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網を張られる

 つまらない。

 いや、仕事につまるもつまらないも、ない。そのはずだ。

 だが。

 つまらない。


 何度もループする思考をもてあましながら、メイカブは各隊長からの報告を聞く。


 トリョラの軍と連携して、ロンボウ正規軍はこの犯罪組織同士の抗争で混乱したトリョラの治安維持にあたる。

 それが名目であり、メイカブが指揮官としてフリンジワークからの直々の指令で派遣されてきた理由だ。


 だが実際には、町で暴れまわっている無法者共を片付けることはできない。

 何故なら彼らは『こちら側』だからだ。実際には、彼らこそが標的を片付けてくれる。

 無法者が手を出しにくい、あるいは逆に無法者の手を借りるまでもないスカイとアルベルトに関しても、トリョラの軍が動く手はずになっている。メイカブ率いるロンボウ正規軍が動く必要はない。


 全てが終わった後の『後片付け』、そしてもしも標的を逃した場合、メイカブの判断でロンボウ正規軍を動かして処分する。それだけが仕事だ。


 下らない。

 報告が終わった隊長が下がるのを眺めながら、メイカブはあくびを噛み殺す。

 トリョラを見下ろせる丘、そこに整然と並べられたテント。

 一番奥まったテントで、野外で提供されるということを差し引けばそれなりのコーヒーとそれなりの食事をとる。後は、話を聞くだけ。報告を受けるだけ。

 それが、メイカブのやっていることの全てだ。

 皿を汚すように、スクランブルエッグをナイフとフォークで撒き散らし、一部だけを口に入れて、ため息。

 退屈だ。誰にでも出来る仕事。この布陣で、僅か四人の標的を討ち漏らすとは考えられない。自分の能力など、何の関係もない。

 事実、アルベルトの方は既にトリョラの兵士が追い詰めつつあるという。


 どの標的も、どうせトリョラからは出れない。トリョラの周囲はトリョラ軍が固めている。


「司令」


 また、別の兵士が走りこんでくる。


「ああ、どうした?」


 退屈さを隠そうともせず、メイカブはゆっくりと卵の切れ端を口に運ぶ。


「その、フライ、という男をご存知ですか?」


「ああ」


 どうしてここでその名を、と訝しく思いながらもメイカブは頷く。


「どうした?」


「あ、いえ、本当にお知り合いですか?」


「それがどうした?」


「いえ、そのフライと名乗る男が、司令にお目通りしたいと」


「フライが?」


 フライは殺し屋連中と同じく、直接的に標的を殺すためにトリョラに潜入していたはずだ。

 何の用だろう、と考えを巡らせるのは一瞬。

 どうせ暇なのだ。


「通してくれ」


「はっ」


 兵士が下がってすぐに、見覚えのある顔の男が入ってくる。

 いや、というよりもありふれた顔だ。長い手足以外、全てがありふれている男だ。


「フライ」


 名を呼ぶが、いつもの余裕はなく、フライの顔は強張っている。


「何だ、どうした? 誰か、殺したか?」


「簡潔に説明するぞお。『ペテン師』が生きていた。俺はこれから、フリンジワークにそれを報告しに行く。俺だけなら、一日で王城まで行けるからなあ」


 一瞬の沈黙の後、メイカブはナイフとフォークを置くとゆっくりと上半身を前に傾ける。


「あのマサヨシか? 確かか?」


「ああ。ミサリナを始末しようとしたところに、スカイと一緒に現れた。ミサリナの反応からして、間違いない、本物だあ」


「標的が三人一箇所に集まったわけか。一人くらい殺せたか?」


「いやあ。そこで無理をする必要はないかなあと思ってなあ。一応の報告しただけだあ。じゃあなあ。今はもういないだろうけど、俺が三人と出会ったのはミサリナの商館だあ。一応見に行ってみたらだろうだあ? といっても、お前の部隊は動かせないのかあ。もどかしいなあ」


 それだけ言うと、フライは風のようにテントから出て行く。


 姿が消えた後も、その姿勢のままでメイカブはずっとテントの出口を睨みつける。

 さて、どうするか。

 不測の事態が起こった場合には、自分の判断で動いていいとフリンジワークには言質をとっている。『ペテン師』が生きていた。おそらくは大勢には影響しない。これをメイカブが独自に行動するほどの事態かというと、おそらく違う。フライは慌ててフリンジワークに報告に行っているが、あれは冷静な判断ができていない。

 伝聞による『ペテン師』の情報で実像よりも大きく感じてしまったか、それとも実際に会った時に『ペテン師』に何か言われたか。

 だが、いずれにしろ、チャンスだ。


「おい、誰か」


 メイカブは部下を呼ぶ。

 自分も『ペテン師』の虚像に飲み込まれたことしてやろう。退屈すぎて死にそうだった。これを機会に直接、部隊を率いて標的を始末してやる。


「調査の名目で、トリョラ内部へ侵攻する。第一目標はミサリナ商館だ。ただし、くれぐれもやりあっている犯罪組織共と鉢合わせしないルートで進むぞ。出会えば、両方とも始末せざるをえない。正規の軍としてはな」


 部下に注意点を伝えながら、だがそれも面白いかもしれないとメイカブは少し思う。

 治安維持のため、トリョラの犯罪組織を部隊を率いて根こそぎ潰す。いい仕事だ。むしろ、それこそが本来メイカブがする仕事であるような気すらする。





 白銀とは違う、営業許可を取らず密造酒を売っている、そんな酒場。トリョラの発展が続く中でかなり淘汰されてきたが、それでも今もなおしぶとくいくつかは生き残っている、そんな酒場。

 その酒場のドアは、元の色が分からないくらいに古く汚れていて、そしてしっかりと閉じられている。一応、営業中の札が出ているというのに、壁か何かのように閉じられている。


 違法建築で、住居の上に住居が、更にその上に住居があるというような建造物で満ち溢れている区画、トリョラを跋扈する犯罪組織すらも手を出しかねるその区画の奥の奥、地下も地下に、その酒場はあった。


 先頭をきっていたミサリナが、迷路のような路地を抜け、途中で何人もの案内人に金を払い、明らかな民家の中を二度三度通って、ようやくその酒場に辿り着く。


 後ろをただ付いて行くマサヨシは、途中までは道を覚えようとしていたが、ついに諦めてしまった。これは、よく道を知った上で、案内人に金を払わないと辿り着きそうもない。


「くそ、わざわざ遠くまで行かなくても、ここに隠れてればよかったんじゃないか?」


 思わずそう愚痴ると、


「それはお勧めしないわけ」


 酒場の薄汚れた木製のドアを、とん、ととん、とん、と独特のリズムで繰り返しノックしながらミサリナが振り返る。


「確かにここには滅多に国家権力も犯罪組織も手を出さないけど、それはこの区画が恐ろしいからじゃあなくて、手を出すほどの価値がないからなわけ。ここはね、色々なものが混じっているトリョラの中でも、弱かったり貧しかったりする者達が流されて集まってできたただの淀み。だから現に、マサヨシが逃げ出した時はこの区画にも捜査の手が入ったわけ。何も出てこなかったみたいだけどね」


 話しているうちに、例のノックのリズムが合図になっているのか、重々しい音がしてドアが向こう側から開く。


「お前か」


 だが、ドアが開いてできた隙間はわずか。そのわずかな隙間から、男が片目をのぞかせる。


「ミサリナか。久しぶりだな」


「雇いたいんだけど、いいのいる?」


「入れ」


 そして、ようやくドアが完全に開かれ、ミサリナを先頭にその酒場の中に入ることができる。


 横幅が狭い、そして暗い酒場だ。カウンターだけがあり、そこには十数人の男達が皆、背を丸めて酒を飲んでいたり、ぼそぼそと声を潜めて喋っている。

 そのほとんどの男達には傷があり、得物を腰に差したり背負ったりしている。誰からも暴力の匂いがする。


 これは、全員傭兵か。

 こんな酒場があるのかとマサヨシは感心する。


 男達は全員が胡散臭げな眼をミサリナ達に向けている。いや、ミサリナのことは知っているらしく、主に目を向けているのはマサヨシとスカイだ。


 だがマサヨシはそれに気圧されることもない。

 社会科見学のようなものだ。マサヨシは笑顔を返してやる。


 一方、ずっと黙っていたスカイは冷淡に男達の視線を無視する。


 ドアを開けた男はマスターらしく、カウンターの内側に入るとグラスを磨きだす。

 小太りで髭を生やしているが、愛嬌や滑稽さは欠片もなく、グラスを磨きながらもじろりとミサリナに目をやる。


「お前の知り合いか?」


「ああ、この人達はそう。ま、それはいいわけよ。ともかく人を雇いたいんだけど」


「違う」


 マスターは顎で店の奥を示す。


「あいつだ」


「え?」


「無理矢理にここに押しかけてきた。五人がかりで縛りつけて転がしているんだ」


 マスターのセリフに、マサヨシ達は無言で顔を見合わせて、そして一斉に首を傾げる。

 何のことだ?


 ここでこうしていても仕方ない。

 意を決して、マサヨシはカウンターに並んでいる傭兵達の後ろを通って、奥へと進む。ミサリナ達も後からついてくる。


 やがて、しばらく進んで、ちょうど入口からはカウンターで隠れるようになって見えない場所に、それが転がっているのを見つける。


「うっ」


 思わずマサヨシが呻くと、それに反応して転がっていたそれは目を開ける。


 それ、というよりも、彼だ。人だ。獣人だ。

 太いロープで、何重にも縛られている。その際に余程抵抗したのか、全身に殴られたらしい生傷、それから固まった血がこびりついている。


「つい数時間前に、無理矢理この酒場に押し入ったばかりだ」


 背後からのマスターの説明を聞きながら、マサヨシは笑みが浮かぶのを抑えられない。


「何してるの、こんなとこで?」


 笑顔で質問してしまう。向こうがたとえこの後で憎しみの呪詛をぶつけてくるとしても、この笑みを抑えられない。


「ああ、いや、兵を雇える場所に来るだろうと思いましてな」


 全身の打撲も意に介さないように、縛られたまま体を起こして彼はあぐらをかく。


「久しぶりですな、マサヨシさん」


「何と言っていいか分からないけどさ、とりあえず会えてうれしいよ、ジャック」


 そうマサヨシが言うと、ジャックも何か所か切れている口でにやりと笑い返す。


「俺もですよ」


 軽く頷いてから、マサヨシはジャックの縄をほどくために誰かから刃物を借りようと、並んでいる傭兵の中でなるべく優しそうな傭兵を探す作業に移る。





 さっきぼこぼこにされて縛られたばかりだというのに、ジャックは押しのけるようにしてカウンターの一角から傭兵達をどかせると、そこに座る。

 つられるようにして、マサヨシは隣に座る。同様にミサリナやスカイも座る。


「元気だった?」


 とりあえず、マサヨシの口からはそんな馬鹿みたいな言葉が出てくる。


「それなりに。そっちは、どうです?」


「ああ、俺は、まあ」


 マサヨシは自分の体を見回す。

 黒いジャケットと白いシャツに包まれてはいるが、それでは隠しきれない無数の傷、縫合跡。ジャケットから出ている手や顔にまで無数にある。


「こんな感じ。一時期よりは、マシかな」


「シュガーは抜けたんですか?」


「まあね。禁断症状は抜けないけどさ」


 ぎこちないやりとり。


 マスターが無言で、四人にグラスを出す。中身はただの水だ。

 それを、マサヨシは一息で飲み干す。


「で、ジャック」


「うん?」


 口の中の傷が痛むのか、ジャックは顔をしかめつつ少しずつ水をちびちびと飲み下している。


「どうしてここに? 傭兵を雇う必要なんてないでしょ。部下がいくらでもいるんだし」


 マサヨシの質問に、黙っているミサリナとスカイの視線もジャックを向く。


 全員の視線に集中されたジャックは苦く笑って、


「いやあ、部下を巻き込むのも悪いかなと思いまして。どうせ、俺を殺すことが目的なわけですしね。ああ、けど、そもそも俺が来たのは雇うためじゃあなくて、会うためですよ」


「誰に?」


「もちろん、マサヨシさんですよ。戻って来てるって噂を耳にして、ならきっと、どうにかして人を雇うだろうと思ってね。以前ならいざしらず、今のマサヨシさんには人手がないですから」


「俺に会って、どうしようと?」


「こうですよ」


 次の瞬間、ジャックの裏拳がマサヨシの顔面に叩き付けられる。

 全力で放たれたであろうそれは、一撃でマサヨシの意識を薄れさせ、そのまま吹き飛んだマサヨシは壁に激突し、そのまま床に転がる。


「ああ」


 しびれる口を動かして、何とかうめき声を出す。鼻血と口からの出血を手で拭いながら、よろよろとマサヨシは立ち上がる。


 殴り倒されたというのに、店内の傭兵達はちらりとマサヨシの方をみただけで、またそれぞれがぼそぼそとした会話や黙って酒を傾けることにすぐに集中する。


 横に座っていた、ミサリナやスカイですら心配するでも驚くでもなく、まだふらついているマサヨシを見る目は驚くほど冷たい。


 当然か。

 苦笑しつつ、何とかマサヨシは這うようにしてカウンターの席に戻る。


「どうだった?」


 そう、ジャックに訊く。


「別に」


 不思議な物でもみるかのように、ジャックはマサヨシを殴り飛ばした自分の拳をしげしげと眺める。


「何も思わないもんですな。すっきりしたり、逆に心が痛んだりするかと思ったんですが」


「そんなもんだろうね」


 もう一度顔の血を拭ってから、


「ずっと、腹立ってた?」


「さあ。あの日、勝手にマサヨシさんが消えた時、裏切られた気持ちにはなりましたがね。多分、そこのミサリナとスカイも同じですよ」


「私は違う。まったくそんな気持ちにはならなかった」


 スカイがすかさず反論する。


「妙なもんですな。未だに、マサヨシさんをどう思っていいのか分かりません」


「悪いね」


「それで」


 改まるように、ジャックは体ごとマサヨシに向ける。


「これから、どうするつもりですか?」


「ああ。雇うんだよ、人を。人を雇って、運んでもらうんだ」


「マサヨシさんをですか?」


「いや。運ぶのは物と、それからこれ」


 マサヨシは懐から数通の封筒を取り出す。


「手紙、ですか?」


「俺は『ペテン師』だからさ」


 殴られても未だに消えない薄ら笑いのままでマサヨシが、


「言葉で、人を操るのが元々の得意技だよ」


 そう言うのとほぼ同時に、酒場のドアが例のリズムでノックされる。

 マスターがドアを開けると、


「おお、本当にいるぞ、すげえタイミングだな」


 そんな声と共に、どやどやと数人の男達が入ってくる。


「ほら、あれ、ジャックだ。いないだろっつってたのに」


「あの横のぼろぼろの、マサヨシだ。見たことあるもん」


「おいおい、ミサリナにあの赤いローブは、あれか、ひょっとしてスカイか?」


 そんなことを言いながら入ってくる男達に、マサヨシ達は意味が分からず呆然とするが、


「あ」


 見知った顔を男達の中に見て、思わずマサヨシは声を上げる。


「ああ、本当に生きていたのか」


 男は、赤い片目を三日月のようにして笑いかけてくる。


「久しぶりじゃあないか、マサヨシ」


「ドラッヘさん」


 名を呼んだきり、マサヨシは言葉に詰まる。

 どうにも、まるで何かに導かれるように、色々な人間と一気に再会している。気持ちが悪いくらいだ。

 ただ、これを運命だとか不可思議な現象だと思ってしまうのはよくない。霊感商法に騙される人間の思考だ。

 これはつまり、おそらく、自分の行動が読まれ易いということなのだろう。マサヨシはきっと、トリョラに戻ってきたならまずは人を雇うと見透かされていたわけだ。だから、自分に用がある人間はここに網を張っていた。

 とはいえ、仮にも『ペテン師』と呼ばれて駆け引きを得意としている自分が、そこまで読まれやすいというのも考えものだが。

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