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 いざゲームが始まるか、と思いきやルオはふっとヒーチの後ろのリゼとツゾに目をやる。


「そこのお二人ですが……」


 との言葉に、特にやましいことはないのにリゼはどきりとする。


「ああ、こいつらがどうかしたか?」


「別室に移動させてもらってよろしいですかね?」


「ああ? どうしてだ?」


「別にあなたを疑うわけではありませんが、念には念をいれてということで」


「ははん」


 ヒーチは背もたれに体重を預けると、笑いながら首をぐるりと回す。


「俺がイカサマをするかもしれないと疑っているわけだ。後ろの二人を使って、か。なるほど」


 首を後ろに回してきたヒーチと、リゼは一瞬だけ目が合う。

 そして、その時のヒーチの目にリゼはぞっとする。


 ルオには見えていないその一瞬、ヒーチは笑顔のまま、目から一切の感情を消し去っていた。


「別に構わないが」


 顔をルオに戻す時には、既にヒーチの顔は元のものになっている。


「ただ、こっちには文句を言っておいてそっちは仲間がいるってのは不公平じゃあないか」


 ヒーチはルオの後ろの四人のボディーガードにゆっくりと順番に目を向ける。


「なるほど、これは一本取られましたね。確かに、その通りです」


 一瞬だけ舌打ちでもしそうに顔を歪めてから、ルオは元の表情に戻り言う。


「では、お連れの方々にはそのままで。ただし、ゲームが始まったらこのテーブルにもあなたにも近づくことを禁止します。つまり、その場から動くことを禁じます。よろしいですか?」


「いいとも。どうせこいつらはただの観客だ。なあ、ツゾ、リゼ」


 座ったままでヒーチは上半身ごと振り返る。


「悪いけど疲れたら床にでも座っててくれ。ああ、トイレにいくのくらいは許してやってくれよ?」


 体をまたルオに向けるよう戻してから、ヒーチが許可を求める。


「もちろん。トイレくらいはね」


「なら、大丈夫だ。ああ、ところで当然だけど、そっちのボディーガードもゲームが始まったら動かないってことでいいんだよな?」


「……仕方、ありませんな」


 やれやれとため息をつくルオ。


 それを、表情を消して見ているヒーチ。


 そうか。ようやく、どうして自分たちがここに連れてこられたかリゼは思い当たる。つまり、この流れのためだ。ルオの部下を封じるため。もちろん、こっちから先にルオにボディーガードを動かすなと言うこともできる。だが、さっきも感じたことだが、そもそも立場がルオの方が上だ。そんな疑うような失礼な奴とはゲームをしない、と言い出すかもしれない。だから、リゼとツゾを使って先に向こうに同じようなことを言わせた。短い付き合いだがリゼには分かる。この流れは、ヒーチが意識的に誘導したものだ。


「それでは、ゲームを始めましょうか。カードは……」


「ただでさえ、敵地に乗り込んできてるんだ。カードくらい、こっちのを使わせてくれよ。ああ、もちろん、そっちが納得するように、ほら、新品だ」


 ヒーチは、例の仕込んだカードの入った紙の箱を、テーブルに無造作に積み上げる。


「どうしたんです、こんなにたくさん?」


 思案顔をしてルオが口ひげを撫でながら訊く。


「俺なりの誠意だよ。ほら、新品のカードでも、ゲーム中にこっそりとカードの裏に傷をつけて目印にして、次回以降のセットでデッキの一番上のカードが何なのか分かるってイカサマがあるんだろ? これだけ新品のカードがあれば、セットごとにカードを変えても十分足りる。というか、余るな。まさか、三セットに限るなんて言われるとは思わなかったからなあ」


 いかにも忌々しそうにため息を吐くヒーチを見て、リゼは思わず「うまい」と呟きそうになり慌てる。

 イカサマをしないというアピールだけではない。カードに目印をつけるイカサマを、ゲーム中に傷をつけると限定して紹介した。ルオの頭から既にカードに目印がついているという可能性を無意識のうちに除去するためだ。


「分かりましたよ、まったく。そんなに恨みがましく言わなくても……」


 苦笑するルオは、無数にある箱のうち一つを手に取る。


「では、第一セットはこれを使いましょう」


「ああ、それじゃあ」


「ええ」


 ルオとヒーチは互いに五百枚の皇帝紙幣を場に置く。普通なら五百枚を数えるのにかなり時間がかかるはずだが、ルオもヒーチも機械のような正確な手つきであっという間に五百枚を数え終わっていた。


 ルオは箱の封を切り、どう見ても新品にしか見えないカードを取り出し、他の箱を脇によける。

 慣れた様子でカードをシャッフルすると、それを差し出す。


「カットしてください」


「ああ」


 ヒーチはルオの手の内にあるカードのうち数枚を持ち上げながら、


「ところで」


「何でしょう、ヒーチ殿?」


「確認するまでもないことだけど、双方の合意があれば、ゲームがスタートした後でもルールを変更して構わないよな?」


 そのカードをそっとテーブルの中央に置くと、ヒーチはルオをじっと見る。


「もちろん。二人の勝負ですから、この二人で合意すれば誰から文句を言われる筋合いもありません」


 ルオはまっすぐに見返しながら、ヒーチの置いたカードの上に残りのカードを重ねる。


「そりゃあよかった。あんたが堅物で、いくら自分でルールを変えたくなっても歯を食いしばって我慢するタイプかと思ってたんだ」


「私がルールを変えたいと思うと? どうして?」


「決まっているだろ」


 見つめ合う、というよりも睨み合うようにして、ヒーチは懐からコインを取り出す。


「ルオ、お前が、負けを取り戻すためにゲームを延長したくなるからだ」


 はっと、リゼは思わず息をのむ。そうか。こうやって楔を打ち込んでおいて、最初に大勝してルールを変更させて、当初の計画通りの長期戦に持ち込むつもりか。


「それは、楽しみですね」


「そうだろ?」


 目は鋭いまま笑ってヒーチはコインを高く弾く。


「どっちだ?」


「私は、表」


「じゃあ、俺が裏、か」


 コインはヒーチの掌に落ちる。コインは裏。


「悪いな、俺からだ」


 言うなり、ヒーチは手元のバンクから掛け金を取り出す。


 その額に、リゼも、ツゾも、そしてヒーチの対面にいるずっと余裕ある態度を崩さなかったルオまでもが目を剥く。


 ヒーチは、バンクの全額をテーブル中央に置いていた。


「五百枚だ」


「ばっ……」


 何か、隣のツゾが言いかける。


 何を言おうとしたのか、内容はリゼにも分かっている。それしか言いようがない。

 馬鹿な。

 ひょっとして、目印で一番上にあるカードが相当強いカードだと分かっているのかもしれない。それこそ、二十かもしれない。だが、だからといって、これはない。いくらなんでも、疑われてしまう。


「さて」


 ヒーチは一番上のカードを引いて、その数字を確認する。後ろにいるリゼやツゾにすら分からないように、こっそりと。その表情は一切動かない。確認が終わると、ヒーチはそれをテーブルの上に伏せる。


「そっちだ。どうする?」


 促されても、ルオは黙って場に出されている皇帝紙幣の束を見ている。驚きの表情は消えているが、同時に余裕も消えている。表情を消して、口ひげをゆっくりと撫で続ける。


「……どういうつもりですかな?」


「これ、受けるしかないよなあ、そっちとしては。フォールドして二百五十枚失うなんて馬鹿馬鹿しい。互いに、強いか弱いか分かっていないんだ。自分で言うのもなんだが、隠し事は得意でね、さっきの俺の表情から俺のカードの強弱を読み取ることはできない。そうだろ? コールするしかない。ほら、いいだろ、これは俺なりに気を遣ってやってるんだ。時間ないんだろ。これなら、三セットどころかゲーム自体三回で済む」


「こんなものは」


 ルオの声が迫力を増す。


「私の知っている『バンク』ではありません」


「ただの運任せのギャンブルだな、お互いに。ただ、俺はこのゲームを事前に分析してきたんだ。その分析によるとだな、確かに『バンク』ってゲームは不完全情報ゲームの一種だ。最適解もあるんだろうさ。ただ、それにしたって運の要素が大きい。余程理屈に合わない選択をしない限りは、結局のところほとんど運の勝負になる。どうだ、俺の分析は間違ってるか?」


 ルオは黙って答えない。


「となると、いかにミス、間違った選択肢を選ぶのを減らして、逆に相手にミスさせるかってのが肝になる。それにしたって、相当な長期戦でようやくちょっとした有意差が出るくらいだと思うが。それでだ、完全な運の勝負なら五分と五分だ。この、最初の最初で全額投入っていうのは意外と馬鹿にできない戦法でな、なにせミスのしようがない。大体、このゲームに熟練していて百戦百勝の『勝負師』ルオよりもミスを少なくしようってのが無理がある。それなら、これが一番理にかなってる。で、どうだ、コールかフォールド、どっちだ?」


 もっとも、とぬるりとした視線をルオに這わせてヒーチは続ける。


「さっきも言ったが、フォールドはあり得ない。それこそ、完全な間違った選択だ。あんたが引くことになるそのカードが何なのか、全く手がかりがないって前提の上では、な。そうだろ?」


 唾を飲み込む音。

 自分のものだと少し遅れてリゼは気付く。どういう度胸をしているんだ。つまり、イカサマをしていないならコールしろ、とヒーチは暗に言っている。自分の方がイカサマをして、カードが分かっているにも関わらず、だ。


 ルオは動かない。じっと彫刻のように停止して、何事か考えている。


「そうか、これなら……」


 ツゾが、リゼにだけぎりぎりで聞こえるくらいの声で呟く。


 そうだ。これなら、三セット全てで勝ち続けてもそこまで怪しくない。リゼは納得する。長期的にずっと連続で勝ち続けるならともかく、三回連続で勝つくらい珍しくとも何ともない。そして、この一見無茶な賭け方にも理由があるとヒーチは説明をした。少なくともリゼからすれば十分に納得できる説明を。これなら、自然に大勝してから長期戦に持ち込める。

 完全に、こちらのペースだ。


 だが、ルオの一言で、


「……フォールド」


 そのリゼの高揚した気分は打ち砕かれる。馬鹿な、そんなはずは、ない。


「何?」


「フォールドです」


 ルオは、正確な手つきで紙幣の束をヒーチに放る。


 ヒーチは顔をしかめながらも、その束を指で撫でるようにして、


「……確かに。二百五十枚、もらった」


 自分のバンクへとその束を放る。


 ノーリスクで敵のバンクの半分を勝ち取ったというのに、ヒーチは苦々しく唇を歪める。


 一方で、一瞬のうちにバンクが半分になったにも関わらず、ルオの顔には笑みと余裕が戻りつつある。


 意味が、分からない。一体、目の前で何が起こっているのか理解できず、リゼは呆然とする。

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