死4
血に塗れて、笑う。
その笑い顔に、暴徒達の顔が恐怖で凍りつく。
こんな筈ではないと、そいつらの目が言っている。
そのクズ共の顔に向かって、体ごとぶつけるようにしててきとうにその辺に落ちていた木の棒を叩きつける。
木の棒が折れると同時に敵の頭が割れる。
「ははっ」
笑い。笑いが止まらない。
さっきからちらちらと、避難所に押し入ってきたこの無法者達によって殺されたと思われる、逃げ遅れた避難民の死体が視界の隅に映る。
スカイが間に合わず、助からずに一方的に殺された人々。
それがスカイの脳を沸騰させ、快感に笑いが止まらない。
怒り。憎悪。それが気持ちよくてたまらない。それを常に、敵にぶつけることができるのだから。
真っ赤に染まった顔を笑顔でいっぱいにして、スカイは折れた棒の尖った方を槍のように構え直す。
恐れる敵が短剣や棍棒を振り下ろす。
隙だらけの自分に向けて振ってくるそれを、スカイはかわすことなく自分からぶつかるようにして棒を突き刺す。
喉を貫かれた敵の一人が口から血の泡を吹いて倒れる。
短剣はローブを薄く裂き、棍棒は肩をかする。
虐げられる側の避難民ばかり、レッドソフィーの聖女も慈愛を説くだけで何もできないだろうと、おそらくはそう考えていたであろう避難所に押し入ってきた無法者達は、予想外の反撃にうろたえ、腰が据わっていない。
捨て身の攻撃をするスカイに、押され続けている。
いい気分だ。
スカイは笑顔のまま、敵の落とした棍棒を拾い上げるとそれで残った無法者の一人の顎を殴る。勢いで自分がそのまま回転して転んでしまうくらいの力で殴ったために、敵の顎が千切れる。
血と泥に塗れた地面に転んでしまっているスカイ。
これ以上ないくらいの隙だろうに、怯えてしまっている残り数人の男達は倒れたスカイへの攻撃が一瞬遅れる。
遅れてから、慌ててスカイに襲い掛かったが、もう遅い。
その一瞬の間に、スカイは倒れたまま、一番近い敵の膝を棍棒で叩き割る。
悲鳴と共に男が地面へ転がるのと入れ替わるように、スカイは立ち上がる。
そう、血を吸って重くなったローブに包まれて、スカイはゆっくりと、隙だらけに立ち上がる。笑いながら。
隙だらけだが、気圧された敵は誰も攻撃ができない。
周囲の避難民達はスカイに怯えて後方に逃げ去っている。
破壊されたバリケードの近くには、数人の暴徒の死体と、武器を持って怯えている男達と、悪夢のように血塗れで笑う聖女しかいない。
死ね。
呟いている。口に出してなのか、それとも心中にか。自分でも分からない。
死ね。死ね死ね。死んでしまえ。
口が吊り上がるのを止められない。
もう、半分戦意を喪失しつつある下卑た男達に、敢えて自分の身を隙だらけに晒しながら、距離を詰める。
クズは死ね。
悪人は死ね。
お前達も私も、全員死んでしまえ。
苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死ね。レッドソフィーの加護など得なくていい。死後に無間地獄に落ちるのでいい。
そう、どうしようもないクズは全員苦しんで死んで、死後も地獄で苦しみ続けるべきなのだ。無限に。無限にだ。
笑いながら、残る男達の頭を叩き潰していく。
相手が反撃して、自分を傷つけないのを不満に思いながら。
あの戦争を生き延びて、クズを殺し尽くしてやるために残りの人生を費やそうと決めた。
そのためにレッドソフィーの教団に入って、聖騎士になろうと思ったけれど果たせず聖女になった。
慈愛などなく、ただただクズへの憎しみがあった。
殺してやった。怒りと憎しみのままにクズ共を殺し尽くしてやった。
ペテン師に出会って、こいつも殺してやろうと思った。言い訳をしながら、仕方ないんだという顔をしながら周囲に害毒を撒き散らす、クズ。
けど殺そうにも殺せず、様々なしがらみに縛られ、あのクズを殺すためだと自分に言い聞かせながら少しずつ手を汚した。
その挙句にその殺そうとしていたクズに庇われた形になり、後に残ったのは殺したいクズと大差のない自分だけだ。
いや、それは最初からか。気に入らない連中を殺すためだけに生きると決めた時から、生きる価値のない存在になっていたのかもしれない。そう、そんな生き方をする者に生きる価値などない。同様のクズだ。
こんなクズが、レッドソフィー教会の一員でいていいのか?
けれど、レッドソフィー教会でさえ、慈愛を旨とする教団でさえ、清廉潔白ではない。そのことは、スカイも薄々は勘付いていた。コイントスという外部の殺し屋を雇っていたことからも、分かる。
だとすれば、一体、自分は何のために。
考えているうちに、男達はいつの間にか一人残らず倒れている。
血と脳漿に塗れて、半分挽肉のようになっている男の死体の一つに、べちょりべちょりと尚も棒を機械的に叩き付け続けている自分に気付いて、手を止める。
意識した途端に崩れ落ちたくなりそうなくらいの疲労に気付き、スカイはよろける。
すとん、と。
軽い音が自分の胸の辺りから聞こえて、スカイが視線を下に向けると、何かが胸から、ローブを貫いて突き出ている。錐のようなものが、真っ直ぐに。
こぽりと口から生暖かい血をこぼすが、一瞬、その血が周囲に散らばる男達の返り血か自分のものかを判断できず混乱する。
遅れて、鋭い痛み。攻撃されたのだと、ようやくスカイは認識する。
「ちぃっ、まったく、そんなタイミングでよろけるなよなあ。急所を外した」
後ろから間延びした声。
振り返ったスカイの目に、逃げ遅れた避難民としか見えない目立たない男が映る。
だが、その男は両手に細長い錐、あるいは太い針のようなものを持っている。
この男、確かミサリナを襲っていた男だ。
スカイはそれだけ思う。特に興味はない。自分のダメージにも。
「しかし、噂には聞いていたがここまでの化け物とはなあ。こんなのが怪しい動きしてるなら、教会とやり合うことになってもさっさと片をつけようって気持ちもまあ分かる」
目立たないその男の唯一の特徴、その男の手足は妙に長い。
「勅命だぁ。ここで死ね」
そしてその男は錐を投擲する。
スカイは知る由もないが、その男は『見張り屋』の異名を持つフリンジワークの目であるフライだ。
メイカブに指示を伝える使者と一緒にトリョラに戻ってきた。無論、フライも命を受けている。スカイ抹殺の命を。
急所に向けて放った錐を、スカイはかわすこともなく防ぐこともなく、そのままフライに向けて突進してくる。
その迷いのなさゆえに、突き刺さった錐は僅かに急所を外れる。
「恐ろしいねぇ」
すぐに次の錐を構えるフライに焦りはない。
棍棒を構えて目前まで迫ったスカイに向けて、今度こそ急所に突き刺そうとしたところで、
「うおっ」
目潰しをされる。
といってもスカイが意図してやったわけではない。血を零しながら突撃してきたスカイ、その口からの血液が偶然にもフライの目に入ったのだ。
そのために、またしても急所を外す。
だが、刺さった。確かに手ごたえはあった。
それだけ確認した瞬間、後ろに跳びながらフライは両腕で頭を抱えるようにして守る。
さっき観察していた限りでは、フライの命令で先鋒として突っ込んだ無法者共に対して、フライは全て頭部を攻撃していた。根拠はただそれだけ。
だがその賭けは的中する。
「ぐあっ」
右腕の肘が打ち砕かれる激痛と頭部を襲う衝撃。
だが命は拾った。
そのままごろごろと転がりながら距離をとり、即座に起き上がる。
目も回復している。
フライが見たのは、十数歩先でよろよろと棍棒を杖のように支えにして何とか立っているスカイの姿だ。その体からは棘のように数本の錐が突き出ている。
既に満身創痍。フードから覗く顔を見ても、その褐色の肌にほとんど血の気がないのはすぐに分かる。
あと一撃。急所に当たらなくてもいい。あんな状況で激しく動いているために内部は無茶苦茶だろうし、そもそもそれまでに雑魚共を殺している間に体力の大部分を消費している。
体の何処だろうが、あと一撃攻撃を当てれば、いや、当てずとも、あと数分もしないうちに奴は死ぬ。
だというのに、スカイの目はぎらぎらと光り、口は笑みの形につりあがり、牙を剥いている。
「レッドソフィーの信徒とは信じられないなあ。サネスド信仰の狂戦士って方がしっくりくるよまったく」
ぼやきながら、使い物にならない右腕をだらりとたらし、フライは左手でナイフを構える。
「今更かもしれないが、ともかく是が非でもお前を殺せって命令だあ。悪く思うなよ。そんで、後々の教団とのこと考えたらあ、目撃者は全員消さなきゃいけなくてなあ」
話しながら、フライは頭の中で右腕の激痛を遮断する。
かつて小国の諜報員として鍛えられた時に身につけた技術の一つだ。
とめどなく流れていた脂汗が止まり、フライは全神経を左手のナイフとスカイに集中させる。
さて、どうするか。このまま、向こうが話を聞いてくれるなら話し続けてもいい。時間は、完全にこちらの味方だ。
「まあだから、本当のことを言うとお前が殺したそこのチンピラ共もあとで俺が殺さなきゃいけなかったんだあ。そういう意味では手間が省けたと言えなくもないけどなあ。けど、あいつらがここの避難民皆殺しにしてから相打ちになってくれりゃあ、それこそ俺は何もせずに済んだのによお」
その長いセリフの途中から、既にスカイは走り始めている。真っ直ぐに、フライに向かって。満身創痍とは思えないスピードで。顔には狂気じみた笑み。
やっぱり駄目か。あともうちょっとで、時間切れで命が消え失せると思ったのに。
舌打ちと共にフライはナイフを投擲しようとして、一瞬迷う。
あと一撃で息絶える。その予想には自信がある。しかし、万が一ということもある。それに、あんな死にかけの獣に接近戦を挑まれてもぞっとしない。何か、いい方法はあるか。
次の瞬間、フライの目はあるものを捉える。
それを利用しようと、考えるよりも反射的にフライは動く。
「スカイ、死ぬぞぉっ」
叫んでから、フライはスカイとはずれた方向に向かって、敢えてゆっくりとしたスピードで、ナイフを投擲する。
それは、正確に目標にまで飛んでいく。
無心、というのとは少し違う。
ともかく、悦びで満ち溢れている。苦痛もまた心地いい。目の前の男、そして自分というクズを苦しめ、そして殺せることへの悦びだ。
だから敵の攻撃は怖くない。
目撃者を消す、つまりこの避難所の人間で自分を見たものを皆殺しにするつもりだという敵の独白も、快感のような憤怒を焚き付けるだけだ。
だから、何が起きようとも首一本になってでも、目の前のこいつを殺すだけだ。
そう思っているから、フライがナイフを構えた時も、動揺はない。
そのナイフがずれた方向に、それも妙にゆっくりとした速度で投擲された時に、初めてスカイの内心にブレが生じる。
どういうことだ?
一瞬遅れて、投擲した時のフライのセリフが脳裏に蘇る。
奴は、「死ぬぞ」と言った。何のことだ? 当たれば死ぬという意味だろうか。だとしたら、どうしてわざわざそれを叫ぶ?
そして、ナイフが投げられた先に反射的にスカイの目が向く。
「え?」
漏れる声。
死体に隠れて見えなかった。
生き残りがいた。敵ではない。避難民の生き残りだ。
少女がそこにいる。母親らしき女性が庇い、抱いたまま死んでいたのだ。だから見えなかった。だから生き残った。
抱かれている女性から這い出そうとしている途中の少女、彼女に向けてナイフは投擲されている。
呆然とした、感情も何もなくしている幼い顔立ちの少女。
彼女に向けてナイフは投げられている。
それが、どうしたというのか。
圧縮された時間の中でそう思い、笑顔のまま、スカイは視線をフライに戻す。
奴の考えていることは分かる。
そうやってこちらを混乱させようとしている。あわよくばあの少女をスカイに庇わせようとしている。そのためにわざわざナイフの速度を落としさえしている。
無駄なことだ。
一瞬のうちに、スカイの心は決まっている。
憎悪と怒りに煮えたぎっているし、その快感に身もだえしそうなほどだが、それでもスカイは冷静だ。
たとえばここで少女を庇ったとして、それでスカイが死んだら何の意味もない。目の前の男が、少女を含む避難民をその後でゆっくりと皆殺しにするだけだ。右腕こそ使い物になっていないだろうが、それくらいはこの男はゆうにこなせるだろう。
もし、もしも真っ当なレッドソフィーの信徒であったのなら、本当の意味での聖女だったなら、それでも少女を庇うかもしれない。無駄だと分かっていても、それでも人を救うかもしれない。
だが自分は違う。自分は、ただクズを殺したいだけの塵芥。だから、そんなことはしない。形だけレッドソフィーを信じているが、その実は正義を望むのではなくただ単に悪をこれ以上なく憎んでいるだけだ。慈愛など欠片もない。
そう、殺す。殺してやる。
たとえ、その少女が自分にお守り代わりにナイフをくれたあの少女でも。
少女のその呆然とした表情に、かつての自分自身を見たとしても。
そんなものは関係ない。善を救うのではなく、悪を殺すだけのものなのだから。
「嘘でしょ」
だから、自分の体が方向転換をして、少女に向かって飛び込んでいるのが信じられない。
急激な方向転換のために体を捻った拍子に、突き刺さっている錐が体の中をぶちぶちと引き裂いていくのが分かる。
手に持っていた棍棒は既に投げ捨てている。
呆然とした表情のままの少女に飛びつき、突き飛ばす。少女の代わりに、スカイの胴にナイフが突き刺さる。駄目押しのようなものだ。その前に、既に死は決した。
こんな、意味の分からない死に方をするなんて。
地面に倒れ、突き飛ばされしりもちをついたまま、ただ呆然と自分を見ている少女と最後に目が合う。
逃げて。
そう言おうとするが、もう、舌を動かす力すら残っていない。
何てザマ。
自嘲の笑みを浮かべようとするが、それも上手くいかない。
きっと、少女の呆然とした顔があまりにもかつての自分に似ていた気がしたから、それで反射的に助けてしまった。彼女を助けたからといって、あの時の自分が助かるわけでもないのに。そして、この後少女は他の皆と一緒に殺される。とんだ、無駄死にだ。
畜生、もっと、殺せるはずだったのに。
ひょっとしたらと思ってやった策が、見事にはまった時ほど楽しいものはない。
錐を左手に構え、動かなくなったスカイを見ながらゆっくりとフライは近づく。
間違いない、死んでいる。
「何だ、最後の最後に聖女気取りか。ここまでうまくいくとはなあ」
壁際で、怯えることもなく虚脱してしりもちをついたままの少女に目をやる。
「目撃者は消す、と。逃げ遅れた連中も、できるだけ殺さないとなあ」
一歩、また一歩、少女に迫る。
少女は、呆然と近づくフライを見ていたが、やがてゆっくりと、小さな声を出す。
「どうして?」
声には怯えも怒りもない。感情が麻痺しているのだろう。
そのどうして、が何に対する疑問なのかフライには分からない。あるいは少女自身にも分かっていないのかもしれない。
だから、フライは答えない。
「悪いなあ。けど、俺は見たくてなあ。フリンジワークって傑物かつ狂った男が、このまま勝ち続けたら一体どんな化け物になるのかをさあ」
喋りながら、射程距離に入った少女に向けて、錐を投擲しようとした、その時。
視界の端に何かが映り、フライの体を硬直させる。
「は?」
それが信じられなくて、思わず馬鹿みたいに無防備にそちらを向いてしまう。
ぎちぎちと音を鳴らしながら、硬直しかけた体をぎこちなく動かし、スカイが立ち上がっている。
「は、え?」
意味が、分からない。
確かに死んだはずだ。いや、今も、死んでいる。肌の色も目も死んだもののそれだ。全身の傷からは出血が止まっている。心臓が動いていない証拠だ。
だというのに、スカイは動いている。錐とナイフを体から生やしたままで、フライに近づいてくる。
「お前」
震えている。
自分が怯えているのだと理解して、フライは動転する。
何が起きている?
右腕の激痛が蘇る。脂汗と涙が滲む。
「くそっ」
錐をそのスカイに向かって打ち出す。
丸太か何かのように、かわす素振りを見せないスカイにそれは呆気なく突き刺さり、そして何もないようにスカイは歩き続ける。フライに近づいてくる。
「止まれっ」
叫び、次々と錐を打ち出す。
突き刺さり、衝撃で一瞬よろけながらも、スカイの動きが止まることはない。
ハリネズミの如く錐だらけになりながら、スカイは距離をゆっくりと詰める。
「何だ、一体」
背中に軽い衝撃。
フライは自分が後退していたことに今更気付く。
そして、後ろが壁で、これ以上後退できないことにも。
目前に迫ったスカイが、ナイフを構える。死人の顔をしたスカイは、それでも目を吊り上げ、まるで肉食獣の殺し合いの末の死に顔のようだ。
「これは」
呆然とフライは呟く。
これは、何だ。
スカイの構えたナイフ。それが少女からのものだとはフライは知らなかった。
そのナイフが、ゆっくりとフライの腹に吸い込まれていく。
「う、ぐう」
恐怖のあまり硬直してしまったのか、その緩い動きの攻撃をかわせず、フライは呻く。
腹にナイフが刺される。
「やめろ」
両手で、ナイフを掴んでいるスカイの両手を掴む。渾身の力で。
ナイフを引き抜こうとする。だが、動かない。
スカイの冷たく硬い両手が、恐るべき力でナイフを突き刺し続ける。
どんどんとナイフは深く刺されていく。
切れ味の悪いそれが、力任せに柄の部分まで埋まるくらいに突き刺されていく。ゆっくりと。そして、捻じられる。
「ぐ、ああああぶ」
ぼとぼとと口から血を吹き出し、目を見開く。
フライは激痛の中で、何故こんなことになっているのかという疑問だけをぐるぐると頭の中に回す。
まるで、悪い夢だ。
死者が動くなんて、ありえない。そんな魔術は聞いたことがない。それこそ、奇跡でも起きなければ。
奇跡。
まさか。
「レッドソフィーの、加護、か。どおして」
血と一緒に言葉を吐き出す。
「どおして、お前が」
一生を人々のために捧げたレッドソフィーの聖女の中でも、歴史上数人だけが受けることができたといわれるレッドソフィーの加護。
それを、こんな女が。
「くそ、こんな、まだ、見たいものが、俺は」
「クズは……」
至近距離で、低い地獄からのような声で、スカイが囁く。
「未練を残して、死ね」
激痛の中、自分の腸が千切れる音を聞く。
そして最後に鼻と口から血をとめどなく流して、血涙すら流して、
「畜生」
フライは息絶える。無様に、最悪の死に様で。
崩れ落ちたフライに重なるようにして、ゆっくりとスカイもその上に倒れる。
死に際のフライの言葉。
レッドソフィーの加護。確かに、言われてみれば死んでいるはずの自分が動けるのはそれくらいしか考えられない。
靄がかった頭の中でそう思う。
私が、私なんかがレッドソフィーに認められたか。
下らない。私なんかにそんな加護を与えるくらいなら、神としてこの戦争を止めればいいのに。一人でも多くの人間を救えばいいのに。
ただ。
薄れていく視界。ゆっくりと、立ち上がった少女がまだ表情を死なせたままで、ゆっくりと近づいてくる。
結果的に、あの少女を救ったことくらいは、神様に感謝しないと。
奇跡もとうとう終わるらしい。全身の感覚はほとんど麻痺しているが、視覚と聴覚がとうとう完全に終わろうとしている。何も見えず、聞こえない。
完全な暗闇。
あの少女は、どうやってこれから生きていくのだろう。
そんなことを闇に考える。
自分のようにならなければいいが。
そこで、ふと気づく。
そうか。
どうして自分がマサヨシにあれほど敵意を持っていたのか。どうして、たくさんの人間が『ペテン師』を気にしているのか。
奴が他に類を見ない大悪人だからではない。高い能力を持っているからでもない。
あれは、要するに。
そこまで考えたところで、思考も鈍っていく。
かすかに、頬に柔らかい感触。
少女に頬を撫でられているのかもしれない。そうではないのかもしれない。
どちらでもいい。
ただ、その柔らかな感触だけを頼りに、消えていく。
まあ、結局、こんな終わり方なら、そんなに悪くない人生だったかもしれない。
そんな感想と共に、不思議に穏やかに、スカイは意識を手放す。