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 ロープを見つけると、それを倒れている男の一人の剣を使いちょうどいい長さにカットしていく。そうしてそのロープで倒れている男達の手足を縛りあげていく。

 ヒーチはそれらの作業を非常に手際よく、そういう仕事を長年しているかのようにスムーズに行っていく。

 ルオも含めて全員の手足を縛ると、ようやくほう、とヒーチは一息つくと伸びをする。


 縛る前に目が覚めたら、その瞬間にもう一度頭を棒で殴ってやろうとずっと身構えていたリゼも、ようやく棒を下ろすことができて体の力が抜ける。


「お疲れさん」


 にっとヒーチは笑い、例のクルミ壺を片手で担ぐと元のテーブルにどっかと腰を下ろす。


「さて、ここに並んでいる金を全部持っていけば、それなりの財産はできるな」


 札束を無感動に眺めて、ヒーチが言う。


「盗人ですよ、ただの」


 リゼの注意に、


「まあ、な。そんな方法で金を奪うつもりなら、そもそもこうまで面倒なことをして勝負してない」


 あくびをして、ヒーチは足を組む。


「リゼ、じゃあ、どうすればいいと思う?」


「えっ」


「お前の意見を聞くよ。この場にいる全員を殺して、テーブルの上にある金だけじゃあなくて根こそぎ奪うか? それとも、これから先にルオとトラブルになることを覚悟でルオの奴をたたき起こしてみるか?」


「う、ううん」


 そう言われると弱い。

 リゼにしても、ここからどういう風に持っていけばいいのかいまいち分からない。事態がこうなれば何でもできるような気もするが、逆に追い詰められているような気がしないでもない。


「そうですねえ、元々、僕たちの活動資金が欲しい、ってことからこの話は始まってますから」


「ああ」


「盗んだみたいになってルオに目を付けられても活動に支障をきたすし、かといって殺しちゃうなんて問題外です。一番いいのは、やっぱり」


 馬鹿にされたり、見下されることを覚悟で、リゼは言う。


「仲間に引き込むことです」


「ほお」


 少しだけ目を見開き、ヒーチは頷いて続きを促す。


「ルオが協力者になって、これから資金や人脈、情報を提供してくれるならば、ここでたとえ皇帝紙幣一万枚を手に入るのと比べても比べ物にならないほどの成果です」


「確かにな。だが、問題はルオが俺たちの協力者にはなりそうもない、という点だ。違うか?」


「もちろん。ですが、それでも道理を説いて志を見せて、仲間に引き込むべきです。そこの金を奪ってここから抜け出したり、ましてや殺してしまうなんて、それは」


 リゼの脳裏に一瞬だけ蘇るのは、血まみれで倒れている家族の姿。


「それは、僕たちが打倒すべき、敵と変わりありませんから」


「だとよ」


 椅子の背もたれを軋ませながら上半身を逸らして、ヒーチは『そちら』を向いて声をかける。


「よかったな、ルオ」


 はっと息を呑みリゼが慌てて棒を構えてそちらに向き直ると、両手両足を縛られたままでルオが上半身を起こしているところだった。


「気付かれていましたか」


 ルオはふっと毒気の抜かれた笑みを浮かべている。


「手ごたえが軽かった。というより、自分で言っていたじゃあないか。魔術で殴られてもダメージが少ないと」


「とはいえ、あんなスピードで顎を打ち抜かれてはね。さすがに気が遠くなりましたよ。他の連中のように完全に気を失いはしませんでしたが」


「気絶したふりとは、姑息だな」


「というより、どうしていいか分からなかったというのが正しいですね。気を失っていなかったら、更にもう2、3発殴られるだけでしょう。逆転の目はないですし」


「だ、そうだ。とりあえず得物を下ろせ、リゼ。なあに、何かするつもりなら、それよりも早く俺が殺すさ。とりあえず、そうだな、さすがにその恰好のままじゃあ話しにくい。リゼ、お前、ルオを抱えられるか?」


「無理に決まってるでしょ」


 少女のルオに、中肉中背の成人男性を持ち上げろとは無理を言う。


「じゃあ、しょうがないな」


「ヒーチさんが抱え上げればいいでしょ」


「嫌だ」


「そんなはっきり……」


「あそこの平べったくなってる毛皮みたいなの起こせよ。他の連中よりは安全だろ」


 そこでようやく、どうしてヒーチがツゾを縛っていないのかリゼは思い当たる。


「ああ、雑務は全部奴にやらせるつもりですね」


「裏切ったんだから、奴隷のようにこき使わせてもらうよ」


 ヒーチとリゼのやり取りを、興味深そうにルオは両手両足を縛られ床に座ったままでじっと見ている。


「それじゃあ」


 と、リゼは床でぺたんと広がって絨毯のようになっているツゾの頭を棒でつつく。


「んん」


 唸るだけでツゾが起きる様子がないので、リゼはツゾの額を棒で叩き始める。


「む、ぐ」


 それでも起きないので、どんどんと叩く力を強くしていく。ごつ、という音が響くくらいに強く叩いたところで、


「うおっ、何だ」


 突如としてツゾは飛び起きる。


「あ、起きた」


「ん、何だ、何が起きた? あれ、おいガキ、俺はどうして……」


 そこまで一息で言ってから、唐突にツゾは頭を抱える。


「あれ、なんだ、痛い、頭が痛い。凄い痛い」


「大丈夫?」


「いててて、何だこれ」


「寝すぎたから頭痛がするんだろ。ちょっと動けばどうだ?」


 椅子に座ったままでヒーチが助言する。


「うう、いや、頭痛かこれ? どっちかというと額が痛いんだけどよ……それに記憶も曖昧だし。どうなったんだっけ?」


「勝ちましたよ、ツゾ。だから、そこに縛り上げられているルオを抱き上げてくれません?」


「ん、ああ! なんだこりゃ?」


 そこでようやくツゾは周囲に男達が倒れていることに気付いたらしく、目を白黒させる。

 どうやら本当に記憶が曖昧なようだ。自分が人質にされたこともあっさりと裏切ったことも覚えていないとは。リゼはうらやましくなる。


 未だ混乱している様子ながら、ツゾはルオをひょいと抱え上げる。


「俺の向かいの椅子に座らせてくれ。ああ、丁重にな」


「うるせえな、お前がやれよ」


「嫌だ」


「ったく」


 ぶつぶつと文句を言いながら、ツゾはルオをヒーチの向かいの椅子にゆっくり降ろす。


 ルオは薄く笑い余裕のある態度を崩さぬままで、大人しくツゾにされるがままになっている。


 そうして、ヒーチとルオは向かい合わせに座っている。さっきバンクを二人で勝負していた時と同じように。テーブルの上に札束とカードがあるのも同様だ。違うことと言えば、ルオの両手両足がロープで縛られているくらいだろうか。


「さて、と」


 ヒーチは目の前のルオに目を据えて、ゆっくりと上半身を前に寄せる。


「話をしよう、ルオ」


「構いませんが、どんな話を?」


 首だけを最大限動かし、ルオは周囲を見回す。


「もう、この後でバンクを続けるわけにもいかない。こちらの命運はヒーチ殿、あなたが握っている。ゲームで負け、勝敗をひっくり返すための暴力でも負けた。そして今、命は風前の灯火だ。ヒーチ殿、あなたと話すべきことが残っているとは思いませんが」


「心配しないでも、こちらとしてはあそこのリトルレディーが殺すな奪うなとうるさいんでな、乱暴な手段に出る気はない」


「彼女の」


 ちらりとルオがリゼに目をやる。


「言葉に従うと?」


「一応、リゼと俺とは対等な立場なんだ。彼女の家の残した人脈なんかを使うつもりだし、彼女自身、なかなかの人物だ。考慮はするさ」


「彼は?」


 ルオが傍に立っているツゾに目を向けると、


「そいつは奴隷だ」


「殺すぞ」


「さて、リゼはルオ、お前が仲間に入ってくれないかと望んでいる。どう思う?」


「どうも何も、この状況下で断ることはできないでしょう」


「だから問題なんだよ、ルオ。お前の言う通り、誰だろうとお前の立場だったら、うんと言うさ。だが、それで実際に仲間に入った後で裏切られたら目も当てられない」


「ではやはり、殺しますか?」


 物騒なことを言いながらも、ルオの目線、そして口調は柔らかい。


「殺す前に、どうだ、お互いに『答え合わせ』といかないか?」


「それは確かに、興味深い。それをせずに死んでいたら、死んでも死にきれないところでしたよ」


 会話の中に出た『答え合わせ』という言葉に、リゼは思わず一歩前に踏み出し、


「そ、そうです、そうですよ」


 と口をはさんでいた。


「あの、何だったんですか、さっきのゲーム。お互いに、なんであんな無茶な。それに、最後のダウトも意味が解りません」


「はは、いいお客さんもいらっしゃるようですね。そうですね……そこの美しいお嬢さん、リゼさんにお互いに説明して、それぞれが質疑応答していく、という形で話を進めるというのは」


 ルオの提案にヒーチは頷き、


「確かに、それが分かり易そうだ。ああ」


 一度、倒れている男達を見回す。


「彼らが意識を取り戻したら、落ち着いて会話できる状況ではなくなってしまう。まあ、さくさくいこう」





 さっきまでそれを奪い合っていたというのに、今ではまるで興味がないようにヒーチはテーブルの上に置いてある皇帝紙幣の束を手で端によける。


「リゼは、どこから気づいてるんだ?」


 そう問われても、リゼからすれば一体何の話なのかいまいち分からない。


「まあ、そう言われても戸惑うか」


 答えあぐねているリゼを見てふっとヒーチは笑うと、


「このルオという男が、イカサマをしているのは分かっていたのか?」


「ええっ!?」


 思わず漏らしたリゼの驚愕の叫びを聞いて、ヒーチは呆れ、ルオは苦笑する。


「そこからか? あのな、事前に言っていただろう。この『バンク』というゲームは、あまりにも運の比重が大きすぎる。このゲームで百戦百勝なんてありえない。ありえるとしたら、何らかの仕掛けをしているはずだ」


「実際、最近は私に『バンク』を挑む者はほぼ全て、私のイカサマを疑っていましたよ。その疑っている相手を完膚なきまでに叩きのめしてやっていたのですがね」


「ふん、まあ、イカサマを警戒していてもルオがイカサマで勝てる理由は大きく分けて二つだと事前に分析していた」


 一本、ヒーチは指を立て、


「一つ目、あくまでも挑戦者はルオに勝負を『受けてもらう』立場だということ。名を売る前はともかく、今のルオは挑戦を受ける側だ。俺のように地位や建前上はルオの上でも、勝負を受けてもらう以上は無意識にルオに譲歩してしまう部分が出てきてしまう。失礼にあたるほど一挙手一投足を疑うには遠慮がいるし、確固たる証拠もなく問い詰めることもできない」


 そして、周囲を見回すゼスチャーをしながらヒーチは二本目の指を立てる。


「二つ目は、この環境だ。どうしても、ルオのフィールドでゲームすることになる。ルオの屋敷、ルオの用意したテーブル、もっと言えばルオの支配する地域。そこでゲームをする以上、カードやらなにやらとこっちで準備してイカサマを防ごうとしても限度がある」


「で、でも、そんなにイカサマを警戒している相手にいくらなんでもイカサマを仕掛けられますか?」


「全方位を警戒することはできませんよ」


 リゼの疑問に答えるのは、ヒーチではなく穏やかに笑うルオだ。


「仕掛けの方法を一つに限定する必要はありません。いくつか候補を用意しておいて、相手が警戒している方向性での仕掛けは使わず、その他の仕掛けを使用すればいい。そうでしょう?」


「まあ、それをするとこっちにも打つ手がない」


 後を引き取るのはヒーチ。


「全ての準備されたイカサマを予想し、どれがどう使われるか読み、対策を打つ。そんなことはできない」


 こきこきと首を鳴らし、ヒーチはいまだきょとんとしているツゾに向かって片眼をつむってみせる。


「だから、まず、一番得意なイカサマは何か、どの方向からのイカサマかを知りたくてな、それでそこのふわふわ毛玉君に捨て駒になってもらった」


「え、俺?」


「そうそう。俺は、ツゾにまずは勝負を挑ませて、どういう風に負けるかが知りたかった。ゲームの様子よりも、その周辺こそを知りたかった。どうゲームに招待されたかということ、ボディーガードがいること、カードはこちらが準備したものを使えたこと、等々。情報を仕入れるだけ仕入れて、俺は考えた。ルオ、お前の得意技をな。それで、いくつかの予想を立てシミュレーションして、ようやく見抜いた。少なくとも、俺は見抜いたつもりになった」


「是非、聞きたいですね」


 目を涼やかにルオは少し身を乗り出す。


「リゼは?」


 ヒーチが目を向けてくる。


「もちろん、僕も知りたいですよ」


 言うまでもないだろう、と思ったからリゼは黙っていただけだ。


「ツゾは?」


「え、つーか、いまいちまだ今の状況が分かってねえんだけど」


「じゃあ、ツゾには黙っておいてもらうとして、だ。俺の予想が当たっているかどうか、答え合わせといくか」


 喉が渇いたのか、そこでヒーチは一口お茶を含んで、


「最初に考えたのは、ルオが使うイカサマは『相手のイカサマによる優位性を無効化する』ものじゃあないといけないということだ。それはそうだ。ルオだけがイカサマをすると考えるのは都合がよすぎる。相手側だって、隙あらばイカサマを仕掛けてくる。それを正攻法で防ぐよりも、それを利用した方がいいに決まっている。イカサマで夢中になっている相手をイカサマで上回る。イカサマがうまくいって勝てると確信して油断している敵を叩き潰す。そうだろう?」


「なるほど」


 はいともいいえとも言わず、それだけ口にしてルオは続きを待つ。


「じゃあ、相手側が仕掛けてき易いイカサマは何か。こっちが持ち込んだカードを使えるということなら、仕込みカードだ。間違いない。そもそも、プレイする場所がルオのフィールドだという時点で、イカサマを仕込んでいようがいまいが相手方は自分が用意したカードをゲームで使用するよう主張するはずだ。ここから分かることは、ルオのイカサマはカードを使ったものではない。相手がどんなカードを使おうとも問題なくそれを上回るイカサマこそが、ルオの得意技だ。ボディーガードを使った通しか、テーブルに仕掛けがあるのか、それとも指先の技術を使ったイカサマか。ともかく、そういう方向のイカサマだ。そう予想した。どう思う、リゼ?」


「えっ、ど、どうって、それは、さすが、と思いますよ。そうなんだろうと思います」


 馬鹿みたいな感想だが、実際にそう思ったのだから仕方ない。今、ヒーチの話を聞いていると、なるほど確かにその通りだろうという感想しか抱けず、なぜ自分はそういう風に予想を立てられなかったのかと落胆する。


「そう、この考え方は妥当だ。だからこそ」


 にやりとヒーチは笑い、捨てられていたカードを一枚掴みあげると、そっとルオに差し出す。


「だからこそ、逆だ。百戦百勝で有名になったルオに戦いを挑むギャンブルの腕自慢共が、ここまで考えが至らないわけがない。今のルオに挑むのは腕に自信がある連中がほとんどのはずだ。イカサマありきで戦法を考えてきている連中が、ここまで事前に考えて、戦略を練らないわけがない。だからこそ、そんな奴ら相手に勝ち続けるということは、不合理だがこの裏をかいているはずだ。逆。つまり、ルオ、お前が得意とするイカサマは」


「そう」


 そっとルオは差し出されたカードを取ると、ひらひらと振ってみせる。


「その通りです」


「仕込んだカードを使っていたんだな、ルオ」

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