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この『ペテン師』ですが、3/17に書籍化します。買っていただければ幸いです。
それに伴い、ユーザーネームとタイトル変わってます。混乱した人はすいません。
「こうしてルオの思い通りに3セット目が始まった。おまけに、俺はシャッフルとカットをルオに譲った。カードを俺が選ぶのと引き換えに、という形でできるだけ自然にな」
「畜生。やったやったと喜んだのが馬鹿みたいだ」
ヒーチの説明は続く。
自棄になったのか、それともこっちが素なのか、ルオの口調は変わっている。笑いながら悪態をついている。
「ルオの計画通りに進めさせてやるのがそもそもの俺の目的だからな。計画通りにいかず、アドリブで別のイカサマをされたり実力勝負された方が不安だ。シャッフルとカットをルオに完全に任せることで、俺は」
「まさか」
信じられず、思わずリゼは口をはさむ。
「まさか、ルオの思い通りにカードを並べさせたって、そういうことですか?」
「別に自信があったわけじゃあない。それが必ずできるとはな。ただ、百戦錬磨なんだ。それくらいの芸、できてしかるべきだろ? 二十枚程度のカードなら……」
「四十枚であろうと、自然にシャッフルするように見せかけて思い通りの順番に並べられますよ。そういう練習を暇を見つけてはやってきましたから」
ルオはにやにやと笑っている。だが言っている内容はすさまじい。
「あれ、でも」
リゼはすぐに話の妙な点に思い当たる。
「先攻後攻は、コイントスで決めてましたよね? ひょっとして、あのコイントスも仕組んでいたんですか?」
「まさか。そんな面倒はことはしない。ルオからすれば、順番がどうであろうと関係ないだろうしな。だろ?」
ヒーチの言葉にルオは黙って肩をすくめる。
「どういう意味ですか?」
「ん? ええっとだな」
ヒーチはテーブルの上に実際にカードを並べながら解説を始める。
リゼだけではなく、ツゾもそれを覗き込む。
「たとえば、こんな風に並べる。弱いカード、強いカード、弱いカード、強いカード、それから」
中指と人差し指で挟み、ヒーチはそのカードを掲げる。
「キーとなる『1』だ」
それらのカードを、左から順番に並べていく。
「これは左から順番に上からのカードだと思ってくれ。例えば俺が先攻だとする。そうすると俺が取るのはこのカードだな」
ヒーチは「4」のカードを指さす。
「ポイントは、俺は裏から印でこのカードが弱いと引く前から分かっているということだ。当然、俺は最低金額をベットする。それから引く。で、次に引くのはルオだが」
次のカード、「15」のカードに指を移してから、
「次のルオはこれをフォールドする。別にフォールドしてもそんなに痛手はない。最低金額の半分を支払うだけだ。そして、自分が親になってこのカードを引く。強いカードをな。親としてこの強いカードを持つことになる。その場合には俺が勝負を受けてカードを引くことができないよう、ルオはオールインするはずだ。俺は相手のカードが強いことも」
ヒーチはさらに次のカードに指を移す。「3」だ。
「その下にある自分のカードが弱いことも知っているわけだ。印が読めるからな。で、俺はフォールドする。そうして次のセット、俺がこの弱いカードを引く。最低金額でな。そうするとまたしても下にあるのは強いカードだ。最悪だな」
指は「18」のカードを指している。
「ルオはこれを引いてレイズしてくる。俺はフォールドするしかないわけだ。これまでどんどん金が削られて俺は追い詰められている。そんな中で、俺は狂喜乱舞する。何故なら、次に親のルオが引くカードが……」
ゆっくりと、指は最後のカード、「1」を指す。
「こんなシナリオだな。大体、この通りだろう? 俺が先攻のパターンだと」
「心の中を読まれているようで気分が悪いですよ」
言葉とは裏腹にルオは楽しそうだ。
「でだな、リゼ、これは俺が後攻の場合も大して違わないんだ。俺が後攻だとすると、まずはルオはこのカードを親として引くことになる」
指を一番左の「4」のカードに戻す。
「最低金額のベットになる。まあ、なんだかんだと理由をつけての最低金額だ。ルオは、俺に自分も印を読めることを悟られるわけにはいかないからな。で、俺は自分の引くカードが強いことも、相手が持っているカードが弱いことも分かっている。当然、オールインして引く。ルオはフォールドだ」
ヒーチの指がするすると「15」そして「3」と滑っていく。
「そのセットが終わると、今度は俺が親だ。そして俺は親としてこの弱いカードを引く。ルオは強いカードを引いて、オールインしてくる。俺はフォールド。そら、そうしたら次に親のルオが引くのは……」
再び、ヒーチの指は「1」に向かう。
「どっちにしろ、毟り取られた俺が、ヒーチが親として『1』を引くのに狂喜乱舞するって重要なポイントに辿り着くことに変わりはないってことだ。そして肝心なのは、この『1』が実は」
ぽん、と「1」の上に「20」のカードが重ねられる。
「入れ替えられたカードだってことだ。ルオがあらかじめ仕込んでおいた、裏の印を読むと『1』だが、実は『20』のカード。俺が喜び勇んでオールインしたら、そこでゲームオーバーって筋書だ」
何だろうか、何か、とてつもなく違和感がある。リゼはむずがゆくなる。うまく思いつけないが、何かこのヒーチの説明には不自然な点があるように思える。
「あ、あのお」
気づけばリゼは口を出している。
「ん?」
「ええと」
だが違和感は具体的にならない。
「もし、カードの入れ替えにヒーチさんが気づいていたら、とか、思わなかったんですか?」
結局、そんなことをルオに質問してしまう。
「無数に持っていたカードのうち半分の、それも『1』と『20』のカードだけを入れ替えましたから、事前の軽いチェックの中で発見される可能性は低いと思っていましたよ。そもそも、今までの経験上、仕込んだカードを持ち込む相手ほど、自分の持っているカードのチェックはおろそかになりますね。自分がイカサマをしている罪悪感からなのか、カードをチェックするよりも私がどんなイカサマをするのか、自分のイカサマが見抜かれないかとそのことだけに注力する傾向があります。それから、新品のカードだと偽装しているので、箱から出してチェックするのには慎重と時間を要するので、それもネックのようですね。もっとも、ヒーチ殿のように、そもそもホテルですり替えられるのだ、と事前に予測している相手には関係ないことですが」
「え、ええ」
だが、違う。訊きたかったことはそんなことではない。
そう思いながら、リゼは曖昧に頷く。
「さて、ここからは私が質問してよろしいですか?」
ルオの提案に、ヒーチは鷹揚に頷く。
「もちろん。ここから先は、俺が仕掛け人だものな」
「では遠慮なく。あなたが私のイカサマを見抜いて『20』のカードをフォールドした。そこまでは分かります。私も大分動揺しましたがね。しかし、その後もあなたはフォールドを続けた。しかし、あれは、あなたは勝っていたはずです。フォールドする必要など、なかった」
リゼも思い出す。
そう、確かにヒーチのフォールドでルオは動揺した。だが、一度目はそれでも持ちこたえていた。その後にもフォールドが続く中で、ルオはあからさまに動揺を酷くしていった。
「あれには三つの意味があった。一石三鳥だな」
「は?」
「え?」
「あん?」
ルオ、リゼ、そしてツゾが一斉に疑問の声を上げる。
「ああ、通じないか。一度で三つの働きがあるという意味だ」
そしてヒーチは三本指を出して、一本一本折り曲げていく。
「一つ目は、保険だ。さっき言ったように、入れ替えるカードの枚数も種類も限られる。おそらくは『1』と『20』に細工する。だがそれはあくまでも予想だ。ルオがもう数枚カードを入れ替えていても何も不思議はない。それに、例の『1』に見せかけて『20』のカードが出るまでの間はカードが入れ替えられていることに気がつかれないようにしなければならないが、それ以降はどうでもいいはずだ。そこで勝負が終わっているはずなんだからな。つまり、それ以降のカードの『印』と数字が一致している保証がない。だから、勝っていると読めてもフォールドするしかなかった。これが一つ目」
表情を消して観察するような目をルオに向けて、
「二つ目はルオを動揺させるためだ。必殺のはずの一手、偽装した『20』のカードをフォールドされてショックを受けたルオを、更に予想外の行動で揺さぶる。仕上げのためにはルオに隙ができることが必要だったんだ」
三つ目、とヒーチはまた笑顔を見せて、
「当然、この先の展開が分かっているならどうしてフォールド連続で自分のバンクを削っていったのか、もう、分かるよな?」
「無論です」
ほう、とルオは溜息をつき、
「つまり『ダウト』によって、バンクを入れ替えるためですね。その時に、あなたのバンクが少なく、そして私のバンクが多いほど、効果的になる」
「そういうことだ」
「待ってください。あの『ダウト』は、そもそも、どうして……」
口を出すリゼに、
「別にタネは簡単だ。これだよ」
ヒーチはゆっくりと右手を上に掲げる。その手には何もない。だが、右手で指を鳴らした瞬間、
「え」
リゼは目を疑う。
その右手には、いつの間にか一枚のカードが握られている。
「ほう、鮮やかなものですね」
ルオも感嘆する。おそらく、本心からの。
「芸だ。手先の器用さと、練習をすれば誰でもできる。俺は、ハンカチをわざと受け取り損ねてテーブルの下に落とした。そのハンカチを全員が無意識に目で追っていた瞬間」
ヒーチはテーブルに並べてある「4」のカードの上に、その手に出現していたカードを重ねる。裏返して。
「こうやって重ねてやっただけだ。単純な技術の問題だよ」
「ヒーチさん、そのカードって、一体?」
「これは『20』のカードだ。そういう印をつけている」
そのカードを指で叩きヒーチは続ける。
「オールインして、このカードを見せつけた後で、俺はゆっくりとカードを引いた。その意味が分かるか? メッセージだ。要するに、こういうことだな。俺は今、カードをすり替えたぞ。最強の『20』だ。そして、お前がすり替えに気づいたことも、お前が印を読めることも全部知っているんだ、てな」
「そして、私には逃げ道を用意した」
ルオが呟く。
「ああ。意味ありげに、前々から『予言』だってことで伝えておいた。このまま、互いに印を読みあい、すり替えを使い、暴力を含めた何でもありで勝負を続けるのか。それとも、ここで手打ちにするのか、つまり三セット目は最終的にお互いに五千枚の元のバンクに戻って終わるか、って二択だ。俺は予言を推してたんだ。お互いにハッピーだろってな。覚えているか?」
「ええ、確かに、言ってましたね、ヒーチさん」
確かにあの予言はおかしいと思っていた。リゼは頷く。
「……私はそれに乗った」
独り言のようなルオの言葉。
「俺の誘導の通りにな。そして、悪いが俺は予言を自分から反故にしたわけだ」
くるり、とヒーチは指でカードを裏返す。『20』の印がつけられているはずのそのカードは、『1』だ。
「これで、おしまい。何か、まだ訊きたいことはあるか?」
「……ええ。そのカードの話です。なるほど、技術があればカードをぱっと取り出して一番上に置くことくらい簡単でしょう。しかし」
ルオは目を細める。
「そもそも、そのカードはどこに?」
「俺が袖の中とか、服の裏に忍ばせていた。それじゃあ納得できないか?」
「できませんね。あからさま過ぎてそんな手を使う相手が最近はいませんでしたからやりませんでしたが、ゲームの前に身体検査をされたらその時点でアウトですよ? そんな危険を冒しますか?」
「ま、そりゃあそうだな……俺は、お前が入れ替えたカードを使うように誘導しながら、それを破る方法を考えていた。やっぱり、一番楽なのは逆手に取る方法だ。その意味で、カードを更に入れ替える、つまりゲーム外から別のカードを持ってくるのは必須だった」
だが、どうやってそれを持ち込むのか。
「だから、仲間を使ったよ」
「え」
「ほう」
思わず声を漏らしたリゼに、ルオはすっと目を移すが、
「そっちじゃない。仲間、って言ったのが悪かったな。嘘をついた。捨て駒毛玉だ」
リゼとルオの目線が何故か不敵に笑っているツゾに向く。
「へっへっへ、そうだぜ、今回の功労者は実は俺だぜ」
「嘘でしょ。ヒーチさんがボクよりもこんな餅狼を頼りにするなんて」
呆然と、リゼの口から本音がこぼれる。
「それで、君は一体どんな役割をしたんだい?」
ルオがそう問いかけると、ツゾは首を傾げる。
「さあ、なあ。俺が言われたのはただ、合図をしたらトイレに行けって話だったぜ」
「あ」
そうだ。リゼは思い出す。突然、ヒーチが「どうした?」と言い出して、それにツゾが「トイレに行きたい」と答えた。あれは、様子がおかしいツゾに気づいてヒーチが声をかけたのだとばかり思っていたが、逆だったのか。
「しかし、彼がトイレに行ったからといって、一体何が? 何もできないように、ボディーガードに監視させたはずですが」
「ツゾがトイレに行くこと自体には大した意味はない。どうせ警戒されるだろうしな」
「つまり、陽動だと? 彼がトイレに行っている間に、この場で何かをする……そういうことですね?」
「そこまで読み切るだろうと思っていたよ。現に、ツゾがトイレに行っている間、俺の挙動を一段と警戒していただろう、ルオ?」
「ふむ。そこまで読み筋だったと?」
「裏の裏、くらいまでは読んでくると思っていた。ただそれだけのことだ。だから、そこも外した。俺はな、警戒が解かれた瞬間、つまりツゾが何の問題もなく戻ってきた瞬間に勝負をかけるつもりだったんだ。俺にとっての懸念は、何とか三セット目に入る前にツゾが戻ってくれるかどうかだった。だから益体もないことをべらべら喋って二ゲーム目を引き延ばしていたんだ」
ツゾが戻ってきた瞬間? リゼは首を捻る。何か、あっただろうか?
確か、戻ってきたツゾにヒーチが……
「あっ、見回りを頼んでた。あれですか?」
勢い込んでリゼが言うが、
「残念。違う。その少し前だ」
「少し前?」
分からない。まったく分からない。
「少し、前……」
ルオもひげを捻り、考え込む。
「ええっと、何かあったっけか?」
当のツゾも思い当たらない様子で、唸っているが。
「だって戻ってきたら、すぐにヒーチの野郎に『球みたいだ』ってふざけたこと言われてよ、で、肩をぽんと叩かれて『見回りしろ』って言われただけで……」
そのツゾの独り言に、ルオが、そしてリゼが反応してツゾを凝視する。
ああ。リゼは言葉にならない言葉を内心に渦巻かせる。まさか。
肩。
「ん、あ?」
凝視されていることに気づいたツゾは、しばらくぽかんとしていたが、やがて目を丸くして、次に顔をしかめて、やがて怒りで両目を吊り上げてヒーチを睨み付ける。
「おい、嘘だろ、マジかよ。ヒーチ、てめぇ」
言いながらツゾは全身をかきむしる。もこもこの巨大な毛玉のようになっている全身を。
「ああ、そうだ。前日から、お前のふかふかの毛に挟み込むようにして、十枚以上カードを埋め込ませてもらった。ツゾ、お前の唯一と言ってもいい優れているところはな、ふかふかの毛並のおかげで、小物をいくらでも収納できるところだな」
「ふざけんな! もし俺が身体検査されてカード見つかってたらどうすんだよ!」
「心配しなくても、ゲームをプレイせずにテーブルにも近づけないお前が毛と毛の間まで調べられることはほとんどない。もしされてカードが見つかっても、俺は知らぬ存ぜぬでお前が処刑されて終わりだからゲームの進行自体には問題ない。よかったな」
「よくない!」
怒鳴るツゾがヒーチに飛びかかり、そしてあっという間に制圧されていくのを、ルオとリゼは唖然として眺めることしかできない。