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12/202

白銀2

 それなりに客が入り、賑わう。

 とりあえず、食事は肉を焼いたものと、サラダ、それから肉じゃがもどき。後は、酒を輸入店の主人のおすすめを一通り。

 それでも、中々に繁盛するものだ。それも、まだ完全に日も沈んでいないというのに。


「マサヨシ」


 客の対応が一段落ついて、ほっとしたところでマサヨシはハイジから声をかけられる。


「ほら、繁盛すると言ったでしょう?」


「本当ですね、ありがとうございます」


 とはいえ、重要なのはここからだが。


「それじゃあ、ごちそうさまでした。これ、どうぞ」


 銀貨をちょうど料金分渡される。


「ここまで世話になって、お代はもらえませんよ」


 マサヨシは慌てて返そうとするが、


「いいんです。楽しかった。本当に。また、機会があれば」


 嬉しげに言って、ハイジは店を出て行く。

 しばらく、その後姿を見送る。

 これで、ハイジはいない。敵からすれば殺しやすくなったな。

 そんなことをマサヨシは考える。

 これからが、本番だ。うまくいくかどうか、ハローのご加護を。いや、イズルのご加護か。

 祈る。


 マサヨシの作戦は至って単純だ。

 朝になるまで、酒場を開けておく。ずっと数組の客が滞在してくれることを前提でだ。最悪、店の前で呼び込みを必死にしたり一杯くらい無料にしないといけないかもしれない。だが、それは仕方がない。それをしないと死ぬと思えば気合も入る。

 そうして、朝になったら珈琲と朝食を出す。そのために酒に比べれば少量だが珈琲用の豆と機材も購入している。

 昼になれば店を閉めて、町を出歩く。なるべく人通りのある道を。仕入れ等もこのタイミングで行う。

 そうして、夕方にまた店を開く。

 完璧だ。一人になるタイミングがほとんどない。


 問題は。

 マサヨシは考える。

 問題は、いつ寝るのかということだ。




 睡眠の問題は解決した。少なくとも、マサヨシはそう思っている。

 例の宿屋で金を払い水浴びだけさせてもらい、そして人の多い昼間にやはり前と同じくロビーのソファーで眠らせてもらうのだ。

 睡眠時間は三時間程度だが、それでも眠ることはできる。宿泊客で騒がしいが、マサヨシにとってはその騒がしさが子守唄になる。大勢の人の気配で、ようやく眠ることができる。


 目が覚めれば夕方。

 店に戻って、すぐに開店する。

 それを数日間繰り返した。神経は驚くほど磨耗していく。睡眠時間が短い上に、一日中、ずっと周囲を警戒し続けなければならない。それでも、やめることはできない。次の手、対策は思いつかないままだ。


 一日目よりは二日目、二日目よりは三日目の方が客が増えている。繁盛していると言っていい。

 理由は簡単で、出す酒や料理の値段をかなり安く設定しているからだ。ともかく客を多くしなければいけない。そうでなければ、殺される。


 一週間ほど経って、『白銀』はトリョラでは名の知られた店になっていた。再開発地区以外からも、ひっきりなしに客が来る。

 あの店主は一体何時寝ているんだ、というのが客の話の種になった。


 忙しく店内を歩き回っているうちに、マサヨシはふと一人の客が気になる。


 ワーウルフの一人客。カウンターで、ずっと噛み付くようにして酒を飲んでいる。


 その目に、どこか見覚えがある気がする。丸い、粗暴なものを封じ込めたような目。

 こいつ、ひょっとして。

 他の客に目を向けながら、マサヨシは自分の先入観によるものかそれとも本当に見覚えがあるのかを考える。

 背中を冷たい汗が伝う。

 三人組の一人。そうなのか?


「はい、以上で12ゴールドになります」


 勘定をしながら、マサヨシは結論付ける。

 横目で自分の動向を窺っている。間違いない。あの三人の中の一人だ。

 一人で酒を飲み続けているにしては、もう三時間以上店にいる。マサヨシを殺す機会を窺っているのかもしれない。


「また、行商人がやられたらしいな」


「あのワーウルフの盗賊団だろ? 最近、大人しいと思ってたけどな」


 店内の酔客の噂話が恐怖を更にかきたてる。


 とはいえ、日が昇るまで客が引かなかったこともあり、朝日と共にそのワーウルフは去っていく。


「8ゴールドです」


 なるべく至近距離に近づかないようにしながら、マサヨシは去り際のワーウルフに声をかける。


「ああ、ほらよ」


 銀貨を投げてよこす。


 それを受け取ったマサヨシが気がついた時には、ワーウルフは至近距離に密着している。

 全身の血の気が引く。

 刺されるか? だが、まだ他の客がいる。


「よう、ペテン師」


 耳元で、狼の口が囁く。


「またな」


 去っていくワーウルフを呆然と見ながらマサヨシは棒立ちになる。


「おーい、店主。こっち、もう一杯」


 客に呼ばれて、慌ててそちらに走りながらマサヨシの脳内が回転する。

 自分をペテン師と呼んでいた。つまり、もう確実にバレている。自分がグスタフとは何の関係もないことが。

 もう、一刻の猶予もない。


 それから、マサヨシはほとんど無意識のうちに酒場を走り回る。

 気がつけば、朝食を食べるための客も帰り始めて、そろそろ店を閉めて人通りの多い道を選んで買出しに出かける時間になっている。


 まずい。どうする。

 さっきから、マサヨシの脳内にはそれだけが回っている。

 いっそのこと、ちょっとした犯罪をして牢屋に入れられるというのはどうだろうか。そんな選択肢も頭に浮かぶ。


「ああ、閉めるとこ?」


 これからのことを考えながら店を閉めようと店内の片付けをしていると、表のドアから話かけられる。


「ああ、すいません、今閉めちゃうんで」


 と、振り返ったマサヨシの目に、見覚えのある軽装の少女が映る。


「ミサリナ」


「いやあ、すごいじゃない。まさか、一国一城の主になってるなんて。それに、店も結構有名よ」


 それは、商人のミサリナだ。

 随分久しぶりに、この歳若いダークエルフと会った気がする。相変わらず扇情的な格好をしている。


「今ようやく王都のシュネブから戻ってきたとこなわけ。幸い、盗賊にも遭わなかったし、持ってきたものを全部店に売り払ったら、その店がここにお酒を売ってるって聞いて」


「ああ」


 あの輸入店かとマサヨシは納得する。


「お店閉めたなら、どう、ちょっと話でも? どこかでお茶でもしながらさ」


「ああ、いいね」


 恐怖で硬直した脳内をゆっくりと柔らかくする。


「それは、いい」


 ミサリナに相談する。

 それは、中々いい考えのようにマサヨシには思える。ハイジよりは権謀術数に通じていそうだし、トリョラにも詳しい。

 何より、利益に正直だ。マサヨシに協力することで儲かると考えれば、協力してくれる。それこそ、命すら賭けて。




 再開発地区にある、オープンテラスのある席でお茶を飲むマサヨシとミサリナ。

 異世界から来たのであって記憶喪失は嘘だ、ということを除いて、正直な話をミサリナに伝える。


「ふうん」


 呆れたような顔をして、珈琲を一口飲んだミサリナは、


「まずいわね」


「やっぱり?」


「死相が出てるわよ」


 そうはっきり言われると、マサヨシとしても気分が沈む。


「とはいえ、ハイジに相談しなかったのは英断かもね。彼女、あなたの言うことを疑わないかもしれないけど、ランゴウの言うことも疑わないだろうから。裏をかかれて、マサヨシが殺されて終わりってわけ」


「やっぱり」


 想像できたことだ。


「にしても、あのランゴウが裏で盗賊共と繋がっていたとはねえ。あの人、この町では中々の力を持っている金貸しってわけ。城とも繋がり強いし。手ごわいわね」


「どうすればいいか、相談に乗ってくれよ」


「どうすればいいか、ねえ」


 ミサリナは気の乗らない様子で視線を空に彷徨わせる。


「うちの酒場の仕入れ、今はトリョラの店からだけど、落ち着いたら他の町から直接仕入れてもいいかと思ってるんだ」


 交渉の基本。

 それをしたら相手に得がある、と思わせなければ動かない。情は、あくまで隠し味だ。それだけで決め手にはならない。利益にプラスして情に訴える。これが基本。


「ミサリナ商会を利用してくれるってわけね。悪くないけど、そうねえ」


 そこで、ミサリナの目が怪しげに光り、口には笑みが浮かぶ。


「今、お酒ってパイングッズから仕入れてるわけよね?」


 パイングッズとは例の輸入品店の名前だ。


「ああ、そうだよ。あそこ以外に酒を仕入れる手段がないから」


「なら、何とかなるかもねえ。ただ、話がどう転がるかあたしにも分かんないわけよ。難しいなあ、吉と出るか凶と出るか」


「何の話だ?」


 輸入品店が、一体どうしてこの話に関わってくるのか。

 マサヨシには見当もつかない。


「あそこの主人とは話したことある?」


「あるよ、もちろん」


「じゃあ、ご隠居とは?」


「ご隠居?」


「パインよ。パイングッズの創業者。会ったことない?」


「ああ、それは、ないかな」


 マサヨシがそう言うと、ミサリナはふっと息を吐いて頭を振る。


「商売やる人間としては迂闊ねえ。まあ、ハイジの案内で商売始めたなら仕方ないか」


「そのご隠居がどうかしたの?」


「パインさんはね、この町で一番の古株なのよ。難民の受け入れを決定した最初の最初にまだ荒野しかなかったこの町に来て、王都とコネを作ってパイングッズを開いたの。王都からの品物が入ってくるから、他の難民も生きていくことができてこの町に定住して、今みたいにトリョラが発展していったわけ。要するに、今のトリョラを作った人と言ってもいいわけよ」


「顔役ってこと?」


「誰も逆らえないわよ。ランゴウですらね。今は息子さんに店を譲って隠居してるけど、あたしは商人始める時に世話になってるし、マサヨシもあの店から仕入れてるなら、話を聞いてくれる可能性はあるかも。間入ろうか?」


「頼む」


 マサヨシには時間がない。


「オッケー。んじゃ、善は急げってことで今からちょっと話してくるから、ここで待ってて」


 言うが早いか、ミサリナは立ち上がる。


「え、今?」


「時間ないんでしょ。とりあえず行ってみるわ」


 頼りになる女だ。

 マサヨシは頭を下げる。


「すまん」


「その代わり、儲けさせてよ、あたしを。恩を仇で返したら、あたしは殺すわけ」


 笑いながら言うが、目からしておそらく本気だ。

 怯えながらマサヨシは頷く。

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