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学生→友達

 次の日の朝、執事長に起こされた。

「おはようございます」

「おはようございます、もうそんな時間か……」

 目をこすりながら時計を見ると、ちょうど6時を指していた。

 自室で準備を済ませ、出て行く俺。今日からは一人で登校する。

「遅刻だけは絶対に避けないとな……」

 外に出て独り言を言いながら、駐輪場にある自転車に乗る。今日も天気が良い。


 特に何事もなく、1時間で学園に到着。

 着いて早々、なにやら学園長が美少女をナンパしていたがスルー。あれに関わるとロクなことがない。

 校舎の方へ歩いていくと後ろから声を掛けられた。

「おーい、誘拐執事さんよ」

「それまだ続いてんのかよ……」

 と言いつつ後ろを振り返ってみると、学園の制服を着たスポーツ刈りの男がこちらに手を振っている。

「同じクラスだから知ってんだ。で、俺は工藤晃って言うんだ。よろしくな」

「ああ。よろしく」

「で、流石にこのあだ名は嫌だよな? だから新しいあだ名を考えようぜ」

「新しいって……例えばどんなよ?」

「ん〜、やはりここは智君でどうかな?」

 と笑顔で聞いてくる。

「ずいぶんと普通だな。てっきりまた誘拐なんちゃらとか付けられると思ったが」

「俺はお前に同情してんだぜ? 俺だったらあんなあだ名付けられた日にゃ不登校になるぜ」

「そこまではいかねえだろ。じゃあ俺のあだ名はそれで良いよ。で、俺は晃って呼べば良いのか?」

「ああ。それでかまわないよ。よろしくな、智君」

「こちらこそよろしく、晃」

「あと、連絡先交換しとこうぜ」

「ああ」

 学園生活で初めての友達ができた。


 午前中の授業が終わり、昼放課の教室でのこと。晃がとんでもないことを言いだした。

「なあ、アンダーソン学園長ってカッコよくて憧れるよな」

 俺は口に含んでいたお茶を盛大に吹き出した。

「わあ!なにやってんだよ!まったく……」

 と言って晃は廊下へぞうきんを取りにいって戻ってくる。

「どうしたんだ、急に?」

「お前が学園長にカッコいいとか憧れるとか言いだしたからだよ!」

「えっ? だってあんなに美少女へアタックできるのって凄くないか? しかも、フラれてもなにごともなかったかのように次の美少女へ狙いを定めるんだぜ? 俺には到底真似できないよ」

「お前褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ……」

「もちろん褒めてるけど?」

「でも相当な変態だぞ」

「そこが良いんだよ! 俺みたいな奴でも気兼ねなく話せるし、エロい話も喜んで聞いてくれる! こんなに素晴らしい人はいないよ!」

「さいですか」

 もう好きにしろよ……

 しかし、晃がまさか学園長にここまで心酔しているとは思わなかった。でも、変態という部分さえクリアしてしまえば、普通に良い人なんだよな、そういえば。彼にとっては変態という部分がむしろプラスに働いたのだろう。


 そして授業が終わった放課後の教室。恒例(?)となったお嬢様との会話。

「どうやら良い友達ができたようね」

「作りにくくした張本人が何を言ってるんですかね……」

「むしろアシストしたつもりなのだけど」

「どこがだよ!?」

「おかしいわね。誘拐された執事なんて誰もが飛びつきそうなネタキャラなのに」

「ネタキャラとか言わないでください」

「智久がもう少し積極的になればいいんじゃないかしら? ほら、学園長みたいに」

「誘拐されて執事やってて変態ってどう考えてもアウトだろ!?」

「今でも十分アウトだと思うけれど?」

「ぐぬぬ……」

 言い返せない。

「まあ、これで少しは学園生活も楽しくなるんじゃないかしら? といっても、明日から休みだけどね」

「そうですね。で、ひとつ相談があるのですが……」

「ダメよ」

「実はですね……って早っ!せめて話だけでも聞いてくださいよ!」

「仕方ないわね。聞いてあげるわ」

「はい、実は晃を屋敷に招待しようと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、いいわよ。あと、彼がいる間は執事じゃなくていいわ。その方が自由に遊べるでしょ?」

「ありがとうございます。では晃に明日屋敷に来れるか聞いてきますね」

 そう言って俺は校舎を出て行った。

 早速、晃に連絡してみる。

「明日? いいぞ、楽しみにしてるぜ」

 OKをもらったので一安心。明日が楽しみだ。


 そして次の日、昼頃に晃はやってきた。

「よお、智君! 今日はよろしくな!」

「ああ、よろしく」

「で、お前が執事やってるのってどこだ?」

「あそこだよ」

 俺は指で指す。

「なんだこのデカい屋敷は!? こんなとこの執事やってんのか、お前?」

「まあな。もちろん、強制的にだが」

「大変そうだな、お前……」

「わかってくれるのはお前だけだよ」

 心の友よ。

「とにかく、中に入ろうぜ」

「ああ、案内は任せといてくれ。あと、別館まで徒歩で30分かかるから」

「はぁ!? マジで!?」

「俺も最初は嘘だと思ったよ。でも実際行ってみると本当に30分かかるんだ」

「そうなのか。えらいとこに来ちまったな……」

 早くも後悔の念をにじませる晃。

「まあ諦めてくれ。慣れればそんなにキツくもないからさ」

「お前すげえな……」

 晃に呆れ顔で褒められた。


「本当に30分かかった……」

 別館に着き、驚きの声を上げる晃。最初は誰でもそうなる。

「ついでに別館の案内もしようか? 2時間かかるけど」

「もういいわ! ……本当お前すげえわ」

 また呆れ顔で褒められた。晃の反応を見ていると、この屋敷に順応できている自分がおかしいのかもしれないと思えてくる。

 とりあえず、俺たちは別館の中に入り、近くにあったお客様用の部屋へ入った。

「お前が仕えてるお嬢様はどこにいるんだ?」

「たぶん、本館で執事長と戯れてるよ」

「ひどい言い方だな」

「実際は、お嬢様が散々執事長を振り回して遊ぶだけだけどな」

「余計にひどいな」

 そういう関係性だから仕方ない。

「他の使用人は?」

「いるにはいるけど、あまり関わらない方がいいと思うぞ」

「山田の噂なら聞いたことあるぞ。何でも不幸体質だとか」

「ああ。しかも一緒にいる人間まで不幸にしてしまうんだ」

「マジか。それはまた厄介な体質だな」

「ああ。しかも良い人だから余計にな」

 この後、山田の不幸自慢やら不幸に巻き込まれた話やらで1時間話し込んだ。

 

「そういや、葵ちゃんはいないのか?」

 山田談義が終わった後、晃が聞いてきた。

「今は出かけてるよ。料理全般はあの人がやっているからね」

 ちなみに俺の担当は掃除である。というか、それしかできない。

「へぇ〜、葵ちゃんが料理ね。あの人相当負けず嫌いだからうまいんだろうなぁ」

「そうなのか? 結構冷静沈着な人だと思ってたんだが……」

「ああ見えてテストとか勝負事とかには凄く熱くなる人なんだよ。昨年も同じクラスだったからよくわかるんだ」

「それは意外だな」

 屋敷で特にそういうのがなかったから、気付かなかっただけかもしれんが。

「テストで1位取れなくて号泣したってのは結構有名な話だぜ」

「マジか!? あの葵さんが号泣!?」

「誰が号泣したって?」

 あれ? 今後ろから声が……

「お、葵ちゃんじゃないか、お邪魔してます」

「ええ、それはどうも。それで、私が号泣したっていう話が聞こえてきたのだけれど」

「だって本当の話じゃn……ひいっ!」

 葵さんはいきなり、晃にナイフを突きつけた。

「葵さん! いくら失礼な言動があったからってお客様にナイフ突きつけるのはやめてください!」

 というか、なぜナイフを持ち合わせているのか。

「それもそうね。でも、アッキーが悪いのよ。私の黒歴史をバラしちゃうんだもの」

 晃のことアッキーなんて呼ぶのか。これまた意外。

「悪い悪い、そこまで気にしているとは思わなかったんだよ」

「そう。ならいいけど、今度言ったら……わかってるわね?」

「すいませんでした」

 葵さんの狂気を感じ取ったのか、素直に謝る晃。こういうところは葵さんらしいなと思った。


「もうこんな時間か……」

 3人で談笑やらゲームやらをしていたら、いつの間にか夜の7時を回っていた。

「じゃあ、そろそろ帰るわ」

「おう、また遊びに来いよ」

「案内は私がするわ、智久は執事の仕事に戻って頂戴」

「了解です」

 そう言って2人は外へと向かっていった。


 執事の仕事を終えて、自分の部屋に戻り、寝床へ入る。

「今日は楽しかったなぁ」

 思わずひとりごちる。

「それはなによりです」

 部屋の入り口から声がした。執事長か。

「どうした? なにかあったのか?」

「いえ、特に用事というわけではありませんが、少しおしゃべりしませんか?」

「それはかまわないが……」

 執事長からおしゃべりしたいなんて珍しいな。

「よかった。では早速、智久君は執事を辞めたいと思ったことはありますか?」

「いきなりどうしたんですか? まあ最初の頃は嫌でしたけど……」

「そうですか。では今はどうでしょうか?」

「今は辞める気は全くないですね。帰る場所もありませんし」

「もし帰る場所ができたら、どうしますか?」

「え? そうなったら……迷いますね」

「なぜでしょうか?」

「わからないからです。そういう時が来たら、その時点でどっちが自分にとって良いものになるのかわからないから、たぶん迷うと思います」

「なるほど、わかりました。では今日はこの辺でお暇しましょう。おやすみなさい」

「はぁ、おやすみなさい」

 いったいなんだったんだ?

 

 屋敷の前で、葵と晃が話をしていた。

「智久についてどう思う?」

 葵が晃に尋ねる。

「凄いと思うよ。あいつ相当理不尽なことされて、執事という仕事をしてるはずなのに、それを微塵も感じさせない辺りがね。俺はいつか耐え切れなくなるんじゃないか、って心配してるんだけど」

「同感ね。最初、執事という仕事は彼には荷が重すぎるんじゃないか、って思ったけど、それを淡々とこなしている。でも逆に、なぜ彼がそこまでやれるのかわからないのよ。それはたぶん彼自身もわかっていないと思うわ。だから心配なのよ」

「お嬢様には言えないのか?智久を元いた場所に返してやれ、ってさ」

「言えないわよ、今のところは。彼は何の問題もなくできてしまっているもの。彼が嫌だと言わない限り、私たちからは何も言えないわね」

「くそっ! あいつの友達なのに、俺には何もできねえっつうのかよ!」

「落ち着いて。彼が嫌だと言うまでは、残念ながら執事であり続けるしかないの」

「わかった。今度、直接智君に聞いてみるわ。それであいつが何て言うかはわからないけど、なんとかあいつの力になってやりたい」

「そうね、私じゃうまく聞き出せないだろうから、あなたに任せるわ。頑張ってね」

「ああ」

 こうして夜が更けていった。


 次の日、晃から電話で呼び出され、近くの公園で落ち合うことになった。

「よう、急に呼び出したりしてどうしたんだ?」

「おお、来てくれたか、まあ座れや」

 そう言われてベンチに腰かける。

「単刀直入に聞く。お前はなぜ執事を続けられるんだ?」

「え? どうしてそんなこと聞くんだ?」

「いいから答えろ」

「……帰る場所がないから、かな」

「本当にそうなのか?」

「今はね。ただ、それがなくなったらどうなるかわからない」

「そうか……じゃあ執事を続けたいと思うか?」

 昨日の執事長みたいなことを言う。どうしてだろうか。

「わからない。帰る場所ができたら……その時にわかると思う」

「そうか、わかった。今日はわざわざ呼び出してすまなかったな。執事のことについて、少しお前の気持ちを聞いてみたかったんだ」

「そうなのか。もしかして、心配してくれてるのか?」

「当たり前じゃねえか、友達なんだからよ。お前がもし続けたくないって言ったら俺はお嬢様に頼み込むつもりだったさ」

「ありがとう」

 素直にお礼の言葉が出た。

「寄せよ、照れるじゃねえか///」

 晃、最高の友達だよ、お前は。

 

 次の週の朝。突然お嬢様に呼び出された。

「急だけど、今週末、東京へ旅行に行くことが決まったわ」

「本気で言ってるんですか?」

「当たり前でしょ。だからちゃんと準備しておいてね」

「嫌です」

「なら執事クビよ」

「……わかりました、ちゃんと準備しておきます」

 今週末は東京で過ごすことが決定した。


 

 


 



 

 

 

 


 

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