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 最初に反応したのはヒーチではなくツゾだ。


「はあ? ガキ、お前馬鹿か? まさか、賭場で活動資金を稼ぐって話じゃねえだろうな。おいおい、まさしくガキの発想だな」


「まあ、落ち着け小悪党」


 ぽん、とヒーチが肩を叩いて止めようとするが、時既に遅く、ツゾは顎を棒で叩かれて崩れ落ちる。


「まったく、失礼な人ですね」


 肩をいからせるリゼに、


「で、どういう意味だ? ギャンブルというか、ゲームは嫌いじゃあない」


「ああ、そうでした。いえ、実はルオ・ガリイの噂を聞いたんです」


「ルオ・ガリイ。あの男か」


 その名はヒーチも知っている。いわば、地元の名士というやつだ。

 このベルンの周辺を実質的に支配していると言ってもいい。

 ベルンというどうしようもない土地の片隅を領地に持つ下級貴族の家柄、ガリイ家の当主だが、圧倒的な資金力を背景にアインラード国内でも随一の有力貴族になりつつある。


「あの『勝負師』かよ」


 顎をさすりながら、よろよろとツゾが起き上がる。


「あなたも知っているんですか。驚きですね」


 リゼがわずかに感心したそぶりを見せる。


「ああ。こんな小物にも名前を知られているとはなかなかのものだな」


「殺すぞ」


 その『勝負師』という二つ名と共に、ルオが資金を手にしたのは最近のことだ。

 暗黒大陸として知られていたサネスド大陸からの使者がアインラードに来たのと同時期。

 ルオはベルンの近くにあるアレマスという小さな港町に、自らの家の財産、そして借りられるだけ借りた金、その全てをつぎ込んだのだ。港を拡張し、船を無数に買い付け、貿易路を整備し、宿や店を作り、人を雇った。

 大博打もいいところだ。

 そして、その博打は当たった。

 正式にアインラードとサネスド帝国との貿易が始まると、アレマスという港町はちょうど位置的に対サネスド帝国との主たる貿易港の一つとなった。

 莫大な利権を手にしたルオはそのままアレマスを支配し、そしてベルンも支配することになった。

 特にルオがベルンで何かしたわけではなく、ベルンの民の多くはアレマスで働くようになったのだ。仕事が溢れているのだからそれは当然だ。であるなら、雇用主のルオに逆らうはずもない。


「元々、ルオは父親が急死するまではギャンブル狂いの放蕩息子でした。それが、当主となってすぐにそんな勝負に出て、しかも勝ってしまった。分不相応な金と力を持ってしまっている、というのが他の貴族からの評判ですね」


「やっかみも入っているだろうがな」


「それはもちろん。とはいえ、ルオ=ガリイはそれが気に入らないらしく、最近は貴族や有力商人にそういう口をきけないようにしているそうです」


「どうやって?」


「それが、ギャンブルなんです」


 アインラードでは賭博は違法ではない。むしろ、上流階級の連中が高尚な趣味として金を賭けたゲームに興じているのはヒーチもよく知っている。


「そういうゲームに自信のある連中を勝負に誘っては勝ち続けて、結局かなりの借金を負わせ、金の代わりに利権や政治力を奪い去るそうです」


「妙だな」


 まだ顎に違和感があるのか、しきりに首を捻り顎をさするツゾが言う。


「そんなギャンブル強くねえだろ、ルオってのは。もともとは、確か博徒連中のカモとして有名なぼんぼんだったぜ、ルオは」


「この小者の言う通りだ。そもそも、例の大勝負で勝つまではルオは貴族のバカ息子の代名詞としてこの地方では知られていたはずだ」


「詳しいですね、ヒーチさん」


「一応、今はベルンの城主だ。歴史や背後を色々と調べもする」


「しかし、今、とにかくギャンブルで勝ち続けているのは確かだそうです」


「で、じゃあ、なにか、リゼ、お前のアイデアっていうのは、俺にそのルオにギャンブルで勝負を挑んで、勝って大金をせしめろという話か?」


 半分呆れながらヒーチが言うと、


「正確には違います。圧倒的に勝ち続けて、逆にルオに借金を負わせて、最終的に僕たちの組織のパトロンにして欲しいんです」


「なるほど、そうすれば資金にことかかないだろうが……現実的に考えて、どうやってルオと勝負する?」


「それは大丈夫です。金か地位か名誉があれば、ルオは勝負を受けてくれるそうです。金がないなら貸してくれもするそうですよ」


「はっ、権力はあっても金がない連中に金を貸した上で負かして借金漬けにして、それで操り人形にするわけか。分かり易いな」


「どうです、ヒーチさん」


「絶対にやらない」


「えっ、そんな」


 断言すると、リゼはショックを受ける。


「ぼ、ぼく、一生懸命考えたのに」


「ははは一生懸命考えてこれかよ。馬鹿じゃねえの、クソガキ」


 また余計なことを言ってすぐにツゾが叩き伏せられる様を眺めながら、ヒーチは首を振る。


「その勝負で連戦連勝ということは、勝つ理由があるということだ。準備もなしにそこに勝負を挑むのは自殺行為だ。だから、まずは情報収集と行こう」

 そして、倒れているツゾを支え起こし、


「小悪党は、ギャンブルの経験はあるか?」


「あ、ああ。小悪党じゃなくてツゾだけど、そりゃああるぜ。結構その筋じゃあギャンブラーとして有名な――」


「嘘ですね。そんなに頭がいいはずがない」


「何だとガキが」


「また殴りますよ」


 睨み合うリゼとツゾを無視して、ヒーチは続ける。


「じゃあ、まずはこの小者にギャンブルに行ってもらおう」


「え」


 ツゾとリゼの声が揃い、仲良く顔を見合わせる。





 巨大な庭園を見下ろす、日当りのいいバルコニー。そこに丸テーブルと、その上にお茶の入ったカップが二つ、置かれている。


「バンクは得意中の得意だ」


 椅子に座った小太りの貴族はそう言って腹を揺らして笑う。


「それは楽しみですな」


 ルオ・ガリイは薄く笑ってカードを慣れた手つきでシャッフルすると、テーブルの中央に投げ置く。整えられた口ひげをひと撫でしてから、ルオはカップのお茶を飲む。


 バンク。

 それは、アインラードのみならず、エリピア大陸の全土のあちらこちらでプレイされているきわめてポピュラーなゲームだ。

 元々はどこかの安酒場から始まった低俗なギャンブルだったと記録が残っているが、今や上流階級から籍を持たない人間まで、幅広い層がプレイするゲームとなっている。


 無数のローカルルールが存在するが、一般的なルールはこうだ。

 プレイヤーは二人。様々なゲームに利用される、1から20までの数字の書かれたカードを使う。そのカードのたばをよくシャッフルし、テーブルの中心に裏を向けて置く。これはデッキと呼ばれる。そして向かい合わせに座ったプレイヤーは、事前に決めた金額をそれぞれ自分の前に置く。これはバンクと呼ばれる。

 まず親となった方のプレイヤーがベットする額を決め、バンクからその金額を取り出す。そしてデッキの一番上のカードを引き、相手に見えないようにそのカードの数字を確認する。

 子のプレイヤーはそれを受けて、次の三つの選択肢を選べる。親のベットした金額の半分を支払ってゲームを降りるか(フォールド)、同額をベットして勝負を受けるか(コール)、上乗せするか(レイズ)だ。レイズした場合は、それに対して親のプレイヤーも同様の三つの選択肢を選べる。ただしそれ以降のフォールドは場に出した賭け金を全て相手にくれてやることになる。結局、どちらかがフォールドして勝負が終わるか、コールして勝負が始まるまでこのやり取りは繰り返される。フォールドで勝負が終わった場合は、場に出ていたカードは裏のまま墓場と呼ばれるカード捨て場に捨てられる。

 勝負が始まる場合、子はデッキの一番上のカードを引く。そしてオープン。親と子は互いに自分の引いたカードを見せる。勝敗は単純。カードの数字の高い方が勝ち。勝った方は場に出ていた賭け金を全て自分のバンクに加える。そして、勝負に使われたカードは表を向けたまま墓場に捨てられる。

 そして、今度は親が子に、子が親になる。


 その繰り返し。

 どちらかのバンクが空になるか、デッキのカードが一枚以下になるまでが1セット。セットが終わって次のセットをプレイするならば、すべてのカードが集められ、シャッフルされ、新しいデッキが作られてまたゲームが始まることになる。


「巷の連中はバンクをただの運任せ、あるいは度胸のゲームだと言っているが全然違う」


 貴族はプレイをしながら機嫌よく語る。


「どんどんとデッキのカードが減っていく。残ったカードは何かを覚えておく記憶力と、相手がどんなカードを持っているかを見抜く洞察力。非常に知的なゲームなんだ」


 更に、駆け引きをよりスリリングなものにするため、バンクには一つ、特殊なルールがある。

 「ダウト」だ。

 最弱の「1」のカードを持つプレイヤーが相手をフォールドさせて勝った場合、勝った後にそのプレイヤーはカードを裏返して1であることを見せて「ダウト」と宣言できる。

 通常、フォールドは場に出した賭け金を捨てるだけだが、ダウトだった場合、場に出していた額の三倍をバンクから支払わなければならない。


「ごもっとも。コールです」


 微笑み、ルオは紙幣の束をテーブルに差し出す。


「オープン。20だ。悪いな」


「お強い。17です」


 負けたというのに動揺することもなく、ルオはさっさとカードを投げ捨てる。


「このセットはもらったな」


「かもしれません」


 数時間後。

 呆然と、前を見るともなしに見てよろよろと歩いて帰る貴族の後ろ姿をバルコニーから見下ろしながら、ルオは無表情にカードをシャッフルし続けている。

 テーブルには無数の紙幣の山、土地の権利書、そして借用書や契約書が乱雑に積みあがっている。


「まだだ」


 ルオはシャッフルする手を止めずに呟く。


「まだ金と力がいる」

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