誘拐→執事
愛知県、某市。
俺は上村智久、17歳。高校生で顔も成績も普通、どこにでもいるような人間だ。
ある日、自宅の寝室で寝ようとしていた夜のこと。
「上村智久、17歳高校生。間違いないわね」
そんな声がどこからか聞こえてきた。ふと辺りを見渡すと人影がひとつ。というか、なぜ俺の個人情報を知っているんだ?
「あら、起きていたのね。ならちょうど良いわ。私についてきて頂戴」
目の前にはメイド服を着た黒髪の美少女がいた。あまりタイプではないが。
「いったいなんだんだ、これは?」
「聞こえなかったかしら?私についてきなさいと言っているのよ」
「嫌だといったr……すいません、ついていきます、ついていきますから!」
懐から見えた銀色の物体はアレに間違いない。これは明らかに誘拐だが、自分の命は惜しい。
「最初からそう言えばいいのよ。さあ、さっさと行きましょう」
「行くって……どこへ?」
「詳しくはWebで」
「CMかよ!」
普通にツッコミを入れてしまった。
「冗談よ。とにかくついてきなさい。事情は車の中で話すわ。」
「車?車なんて……ええっ!?」
窓の外を見ると、家の前にはリムジンが。
「あれに乗るのか?マジで?」
「ええ。新しい執事を迎えるのにはふさわしいと思うけど?」
待て、今なんか聞き慣れない台詞が聞こえたんだが……
「どうかしたの?」
「どうかしたのかじゃねえよ!執事ってなんだよ!」
「貴族・富豪なd……」
「執事の意味を聞きたいんじゃねえよ!なんで俺が執事にならなきゃいけないんだよ!?」
「それは秘密」
「なんで!?なんでこの状況で隠す必要があんの!?」
「禁則z……」
「言わせねえよ!?」
「なんで言わなアカンねん!」
「逆ギレ! しかも関西弁!」
「いつまで続けるつもり?」
「アンタが始めたんだろうがあああああ!!!!!」
「人手不足ぅ?」
あの後、車に移動して(強引につれていかれて)、話を聞かされた俺の第一声である。
それにしてもだだっ広い車内だ。運転主の頭がもの凄く小さく見える。俺たちを乗せた後、車は走り始めた。
「ええ、最近景気が悪くて……」
「アベノミクスの恩恵があったろ」
「思ったほど人が集まらないのよ。時給だって800円に引き上げたのに……」
「愛知県の最低賃金じゃねえか! そりゃ景気良くたって人集まんねえよ!」
「前より100円もアップしたのに……」
「労基さんこっちです」
執事はとんでもないブラックだった!
「まあ嘘だけどね」
「さいですか」
いつの間にか車は見慣れない場所を走っている。いったいどこへ連れて行かれるのだろうか。
というか、
「アンタ何者なの?」
「私?私はメイドよ。名前は石原葵。あなたの名前は知っているからいいわ。」
「そうかい。で、なんて呼べばいいんだ?」
「葵様」
「なんでだよ!? いくら何でも同業者に様付けはないだろ!?」
「それもそうね。私のことは葵さんでいいわ。でも、自分を同業者って言うことは執事になることを承諾してくれたと解釈していいのかしら?」
「まあな。断ったら何されるかわかったもんじゃないしな。」
「物わかりが早くて助かるわ。じゃあ、あなたが執事に選ばれた本当の理由を教えるわ。」
「その理由って……?」
葵さんは少し困ったような顔をしてこう言った。
「お嬢様の、気まぐれよ」
それから程なくして着いたのは恐ろしくデカくて豪華な屋敷だった。葵さん曰く、素人が迷い込んだら二度と出られないんだとか。どんだけ広いんだよ、この屋敷。
歩くこと20分(?)、ようやく家屋までたどり着いた。
「ここがお嬢様の住んでいる本館よ。あと、私たちが住む別館はここから10分くらい歩いたところにあるわ」
「まだ歩くのかよ!」
結局、10分歩いて別館へ。もうヘトヘトだ。
「ここが私たちの住む別館よ。さあ、中に入って。案内するわ」
言われた通り、中に入ってみる。すると、そこにはまるでホテルのような空間が広がっていた。
「案内が終わったら寝ても構わないわ。お嬢様へのご紹介は明日にするから」
ふと時計を見るともう午前1時をまわっていた。流石にお嬢様は寝ているらしい。まあ俺も眠くなってきたし、さっさと終わらせてもらって寝るとしますか。
「……おい」
「なにかしら?」
「なんで別館の案内に2時間もかかるんだよ!?もう3時じゃねえか!」
「仕方ないじゃない。全部生活に必要なものなんだから。」
「俺だって自分の部屋と風呂場とお手洗いの案内で2時間かかるとは思わなかったよ! アンタいなきゃ間違いなく迷子になってたよ!」
「褒めないでよ、照れるじゃない///」
「褒めてねえよ! というか、なんでこんだけ広くてお手洗いが1個しかねえんだよ!?」
「経費削減のためよ」
「もうどこからツッコンでいいのかわかんねえええええ!!!!!」
長い長い別館の案内も終了し、葵さんと別れ、やっと自分の部屋へ。別れ際に別館のフロアマップをもらったので、とりあえず迷子になることはなさそうだ。
今日は歩きまくって疲れたのでさっさと寝床に入る。
「マジで執事やるのか、俺……」
寝ながらそうつぶやく。
「えらくマジです」
「誰だ!?」
慌てて体を起こすと、部屋の入り口にスーツを着込んだ長身のイケメンが立っていた。
「ホモ?」
「なにやらとんでもない勘違いをされてしまいましたが、僕はホモではありません。」
「じゃあなんなんだ?新人執事を狙う新手のテロリストか?」
「それも違います。僕はこの屋敷の執事長です」
「なんで執事長がこんな時間に?」
「自己紹介でもと。明日でも良かったのですが、お嬢様がいない方が好都合ですので」
どうやらお嬢様というのは相当曲者らしい。
「では、改めまして、僕は穂村仁と言います」
「やっぱりホモじゃないか!」
「ホモではありません、穂村です」
「で、俺が執事になるってのがマジだってのは本当なのか?」
「ええ、こちらにも情報は入っています。今回は災難でしたね」
「本当にな。で、これからどうすればいいんだ?」
「明日、お嬢様に自己紹介した後は、ひたすら執事の仕事を覚えてもらうことになります。まあ慣れれば楽になりますから気負う必要は全くありません」
「了解。とりあえず明日は何時に起きれば良いんだ?」
「6時です。おや、あと2時間ちょっとしかありませんね」
「ほとんど寝られないじゃねえか!ふざけんな!」
「大丈夫です。ちゃんと起こしにきますから」
「起きれないことを心配してんじゃねえよ……」
明日大丈夫なのかな、本当に。
「では明日も早いですし、今日はこの辺でお暇します。おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい」
「おはようございます。6時ですよ」
目をあけると目の前には執事長。どうやら自室まで起こしにきたらしい。
「夕べは良く眠れましたか?」
「それは嫌味か? もちろん眠れなかったとも」
そりゃ2時間ちょっとしかなかったしな。
「そういや、アンタ執事長なんだろ?俺タメ口でいいのか?」
「構いませんよ。お嬢様に失礼のないようにしていただければね」
「なるほど。じゃあタメ口でいかせてもらうわ」
執事長としゃべりながらも、ベッドから体を起こす。ああ、全く疲れが取れてない。
「では僕は他の方々を起こしてきますので、あなたは先に別館の入り口で待っていてください。衣装はそこのクローゼットに入ってますから、自由にお選びください。ただし、お嬢様にお会いするということを忘れないようにしてくださいね」
「了解」
そう言うと執事長は部屋を出ていった。さて、俺も準備しますか。
別館の入り口で待っていたら執事長が来た。一応、格好は問題ないらしい。
「では本館に行きましょうか」
そう言われて執事長についていくこと10分、本館に到着。
「中でお嬢様がお待ちです。くれぐれも失礼のないようお願いしますね。」
「執事長は行かないのか?」
「ちょっと用事がありまs……」
「仁、あなたも入りなさい」
執事長の声は中からの声にかき消された。
「か、かしこまりました……」
執事長、そんなにお嬢様に会いたくないのか。
中に入ると、そこには一人の美少女がいた。鮮やかな金髪に整った顔立ち、スレンダーな体型。俺が今まで見た女性の中ではダントツで美しい。思わず息を飲む。
「そんなに緊張しなくていいわ。まずは自己紹介からね。私の名前は一ノ瀬優華。あなたのことは智久、と呼ばせてもらうわね」
「は、はい……」
「執事長、早速アレを見せてあげて頂戴」
「かしこまりました」
というとどこかへ行ってしまった。お嬢様と二人きりである。めっちゃ緊張する……
「まあアレっていうのはこれのことなんだけどね」
と言ってDVDのディスクを見せびらかすお嬢様。
「えっ……じゃあ執事長は……」
「探しても一生見つからないでしょうね。だってここにあるんだから」
なんてドSだ。これは執事長が可哀想すぎる。
「じゃあ見ましょうか、執事長が帰ってこないうちに、ね」
上目遣いの動作にドキッとしたのは内緒。執事長、すまん……!
DVDの内容は単純に執事のあれこれを淡々と説明するだけのものだった。途中で執事長がヘトヘトになって帰ってきたことも付け加えておく。
「ひどいですよ、ないものを探させるなんて……」
「いつもの所になかったら戻ってこればいいだけじゃない」
「そんなことできるわけないでしょう。だから嫌だったんですよ、中に入るの……」
なるほど、執事長はお嬢様のおもちゃってことなんだな。
「智久君、なにか僕に対して失礼なことを考えてませんか?」
おおっと、勘づかれてしまったようだ。
「気のせいですよ、ハハハ……」
適当にごまかしておく。
「それよりも、俺を執事にしたのはなぜなんですか?気まぐれだとはお聞きしましたが・・・」
「僕のことはそれ扱いか……」
執事長がへこんでいた。
「なぜって、クジで決めただけだけど?」
「そんな理由で執事に選ばれたんですか!? あと誘拐する必要はあったんですか!?」
「だって、そっちの方が面白そうだったから」
「面白そうだからってだけで誘拐されたのか、俺……」
俺もへこんだ。
「怪我なくて良かったわ。葵に任せて正解だったみたいね」
「余計なお世話だよ! あと葵さんナイフ持ってたぞ!? 人選間違ってたろ!」
「ナイフなだけマシよ。他の人にしてたら日本刀や銃になってたかもしれないわ」
「ある意味正解だあああああ!!!!!」
「ああいう人なんだよ」
執事長が別館への帰り際に愚痴る。
「とにかくイタズラというか他人を困らせるのが大好きっていうね。しかも気まぐれだからいつやられるのかわかったもんじゃない。智久君もよくわかっただろう?」
「確かに、面白半分で誘拐されて執事にされるのは困ったもんだ」
「まあ、うまく付き合っていくしかないんだけどね・・・さてと、愚痴はここまでにして、これから執事の仕事を教えていくからね。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「お、君が例の新人君か」
仕事を教えてもらっている中、話しかけられたのは、なんか凄い不幸そうというか、苦労人な感じを受ける男。両手にはガラス製のコップを持っている。
「俺の名前は山田一郎だ。よろしく頼むぜ、新人k」
ガシャーン!
どうやら肩を叩こうとして手を離してしまったらしい。
「まーたやっちまった・・・お嬢様にまた謝ってこねえといけねえ。はぁ〜あ」
良い人なんだろうけど、なんか残念な人だ。彼は割れたコップを回収して部屋を出ていこうとする。
「わからないことがあったら何でも聞いてくれや。答えられる範囲内なら答えてやr」
ドカッ
今度は後ろ見ながら話していて、部屋の入り口の出っ張りにつまづいたらしい。本当に残念だ。
執事長曰く、
「ああ、山田君ね、彼はドジというか不幸体質だね。それでも、ここでは僕の次に長くいるから頼りにしてあげて」
だそうだ。あの感じで執事長の次に長くやってるのは、意外だなと思った。
俺が執事になってから1週間が経った。そろそろ仕事に慣れ始めた頃、お嬢様に呼び出された。
「智久、転校しなさい」
「いきなりなんですか、転校って……嫌ですよ、急に」
ちなみに、執事になってからはまだ一度も学校には行っていない。
「そう言わないで、この学校に通ってほしいの、私と同じ学校よ」
「なおさら嫌なんですが……」
「転校しないのなら、執事クビよ。それが嫌なら転校しなさい」
ここをクビになれば、もう俺に帰る場所はない。家もどこかわからないし。
「そこまで言われたらしょうがないです、転校させていただきます」
「よし、決まりね!」
嬉しそうな顔を見るとついドキッとしてしまう。ルックスだけなら美少女だからなあ……
「で、転校先はどこの学校ですか?」
「私立アンダーソン学園よ。本来なら編入試験に合格しないといけないけど、まあそこはなんとか受けなくて済むようにするから安心して」
「俺そこまでバカじゃないんですけど……」
「編入試験は問題文全部英語よ」
「受けないで済むようにお願いします」
高校2年でそりゃ無理ゲーだろ。
「じゃあ手続きしてくるわ。来週くらいには転校できると思うから」
それまでに心の準備をしておこう。




