冷たい手でもいいよ
彼と同じ職場から同じ家への帰り道。サクサクと雪道を歩きながら、赤くなった手先を息を吹きかけ温めようとするものの、そんなことを繰り返したところで温まるわけもなく、白い息を見て余計に寒くなるだけだった。それは彼も同じだったようで、私と同じことをしては寒そうに首をすくめていた。
そんな彼は私の手を見ると、ハッと、いいことを思いついたように目をきらりと光らせた。
「手を繋ごう」
いきなりそう言われた私の手には、なんとまあ都合よく手袋なんて邪魔くさいものは嵌められていなかった。手袋という、何かを持てば滑るし、そこまで暖かくもないものなんてつける必要がないと今までずっと思ってきた。冷え性の癖して。
けれど、私は今だけ手袋を付けていないことを後悔した。
手を繋ごうと言われた彼の手は大きく分厚く、男らしい節くれだった手だ。そんな彼の手がとても暖かいことを私はよく知っている。何度も繋いだお陰で。
手を繋ぐという行為は好きだ。けれど、冷えた手を握ればその手が冷えていくのも当然のことと言えば当然のことで、私は彼の手の温もりを感じたいと思いつつ、彼の手を私の冷たさで冷やしたくないと思った。それに、彼の心まで冷えてしまうかもしれないと思ってしまったのだ。仕方がない。
「…今は、いいわ」
私の5センチほど上にある彼の顔を見上げ拒否すると、寂しそうに眉を下げる彼を見て胸が痛んだ。けれどもこれは仕方の無いことだと自分に言い聞かせ、眉間に少し力を入れる。
「また眉間に皺、よってるよ?」
困った様に、そしていつもの事だという様に笑う、その笑い方が好きだった。笑って許してくれる安心感と、大丈夫、と言って抱き締められているみたいな抱擁感。いや、実際私は抱き締められている。ふわりと優しく、それでいてギュッとキツく、絡み付かれていて、絡み付いている。
私は首を振って眉間の皺を解くように意識したけれど、やはり無意識的に寄ってしまっていて、しまいには眉間を彼の人指し指でつつかれてしまったのだった。その拍子に私達は立ち止まり、雪道に足跡を付ける作業も一時中断される。彼は少し屈んで、俯く私の顔を覗き込む。
「…なにすんのよ」
口を尖らせて私の顔を覗き込む彼を睨む。そうすれば彼がにっこりと私に笑いかけることは分かっていた。
「知ってた?」
何が、と聞く前に、彼は屈むのをやめて、すっかり油断していた私の手を握ってこう言った。
「手が冷たい人の方が心があったかいんだって」
歯を見せてくしゃっと笑う無邪気な彼の鼻のてっぺんは赤くて、ついでに言ってしまえば耳もほっぺたも赤くて。思わず顔を上げた私はそんな彼に一瞬目を奪われたけれど、すぐに吹き出して笑い出してしまった。
「赤鼻のトナカイにも負けてないわね」
そう笑って背伸びをし鼻のてっぺんにキスをしてやれば、サッと寒さ以外の理由で顔を赤くする彼を見て、私は彼の手をギュッと握り締め、くすりと笑って雪道を歩き始めた。