沈黙。

 無表情のルオは笑顔のヒーチを冷たい目でしばらく見返した後で、


「おそらくそうでしょう」


 そう、無味乾燥な声色で答える。


「自分が勝つと決めた勝負で勝つためなら、何も惜しくはなかった。放蕩息子と侮られ、場末の勝負で負け続けて嘲られるのも、いずれ勝つために必要だと思えば快感ですらありました。そして、勝つと決めた勝負には勝ち続けてきた。勝って勝って勝ち続けて、金も権力も土地も奪いつくした。だから、知りませんでしたよ」


 ルオは目を細くする。


「本当の負けが、敗北がこれほどまでに不愉快なものだとは」


「似た者同士だ。気持ちは分かる。だがな、ルオ、どうしてお前は、これを敗北だと思う?」


「逆にどう思えと? イカサマを逆手にとられ、大金を奪われ、勝負を反故にしようと暴力を使えば返り討ちにされた。敗北以外の何物でもないですよ」


「ルオ。最初に言ったはずだ。双方の同意があれば、ルール変更は可能だとな。暴力行為があった場合、遡ってそのゲーム全てを無効とする。こんな風に、ルールを変更したっていい。そうなれば、金も戻ってくるし勝負なし、だ。どうだ、敗北じゃあないだろう?」


「おいっ」


 ツゾが激昂してテーブルの上のヒーチに詰め寄ろうとする。


「ふざけんな、一体いくら稼いだと思ってるんだ。王族みてえな生活ができがぁ!」


 そのツゾの頭を棒で叩いてリゼは黙らせる。

 漠然とだが、ヒーチが何を言おうとしているのかが分かったからだ。もしかして、ヒーチは最初から、これを?


「それこそ、まやかしですよ、ヒーチ殿。そんなことをしたとしても、私が負けたという事実は消えません」


「勝負なし、ということになれば後日再戦だ。そこで俺を完膚なきまでに叩きのめして勝利しても、それでもまやかしか?」


 視線が絡む。


「……それで?」


「ん?」


「それで、その条件はなんですか、ヒーチ殿。あなたが、そのルール変更を呑む条件は」


「簡単な話だ」


 どっかと、ヒーチはテーブルの上であぐらをかく。


「反戦派に協力しろ、ルオ」


「やはり」


 間髪入れずに、ルオは息を吐く。深く長い息を。


「やはり、そうでしたか」


「気づいていたか?」


「勘のようなものでしたが、ね」


 やはりそうだ。

 リゼは息を呑む。

 ただ金を勝ち取るだけじゃあない。ヒーチは、ルオを反戦派に引っ張り込もうとしている。


「資金難なんだよ。実際のところ。大金を一気に手に入れるよりも、持続的な資金源が必要だ。お前が、それになってくれればな」


「ヒーチ殿」


 今までに見せたことのない、嘲るような笑みを浮かべるルオ。


「狂気的なまでに戦争を熱望する『勝ち戦の姫』に牛耳られたアインラードで、反戦派に与するなど自殺行為だ。現に、反戦派に与していた者はほとんど根絶やしにされた」


「ほとんどな。ここに生き残りがいる」


「俺は違うぞ」


 ツゾが吠えるが、誰もが無視する。


「つまり、風前の灯火ということでしょう、ヒーチ殿」


「確かにな。戦争賛成派と戦争反対派のパワーバランスは、アインラードの実力者の中では、100対1といっても、少し反対派びいきなくらいだ」


「誰もが、戦争が起こる前提で動いています。商売人も、政治屋も、貴族連中も、誰も彼も」


「だからこそ、逆に賭けて当たればでかい。総取りだ」


「当たれば、ね。リターンが大きいからという理由だけで勝算のない勝負には挑みませんよ。一体、戦争反対派のどこに、私が命懸けで協力してもいい、と思わせる要素がありますか?」


 未だに嘲笑を隠さないルオに向かって、怯むことなくヒーチは不敵に笑みを深めて、


「決まっているだろう、ルオ。それはもちろん、俺が、ヒーチが反戦派にいるって一点だ。それ以上の判断材料が必要か?」


「……」


 黙り、嘲笑を消したルオは目をつむる。

 そして、次に目を開いた時には、そこに浮かんでいるのはさっきまでの嘲りの笑みでも、柔らかい微笑みでもない。

 獣のような牙を剥いた笑み。それをリゼは何度か見たことがある。そう、ヒーチのものに似た、とてもよく似た笑みだ。


「オールイン、といきましょうか、ヒーチ殿。一蓮托生ですね」


「後悔はさせんさ」


 笑うヒーチと、同じように笑うルオは、テーブルの上と椅子に座った状態という位置関係にありながら、どちらからということもなく手を握り合う。


 気が抜けて、リゼはよろける。

 終わった。ようやく、この勝負が。

 もっとも、こんなことを思っているとしれたら、ヒーチに文句を言われるのだろう。これが、始まりなのだと。ルオの資金を使って、父の人脈を蘇えらせていく。まずはそこから。

 そこから反戦派の組織づくりが始まる。気が遠くなるような話だ。

 けれどそれでも。


 テーブルの上にあぐらをかき笑っているヒーチを見て、リゼはくすぐったく思う。

 けれどそれでも、ヒーチがこちら側にいるならば、負ける気はしない。

次でこの番外編はエピローグで終わりです。

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