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 意味が分からない。

 それがリゼの正直な感想で、二人のやりとりをただぼうっと眺めておくことしかできない。

 だって、それはそうだ。そんなわけがないから。イカサマを仕込んだカードを使っていたのは、こちら側だ。こちらがイカサマのカードを準備して、それを使ってゲームを行うように画策したのだ。まるきり、話が逆だ。


「……どこで気づきました?」


 口ひげをひと撫でして、ルオはそう訊く。その態度には虚勢も驚きもなく、ただの確認作業をしている役人に似ている。


「私はミスをしていましたか?」


「まあ、ミスとも言えないミスだが。いや、単純なミスというより勇み足か。順を追って話そう。俺が捨て駒としてそこの毛玉スライムを送り込んでルオ、お前に勝負を挑ませた時、その時点でお前は相手が捨て駒だということに気づいていたな?」


「え、マジかよ?」


 仰天するツゾを愉快そうに緩ませた目で見てからルオは答える。


「確かに。それはそうでしょう。少し前ならともかく、今の私にわざわざ勝負を挑むのは余程の腕――イカサマも含めてね、その腕のある者か、金がたっぷりとあって同じくらいに自尊心もある貴族連中くらいだ。偶然何かで大金を稼いだ流れ者が、その金を賭けて勝負を挑んでくるわけがない」


「当然、そうだろうな」


「ということは、あなたは、それをこちらが見抜くことも計算のうちだったわけですね、ヒーチ殿」


「まあ、な。その上で、ツゾをどう扱うか知りたかったんだ」


「ふふ」


 ルオは思い出し笑いなのか、少しだけ笑い声を上げて、


「端的に言って、ボロボロに打ち負かしてやりましたよ。持てる限りのイカサマのテクニックを使ってね。一種類じゃあありません。ありとあらゆる方法を使って全財産を巻き上げてやりました。それから挑発もしました。暴言を吐いたりね」


「てめえ」


 思い出したのか、ツゾは怒りで牙を剥き出しにするが、


「ほらほら、こうなる。すぐに頭に血がのぼるタイプだとは想像がついたので、こうやって激昂させて、裏で操っている黒幕の情報をこぼさせようとしたんです」


 そうルオが言うと、怒っているのが恥ずかしくなったのか唸る。


「それで、実際に情報は手に入れたのか?」


「彼は言わなかったんですか? ヒーチ殿、あなたがバックにいるということは既に聞いていましたよ」


 はっとリゼは息を呑む。

 信じられない。見れば、ツゾは目を逸らしながら「あれ、そうだったっけ?」とあからさまにとぼけている。今の今まで、きまりが悪くてヒーチに言うことができなかったのだろうが、それにしてもなんて使えないスパイ役だ。


「へえ、それはそれは。そこまで言われるとは正直想定してなかったな」


 呆れたヒーチの口調から、ツゾへの怒りは感じられない。

 横で聞いているリゼははらわたが煮えくり返っている。どうしょうもない獣人だ。


「ですが、これが私のミスにつながった、どうやらそういう話らしいですね?」


「そうだな。より正確に言うと、挑発だ。挑発の文言が悪かった」


 挑発の文言?

 リゼには意味が分からない。


「ツゾからの又聞きだから正確ではないかもしれないが、ええと、確か、こうだ。『帰り給え、汚らしい狼君。君にはゲームの才能がないよ』どうだ?」


「確かに、そのような意味の挑発をした覚えはありますが。それが――」


 はっと、ルオは息を呑む。

 だが、その意味がリゼには分からない。単なる暴言にしか思えない。一体、これがどうしたというのか。


「ただの比喩表現だ。実際に汚いわけじゃあなくて、身分の低さをからかっただけだ。そう考えることもできなくはない、が。やはり不自然だ。そうだろう? なあ、リゼ」


「え?」


 まだ、よく分からない。


「出会った頃ならともかく、今のツゾを見て汚いと思うか? 先入観を捨てろよ。今、初めて出会ったと思え」


 そう言われて、リゼはまだきょとんとしているツゾを見てみる。

 ふわふわで、汚れひとつなく、柔らかそうな毛並。まるで巨大な毛玉のような。


「あ……」


 思わず、リゼは声を漏らす。


「初対面でこんなヤツが勝負を挑んできたなら、俺なら別の暴言を吐くな。それこそ、毛玉饅頭とか、狼餅とか、まあ、色々な。重要なのは、だ。こいつを見て汚いという印象を受けるのは、この状態じゃあない、元々の汚れていたこいつの姿を見たことのある人間しかありえないんじゃないか。俺は、そう推測したということだ」


「なるほど」


 ルオは魂を吐き出すような、長い、長い溜息を吐く。


「激しやすいと見て、調子に乗っていたのかもしれません。挑発が過ぎましたか。口を滑らせるとは」


「さて、ここからは未だに俺も推論だ。できれば正解不正解を教えて欲しい。薄汚れていた本来のツゾを確認できたのはどのタイミングか。これが、元々ベルンにいた奴で俺に近しいなら、まだ分かる。例えば近場の『餌』、つまり地位か金を持っている連中をリストアップして、その周辺人物を押さえとくくらいできそうだ。だが、ツゾは数日前に俺と出会った流れ者だ。だから、その線はない」


 だとすれば、ツゾを見たタイミングは。

 ようやく、リゼも話がどこへ向かおうとしているのか、薄々ながら見当がつく。


「じゃあ、ルオ、お前の支配している地域、アレマスに入った時か。だが、ツゾは貴族でも金持ちでもない。お前が言った通り、その時点では薄汚れた獣人の流れ者だ。見た目からは特にお前にとって注意すべき男だとは思えない。アレマスに入る者を一人残らず、全てお前が把握していると仮定しないと、そんなナリのツゾの情報がお前まで上がることはない。そしてもちろん、その仮定はさすがに無理がある。だろう? 特に交易で発展しつつあるんだ。人の出入りはかなり激しい。その人間の情報を全て管理するだけでも大国の諜報機関レベルの組織力がいるだろうし、おまけにその情報を全て直接お前が管理しているのだとしたら、ルオ・ガリイという男は優秀な人間数百人分の情報処理能力を有していることになる。まあ、あまりこれも考えられないセンだ」


「ならば?」


 続きを促すルオの目には面白がるような色がある。


「ならば、どこでそこのツゾ君の情報を手に入れたと?」


「もう一度考えてみよう。ツゾの情報を手に入れた手段は、当然ツゾだけじゃあなく、普段からお前が勝負に際して使っていた手段のはずだ。つまり、金持ちや名士、貴族連中がアレマスにやってきた時に情報を入手する方法と一緒ということだ。だがアレマスに入る人間の中で勝負の相手になりそうな奴をピックアップして調べておくという手段じゃあない。それなら、ツゾはそれに入らない。逆に考えよう。金持ちや貴族といった奴らだけを網にかけるいい方法があったとする。その網に、ツゾがかかってしまったとしたらどうだ? 本来ならかからない網だからこそ、ツゾは異分子だ。目立つ。それなら、ツゾの情報がお前に入るのも分かる。じゃあ、何だ? 本来なら金持ちや貴族だけの網で、勝負までの間にツゾが不相応にもかかってしまった網。そんなものがあるか?」


 ある。それを、知っている。

 ごくり、とリゼは唾を飲み込む。


「大金を払わないと宿泊できないホテルだ。『アレマス・ソチェア』。お前がオーナーで、最高級のホテルだからこそお前に勝負を挑むような連中の大半はそこに宿泊するパターンが多い。あのホテルの宿泊客のうち目立つ奴がいないかと目を光らせているなら、ツゾが目についても何も不思議はないよな、ルオ」


「最高級ホテルなので、彼のような客は目立つ。それにしても、うちのホテルでこんな風にふっかふかになるとは」


 苦笑してルオは傍にいるツゾを見上げる。


「飲み放題の酒を飲んで泥酔していたらしいが、ああ、これはそこまで自信がある話じゃあないが――」


「正解です、ヒーチ殿。これは、と思う客には、酒に薬を混ぜていましたよ。何があっても、次の日の朝まで起きることができなくなるようにね」

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